第3話 8
「――さあ、それじゃあ稽古の続きだ」
俺は笑みを浮かべて、ボルドゥイ夫人を守る騎士達に告げる。
クラウを抱えたバルディオは、ダストール家の騎士達に守られながら、練兵場の入り口――アレイナやユリシア達の方へ移動。
そんなダストール家の騎士達に。
「おまえらもよく見とけよ。
多対一での動き方だ」
軽い調子で告げる間に、ボルドゥイ騎士達の半包囲が完成する。
「――奥様、こちらへ!」
ふたりのボルドゥイ騎士に連れられて、夫人は北にあるでかい建物へと逃げていく。
――ありゃあ、兵騎舎だったっけか。
騎士達の兵騎を収容してる建物だったはずだ。
俺相手にかなわないと見て、兵騎を持ち出そうっていうんだろうな。
残ったボルドゥイ騎士は九人だ。
……ふむ。
彼らは、夫人達のあとを追わせないよう密集隊形。
「――それで良いのか?」
模擬剣を肩に乗せて、俺は薄く笑う。
「――いかにノルド殿とはいえ、この人数相手ならっ!」
と、ボルドゥイ騎士達は盾を前面に立てて、一気に包囲を狭めてきた。
「……まずはだなぁ」
呟きながら、全身に魔道を通して身体強化。
「――力量差のある騎士に、半端な包囲など通用しない!」
横薙ぎに長剣を一閃。
ボルドゥイ騎士達が構える、木板を鉄枠で補強した盾がその一撃だけで砕け曲がる。
同時に俺の模擬剣も半ばから砕け散った。
所詮は訓練用だからな。
一方、ボルドゥイ騎士達は、俺の一撃に押され、地に足を滑らせて後退。
包囲の輪が広がった。
「――丸腰になったぞ! いまだっ!」
騎士の一人が腰から拳銃を取り出して叫ぶ。
――おいおい、バカだなぁ。
「おい、バカっ!」
気づいた奴も居たようだが。
叫んだ男同様に、数人が拳銃を構えて。
――発砲。
だが、俺は正面に結界を張って、難なく銃弾を受け止める。
「おまえら新人か?
騎士や高位冒険者に火薬兵器は効かないなんて、基礎の基礎だろう?」
銃ってのは、魔道の弱い平民が、野生の獣を相手にする時の為のものなんだ。
騎士にはそんなモノ、通用しない。
虹色にきらめく結界から、勢いを失った銃弾が地面に落ちる。
その銃弾を追って、端にいた騎士の視線が俺から逸れた。
「――そして……」
俺はそいつに向けて、一気に肉迫。
「……相対した騎士からは、絶対に視線を逸らさないってのも基礎の基礎だ!」
右手をひねり上げて模擬剣を奪うと、俺はそいつの身体をすぐ横にいた奴にぶん投げた。
悲鳴をあげて地面に崩れるそいつらの頭を、模擬剣で殴って意識を奪う。
――残り七人。
そいつらはもう、陣形もなにもあったもんじゃない。
俺の前には縦に並んで、殴られるのを待つ騎士達の列ができている。
「――ここからは一気だ……」
一瞬の出来事に呆然としている手前の奴から、模擬剣を振るって意識を奪っていく。
剣を左右に振るうだけで、左右交互にボルドゥイ騎士達が吹っ飛んでいく。
「――おとさん、すご~いっ!」
サティがはしゃいでやがるな。
最後のひとりを吹っ飛ばし。
「鍛錬がなってねえ!
こんなんじゃ、魔物はおろか魔獣にさえかなわねえぞ!」
俺が一喝すると、ダストール家もまた自身が言われたかのように、表情を引き締めた。
「――いや、君、騎士としては規格外だからね?」
バルディオが苦笑しながら、なにか言ってるが。
「いやいや、んなわけねぇって」
俺がガキの頃に兄さんに紹介してもらった王都の騎士って、もっと頭おかしいレベルで強かったはずだぞ?
