四、生きている意味って何だ (1)
みんなより大幅に遅れて、俺は受験勉強を始めた。
まだ自分のしていることに迷いはあったけれど、史学科というのは、調べてみるとなかなか興味深いものだった。俄然やる気も出る。
今はバイトと勉強で忙しい日々を送っている。――結局バイトは続けたままだ。週に一、二日程度、働いている。
塾には行っていない。行ったところで勉強するとは思えなかったからだ。
そのかわりと言っては何だが、勉強はなぜか雪代に見てもらっている。週に二回ほど英語を見てもらっているだけだが。
――それにしても、何でアイツは社会科教諭のくせに、英語ができるんだ?
さて。俺は今、美術室にいた。
今日は文化祭当日で、ここには美術部の作品が展示されている。
俺のクラスはオバケ屋敷をやっているので、当日はそんなに忙しくない。俺は受付係でもないから、ヒマ人だ。
そしてなぜ俺が今美術室にいるのかと言えば、話は三十分ほど前にさかのぼる。
俺は今日一日、徹ちゃんと行動をしていた。
しかし徹ちゃんは図書委員――俺はヤツに似合わないと思っている――としての仕事に行ってしまった。図書委員は毎年古本市をやっているんだ。
徹ちゃんと別れた俺は、しかたなしに一人でもまわれるところをさまよっていた、というわけだ。
あちこちうろうろして、最後に訪れたのがこの美術室だった。
普段美術品に興味のない俺も、一枚だけ惹かれる絵があった。
それは空と海を背景にしており、崖の上に少女――たぶん天使だと思う――が一人でたたずんでいる、というものだった。
その絵の少女が、表情は見えないのに、何だか笑っているような気がした。見ていると、吸い込まれるような錯覚に陥る。
絵の下のカードに目をやると、題名は『空と海が一番近い場所』となっていた。そして作者の名前が――。
「お前だったのか」
そう言って俺は振り返る。すぐ後ろに来ていたのは、平野だ。
クラスTシャツに制服のスカート、首からはロザリオという格好をしていた。――顔は相変わらずの無表情だが。
「学校、来たんだな」
雪代の話では、平野は出席日数がギリギリらしかった。学校行事にはほとんど出ないし、夏――七月から十月――は授業にさえあまり出ていないらしい。
返事が返ってくるとも思わず質問した俺に――いつも平野は話しかけても反応が薄い――、平野はめずらしくも返答をした。
「これを、持って来たんだ」
そう言って平野はこの絵を指す。
「え? 部活で描いたんじゃないのか」
「部活、最近出てなかったから。――暑くて」
――最近、暑かったな、確かに。もう九月だっていうのに、クーラーなしではいられないくらいだった。
「絵、上手いんだな。好きなのか?」
平野は頷いてから、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「意外?」
「まぁな。けど俺、お前のことよく知らねぇしな」
よく考えたら、まともに話したのって、これが初めてかもしれない。
俺がそれを言うと、平野は意外にも笑い返してくれた。
「そうだったね」