第3話 9
お父様はわたくしを地面に下ろすと、縛った騎士達を目の前に座らせたわ。
遅れてやってきた、先生のお家から来た使用人達も、ウチの騎士達によって同じように座らせられる。
お父様は注目を集めるように両手を叩いて、状況を理解できてない使用人達を見据えた。
「バ、バルディオ様! なぜ私達が呼ばれたのでしょうか?」
初老の執事が代表して尋ねて、お父様は不機嫌そうに眉を寄せたわ。
「――わからないのかい?」
「え、ええ……」
「シラを切るならそれでも良いけどね。
どのみち君らの処遇は変わらないんだ」
「しょ、処遇とは……」
「――君らの主人――コンスタンスはダストール伯爵家の乗っ取りを企てていた。
これはお家断絶に処されても文句の言えない事件だ……」
「――そんな証拠どこにあるのですかっ!?」
声を荒らげる執事に、お父様は肩をすくめてみせたわ。
「じゃあ、君は……なぜ、彼女や彼女の娘がアレイナの悪評を撒き散らし、クラウを虐げていたのか説明できるのか?
――私の予想はこうだ。
コンスタンスは、私の妻と娘を悪女に仕立て上げようとしていたんだろう?
ダストール家の女主人には相応しくないと――家臣達から意見を染め上げて、私が逃れられないように……」
わたくしの顔のすぐ横で、お父様が拳を硬く握り締める。
執事が顔をしかめたわ。
「……おかさん、むつかしくてわかんない」
ユリシアおばさまに抱かれたサティが、囁くのが聞こえた。
「――バルディオ様が、どれだけアレイナお姉様とクラウちゃんを大切に思ってても、家臣……ダストールのおうちの人達みんなが反対してたら、さよならしなきゃいけないの。
ボルドゥイ夫人は、自分のおうちの人達を使って、そんな状況を作ろうとしてたのよ」
おばさまの言葉に、わたくしは思わずお父様を見上げた。
「……そんな事、させるわけがないだろう?」
お父様はわたくしの頭を撫でて、優しく微笑んでくれたわ。
ノルドおじさまが気絶した先生を連れてきて、背中に膝を押し当てて目を覚まさせる。
「……わ、わたくしは……?」
キョロキョロと周囲を見回す先生が、冷たい視線を向けるお父様に気づいて息を呑む。
「……コンスタンス。
ボルドゥイ家の家計が火の車なのは調べがついている。
だからこそ、私は先輩への恩返しと思い、君を受け入れたんだが……まさか、私の妻の座を狙っているとはね……」
「――そんな証拠、何処にっ!?」
先生はわたくしを叱る時みたいな金切り声で、お父様に叫んだ。
そんな先生を無視して、お父様は練兵場の入り口で真っ青な顔で固まっているリズに目を向けたわ。
「――リズ」
「はい、はいぃっ……」
お父様が彼女の名前を呼ぶと、飛び上がってその場に平伏する。
「おまえがクラウへの態度を変えた理由はなぜだ?」
「わ、わわわたしは……お、お嬢様がわがままし放題で、他のメイド達やルクレール様に、ひどい事をなさっていると聞いて――」
「……それを言っていた者は?」
お父様の質問に、リズは平伏したまま地面に座らされた使用人達を指差したわ。
「――バカがっ!
自らの主人より、他家の者を信じるなど、ダストール家の使用人にあるまじき行為だ!」
お父様の怒声が練兵場に響いたわ。
「――お赦しくださいお赦しくださいお赦しください……」
地面に頭をこすりつけて、リズは懇願してたわ。
それからお父様はルクレールに目を向けた。
「――ルクレール嬢。
城内の噂では、君はクラウにひどい真似をされていたそうだが、例えばどんな?」
「バルディオ様! む、娘はまだ幼いので――」
訊ねるお父様に、先生がすがるような声をあげたわ。
対するお父様は、鼻で哂って。
「おや、君は常々、ルクレール嬢は賢いと言っていたじゃないか。
これくらいの受け答え、当然できるだろう?
――ルクレール嬢、どうなんだ?」
途端、ルクレールはわたくしを睨みつけてきたわ。
「わたしがあんなトロい子にイジメられるわけないじゃない!
それよりなんでお母様が怒られてるの!?
お母様はダストールの女主人になるのよっ!?
悪いのは平民のアレイナとクラウティアでしょう!?
さっさと捕らえなさいよ!」
キンキン声で喚き散らすルクレール。
「――ハッ! 子供は正直だな」
お父様は肩をすくめて苦笑。
「ルクレールうぅぅ……」
その瞬間、先生がルクレールに向けた目は、怒りと恨みに満ちたもので。
とてもお母さんが自分の娘に向けるものには思えなかった……
「――ひっ!? お、お母様!?