全身甲冑着てんのに、五〇メートルを三秒台で疾走するんだよ。
あれに比べたら、俺なんかまだまだだ。
そんな事を考えている間にも、ダストール騎士達がバルディオに指示されて、倒れたボルドゥイ騎士達を捕縛していく。
「さて、残るはあっちに行った連中だが……」
呟きながら兵騎舎に視線を向けると同時。
轟音が響いて、兵騎舎の入り口の奥で火花が散るのが見えた。
「……他の兵騎を破壊してんのか……」
呟く俺の右肩に、不意にわずかな重み。
「……ノルド、キミ、ひょっとして生身で相手しようとか思ってる?」
顔を向けると、そこにはいつの間にやってきたのか、アシスが目を細めて乗っていて。
「――おまっ!? ぬいぐるみのフリしてろって言ったろ!」
「非常事態でしょ? それより本気で生身で戦う気?」
「……やってできねえ事はねえと思うが……」
そんな事を話す間にも、兵騎舎から二騎の兵騎が姿を現す。
塗装の色は違うが、ウチの兵騎と同じ、角張った量産外装のだせえ騎体だ。
「あのね、いくらキミが生身でアームド・ガーダー――機属を倒せるからって、アレはさすがにムリだよ。
機属と兵騎じゃ、戦闘力が段違いなんだから。
そもそも、キミ、武器だって模擬剣じゃん」
「――あ、やべ……」
いつもの長剣は客室だ。
二騎の兵騎のうち片方は、両手でボルドゥイ夫人を抱えていて。
『――ノルド・ルキウス! お覚悟っ!』
残る一騎がそう叫んで、手にした剣を振り上げる。
物騒にきらめく巨大な切っ先が、俺めがけて落ちてくるのがひどくゆっくりと感じられて。
「――おとさんっ!」
サティの悲鳴じみた声が聞こえた。
「……やれやれだよ。
キミが怪我でもしたら、あの子が泣いちゃうじゃないか……」
呆れたようなアシスの呟き。
「――緊急事態の特別だからね」
瞬間、俺の背後に虹色の輝きが生まれて。
――轟音。
もうもうと砂煙が舞って、視界を埋め尽くす。
『――な、なんだぁ!?』
騎士の驚愕の声。
俺の背後に魔芒陣が描き出され、そこから巨大な――兵騎の素体の腕が生えていた。
その腕は、どうやら俺に迫っていた剣を横から殴りつけたらしい。
「――騎体転送機能を解放した」
肩に留まったアシスが告げる間にも、素体剥き出しの兵騎が魔芒陣から抜け出し――アシスの言葉通りなら、転送されてくる。
胸甲が勝手に開いて。
次の瞬間、俺は鞍へと呑み込まれていた。
四肢が固定されて、面が着けられる。
――非正規リアクターの搭載を確認。
面の内側に表示される、いつもの赤い警告文。
――機能制限モードにて起動中。
「――補助ユニット権限で制限解除だ。
あー、毎回このやりとり面倒だなぁ。
――以降、当該リアクターを予備リアクターとして登録。
戦闘稼働も許可だよ!」
と、アシスが舌っ足らずな子供声で告げると、面の内側に表示されていた文字は赤から白へと変わる。
――予備リアクター登録を了承。
――ローカル・スフィア……フォースト・リンク開始。
視界と感覚が、兵騎と合一する。
いつもより馴染む感覚。
身体が軽く感じるのは、外装がないからだけじゃないはずだ。
俺はゆっくり身体を起こす。
『――な、なんだその騎体!?
いったいどこから!?』
剣を地面にめり込ませ、ボルドゥイ騎士が叫んだ。
『こ、虚仮威しだ! そんな外装すらない騎体、恐るるに足らず!』
ボルドゥイ夫人を抱えた兵騎が、もう一方を鼓舞して。
『――と、思うじゃん?
けど、装甲がなくたって、ロジカル・ウェポンがユニバーサル・アームに負ける事なんて、万が一にもないのさっ!』
すぐ隣で、アシスの声がして。
敵騎が剣を地面から引き抜く動作そのままに、切っ先を振り上げる。
『――ノルド、白兵武装喚起だ!』
「お、おう!」
合一した俺の魔道器官に、喚起詞が湧き上がった。
右手を前に、俺は唄う。
「……目覚めてもたらせ。<理力剣>っ!」
喚起詞に従い、右手に蒼白の光の刃が出現し。
「――ビームサーベルみてえだなっ!?」
言いながら。
俺は一歩を踏み込んで、敵騎の攻撃を半身でかわし、その右腕を斬り上げた。
まるで抵抗なく。
砂煙を舞い上げて地面に落ちる、敵騎の右腕。
『――荷電粒子兵装とは別物だよ。
これはソーサリィ兵装――キミにわかりやすく言うなら、魔道の刃さ』
「よくわからねえよっ!」
アシスの解説に応えながら、俺はさらに一歩を進んで敵騎の頭を斬り飛ばす。
頭を失った敵騎は、轟音を立てて後ろに倒れ込み。
その騎体を踏み台にして、俺は宙を舞う。
紫銀のたてがみが銀の粒子を放って、練兵場の空を彩る。
「――ハッハー! まさかこんな騎動ができるなんてなっ!」
空中で身をひねって、残る敵騎の背後に着地。
振り返る暇さえ与えず、俺はその頭部を斬り裂いた。
二騎を瞬殺だ。
兵騎の戦闘ってのは、基本的にはもっと鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う、重厚で鈍重なものだし、よっぽどの力量差がなければ、数で押し負けるもんなんだ。
観ていた連中は、呆然としているな。
「おっと……」
そのまま前のめりに倒れそうになる敵騎体を、肩に手をかけて支える。
このままじゃ、ボルドゥイ夫人が潰されちまうからな。
「――ヒ、ヒイィッ!!」
正面に回り込むと、兵騎に抱えられたまま固定されて、逃げ出すこともできないボルドゥイ夫人が悲鳴をあげた。
宙吊りにされたその爪先から、ポタポタと滴がしたたるのに気づいて。
紳士な俺は視線を逸らす。
……けどよ。
「――先生よぉ、おもらしなんて淑女が形無しだなぁ」
親友の娘が虐げられてたんだ。
これくらいのイヤミは許されるよな?




