表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

四、生きている意味って何だ (1)

 みんなより大幅に遅れて、俺は受験勉強を始めた。

 まだ自分のしていることに迷いはあったけれど、史学科というのは、調べてみるとなかなか興味深いものだった。俄然やる気も出る。

 今はバイトと勉強で忙しい日々を送っている。――結局バイトは続けたままだ。週に一、二日程度、働いている。

 塾には行っていない。行ったところで勉強するとは思えなかったからだ。

 そのかわりと言っては何だが、勉強はなぜか雪代に見てもらっている。週に二回ほど英語を見てもらっているだけだが。

 ――それにしても、何でアイツは社会科教諭のくせに、英語ができるんだ?


 さて。俺は今、美術室にいた。

 今日は文化祭当日で、ここには美術部の作品が展示されている。

 俺のクラスはオバケ屋敷をやっているので、当日はそんなに忙しくない。俺は受付係でもないから、ヒマ人だ。

 そしてなぜ俺が今美術室にいるのかと言えば、話は三十分ほど前にさかのぼる。

 俺は今日一日、徹ちゃんと行動をしていた。

 しかし徹ちゃんは図書委員――俺はヤツに似合わないと思っている――としての仕事に行ってしまった。図書委員は毎年古本市をやっているんだ。

 徹ちゃんと別れた俺は、しかたなしに一人でもまわれるところをさまよっていた、というわけだ。

 あちこちうろうろして、最後に訪れたのがこの美術室だった。

 普段美術品に興味のない俺も、一枚だけ惹かれる絵があった。


 それは空と海を背景にしており、崖の上に少女――たぶん天使だと思う――が一人でたたずんでいる、というものだった。

 その絵の少女が、表情は見えないのに、何だか笑っているような気がした。見ていると、吸い込まれるような錯覚に陥る。

 絵の下のカードに目をやると、題名は『空と海が一番近い場所』となっていた。そして作者の名前が――。

「お前だったのか」

 そう言って俺は振り返る。すぐ後ろに来ていたのは、平野だ。

 クラスTシャツに制服のスカート、首からはロザリオという格好をしていた。――顔は相変わらずの無表情だが。

「学校、来たんだな」

 雪代の話では、平野は出席日数がギリギリらしかった。学校行事にはほとんど出ないし、夏――七月から十月――は授業にさえあまり出ていないらしい。

 返事が返ってくるとも思わず質問した俺に――いつも平野は話しかけても反応が薄い――、平野はめずらしくも返答をした。

「これを、持って来たんだ」

 そう言って平野はこの絵を指す。

「え? 部活で描いたんじゃないのか」

「部活、最近出てなかったから。――暑くて」

 ――最近、暑かったな、確かに。もう九月だっていうのに、クーラーなしではいられないくらいだった。

「絵、上手いんだな。好きなのか?」

 平野は頷いてから、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「意外?」

「まぁな。けど俺、お前のことよく知らねぇしな」

 よく考えたら、まともに話したのって、これが初めてかもしれない。

 俺がそれを言うと、平野は意外にも笑い返してくれた。

「そうだったね」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