二、黒豹と呼ばれる女 (1)
雪代の意外な姿を見てから、二週間が経つ。
その間に三者面談も終わり――俺の進路は未定――、夏休みまであと一週間となった。
「なぁ、徹ちゃんは進路どうすんの」
世界史の自習のとき――ちなみに教科担任は雪代である――、俺は後ろの席の倉澤 徹に話しかけた。
徹ちゃんは高校に入ってからできた友達で、一年のときから同じクラスだが、親友かどうかはわからない。――そもそも親友って、何だろうな。
「俺? 俺は就職。できなかったらフリーターだな」
「できんの、就職」
俺の通っているのは、普通の公立高校だ。レベルは真ん中くらい――俺的には、中の下だとも思うが――だし、就職はかなり難しい。
おまけに今は就職難だし。
「さぁな。でもウチ、親父いねぇし。それに進学してまでやりたいこともねぇしな。今は通信講座とかもあるしよ。何とかなるだろ」
いかにも他人事、という感じで、徹ちゃんは答える。
でも、徹ちゃんがちゃんと考えていることを、俺は知っている。
くわしく聞いたことはないから、家のこととか、あまり知らない。だけど、小学生の時に父親が亡くなったらしいことは聞いた。徹ちゃんの下には、今年高校に入ったばかりの妹もいる。そういうこと、いろいろ考えてるんだろうな、って思う。
「お前はどうすんのよ? 鷹人、進学するんだろう」
「……俺に聞かないで」
そんな俺に、徹ちゃんは苦笑する。
「まだ決めてなかったのか? そろそろやばくねぇ?」
俺は苦笑することでそれに答えた。徹ちゃんは、しかたねぇなぁ、とか言いながら、その話から離れてくれた。――いいヤツだと思う。
俺は外見だけなら、優しく見えるらしい。だけど、口は悪いし、態度はでかいしで、ギャップが激しいとよく言われる。告白とかしてくるヤツも、自分のイメージの中の俺に言ってくる。――一体何を求めているんだよ、俺に。
だから彼女も作っていない。友達すら、あまりいない。
だけど、徹ちゃんは違う。
俺一人が悪者だった中学時代とは違って、徹ちゃんは俺が何を言っても、しっかり言い返してくる。
それが心地よかった。言い返してくるヤツなんて、いなかったから……。
「そういえばさ、お前、夏休みもバイトするの」
しばらく黙って課題を解いていた徹ちゃんが、顔を上げて言った。――ちなみに俺の課題は終了。世界史、得意だし。
「ん……まぁな」
まさかぎっちり入れているとは言えずに、曖昧に答えた俺は――ただ、たぶんバレバレだ――、ふと、窓に目をやって驚いた。
「何、どうした」
突然窓を見て固まった俺を訝しんだのか、徹ちゃんも俺の視線を追う。
「なんだ。平野 瑞希じゃん」
「えっ? 知ってんの?」
すごい勢いで振り返った俺に、徹ちゃんは今度こそ怪訝そうな顔をこちらに向けた。
「だって選択授業一緒だもん。一体どうしたんだよ」
徹ちゃんは、普段女に興味を持たない俺の反応を不思議そうに見てくる。だが、俺の耳にはもう、何も入っては来なかった。
――窓の外にいたのは、あの時雪代と一緒にいた女だったのだ。