だって、お母様だってそう言ってたじゃない!
アレイナとクラウティアを追い出して、ダストールの女主人になるんだって!」
「――ももも、もう、もうお黙りなさい!」
と、先生はそばにあった石を掴んで、ルクレールに投げつけた。
「――ひぃっ!」
ルクレールは悲鳴をあげて、身動きできず。
けれど、石はルクレールに当たる事はなかった。
乾いた音を立てて、石が地面に落ちる。
「――あっぶないなぁ……」
そう呟いたのは――いつの間に移動したのか――サティがルクレールの前に立って、石を払った右手をひらひら振っていた。
「叱るのにぼーりょくはダメなんだよ!
先生なのに、そんな事も知らないの?」
腰に両拳を当てて、サティは胸を張って告げる。
「悪い子には、なにがダメだったのか、ちゃんと教えてあげなきゃダメ!
――そうだよね、おとさん?」
サティに訊ねられて、ノルドおじさまは顔を真っ赤にして目を潤ませていたわ。
「……ああ。そうだ、サティ。そうなんだ……」
おじさまの言葉に、サティは満足げに微笑んで。
「でも、ルクレールは正直に話しただけだよね?
あたしにはルクレールが悪い事したようには思えないんだけど……」
首を傾げるサティに、お父様はうなずく。
「……コンスタンス。
これでもまだシラを切るか?」
先生は、お父様の言葉には応えず、その場にうずくまって泣き出した。
「連行しろ……」
お父様の指示に従って、周囲にいた騎士達が動き出す。
先生やボルドゥイの騎士、使用人達が次々と連れて行かれる。
「――ルクレール嬢はどうなさいますか?」
「まだ子供に牢はな……自室に連れて行って、見張っておけ」
「――はっ!」
お父様の指示に従って、騎士がルクレールを抱えあげようとする。
「――ああっ!」
と、その動きを止めるように、サティが大声をあげて。
「ルクレール、クラウちゃんをイジメてたのは悪い事なんだから、ちゃんとごめんなさいしないとなんだよ?」
人差し指を立てて、ルクレールに告げるサティ。
けれど、先生に石を投げられたルクレールは真っ青な顔で泣きじゃくっていて。
サティに応える事もなく、騎士に抱えあげられる。
「む~っ!」
頬を膨らませるサティに、わたくしは駆け寄ったわ。
「……サティ、良いのよ。
ルクレールは……いまはそれどころじゃないでしょうから……」
「……クラウちゃんがそう言うなら……」
ふたりで手を繋いで、騎士に連れて行かれるルクレールを見送り。
それからわたくしは、いまだに平伏して嗚咽しているリズを見た。
「……リズ。あのね……」
「お、お嬢様ぁ。申し訳ありません。わたし、わたしは……」
「うん、わかってる。騙されてただけなんだよね……
わたくし――知らない間に、リズにひどい事をしてたんじゃなくて……ほ、ほんとに……本当によかったぁ。
わた……わたくし、なにかリズに嫌われるような事しちゃったのかってぇ……」
涙が溢れて、リズがよく見えない。
「申し訳ありませんっ! 本当に、本当に――」
地面に頭を擦りつけて謝罪するリズ。
「んふ、あのね」
そんなわたくしとリズの肩を叩いて、サティはにっこりと笑う。
「ごめんなさいして仲直りできたら、ぎゅ~ってすると良いんだよ」
「……ぎゅ~?」
わたくしとリズが首を傾げると、サティは笑顔で大きくうなずいて、わたくしとリズの背中を押した。
――この子、思ったより力が強い!?
サティに押されて、わたくしとリズは抱き合ってしまって……
――ああ、そういうことなのね……
「リズ、ぎゅ~」
わたくしはリズの細い身体に両手を回して、思い切り抱きつく。
「お、お嬢様ぁ……」
リズもわたくしを抱きしめ返してくれたわ。
忘れかけていたリズの温もりが帰ってきた。
それだけでわたくしはもう胸が一杯になって。
こぼれ落ちる涙が止められそうにない。
それをもたらしてくれたサティに、わたくしはなにを返せるだろう。
涙で歪んだ視界の中、横目で覗き見たサティは、わたくしのそんな気持ちなんて、まるで気づかない風で。
「んふふ! みんな仲良し!」
まるで自分の事のように、抱き合うわたくしとリズに満面の笑みを浮かべていたわ。
ここまでが3話となります。
大好きな親友を得て、ちょっぴり成長したサティです。
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