第3話 6
あたしは先生を見上げて、お姫様っぽい笑みを浮かべる。
でも、心の中はすっごくムカムカ。
――よくもクラウちゃんをいじめたな……
でも、今はお嬢様らしさを見せなきゃなんだから、我慢がまん!
昨日、お風呂場でおかさん達に、クラウちゃんが先生にいじめられてる事を教えたら。
おかさんとアレイナおばさんは、なにか難しい事を話し合ってた。
大人のお話で、あたしにはよくわからなかったけど……
アレイナおばさんは平民の生まれだから、貴族の生まれの先生のお稽古には口出ししちゃダメって、先生に言われていたんだって。
あと、先生のお稽古を一緒に受けている先生の子供――ルクレールは、ちゃんとマナーを身に着けているから、クラウちゃんのデキが悪いんだと思っていたみたい。
それを聞いたおかさんは、めちゃくちゃ怒ったよ。
――なんで、わたしに声をかけなかったのですっ!?
――って。
おかさん、村でも先生してるもんね。
それだけじゃなく、おかさんは侯爵家っていう、貴族でも二番目に偉い位のお家の生まれで、一番偉い公爵家にお嫁に行く予定だったんだって。
だから、マナーは先生より上手に教えられるはずなんだって。
でも、こよー契約がどうとか――おかさん達はそのあとも、難しい事をあれこれ話してたんだよね。
あたしはクラウちゃんをもういじめさせたくなかったから、おかさん達に言ったの。
『――じゃあ、おかさん、あたしにダンスとか教えて。
あたし、先生が教えてるルクレールより上手くなるから。
そしたら、おかさんの教え方の方が正しいって事になるでしょ?』
ふたりともびっくりした顔してたなぁ。
でも、本気だよって言ったら、おかさんはしっかり教えてくれた。
夜遅くまで、一生懸命に覚えたよ。
――前世の頃から。
あたしは、なにかを覚えるのが得意だった。
……得意にならないといけなかった。
一度教えられたことは、その一回できっちり覚えないと、お父さんもお母さん達もすぐに叩くから。
痛い事されたくなかったから、あたしは教えられた事は、必ず覚えるようにしてたんだ。
もちろん、おかさんは失敗しても、痛いことなんてしなかったよ?
でも、あたしが上手くなれば、おかさんがクラウちゃんの先生になれるみたいだったからね。
頑張って覚えようとして。
――そして。
んふふ~、あたし、すごい事に気づいちゃったんだ!
あたしのお姫様スマイルを受けて、先生は少しだけ口元をヒクつかせたけど。
「――い、良いでしょう。手拍子に合わせて踊ってごらんなさい」
そう言って、手拍子の用意をしたから。
あたしは目に見えないパートナーがいるみたいに、両手を広げて準備する。
途端、視界の隅に選択肢。
――登録動作……社交ダンス1
――登録動作……社交ダンス2
………………
…………
まるで魔法を使う時みたいに、ズラズラと並んだ社交ダンスの数は六番まであって。
昨日の夜に試したから、それぞれがテンポとステップが違うものだって、あたし知ってる。
全部、おかさんが教えてくれて、一番うまく行ったのが登録されてるみたい。
これを選べば、身体はその時の動作を繰り返してくれるんだ!
先生の手拍子が始まる。
……やっぱりこの人いじわるだ。
手拍子のテンポはパンパンパパンって、めちゃくちゃ早いやつで。
おかさんが念の為にって教えてくれた、一番難しい六番のダンスだ。
……でも負けないよ。見ててね、クラウちゃん。
――動作選択。
踵が床を鳴らして、あたしの身体は舞い始める。
クルリクルリと身体を回して、見えないパートナーと位置を何度も取り替える。
踏み出した爪先が床に触れたところで、すぐまた上げて、そのまま滑らせるように大股でステップ。
同時に上体を反らせながら、またパートナーと位置交換。
本当はパートナーに身体を支えてもらうトコロみたいだけど、あたしは見えない手の魔法で身体を支えて、それを再現した。
「……サティ……すごい……」
クラウちゃんが褒めてくれてる。
さっきまで泣きそうな顔してたのに、いまはすっごく良い笑顔。
うれしいな。
胸の奥がほっこりしてくるよ。
――ソーサル・リアクターの高域稼働を確認。
――事象干渉場を展開。
またよくわからない文字が視界に出てきた。
あたしのまわりの景色が、湯気みたいにゆらゆらして。
――ソーサリー・エフェクト……始動。
そのゆらめきの中で、真っ白な燐光があたしのステップに合わせて舞い踊る。
「……まぁっ!?」
アレイナおばさんが驚きに口元を覆った。
「綺麗……」
クラウちゃんもうっとりと呟いて。
先生は驚いて手拍子をやめていて、ルクレールもびっくりした顔をしてる。
――事象干渉補助効果……始動。
……ピアノの音が。
あたしが立てるステップ音だけだったダンスホールに、軽やかなテンポで響き始める。
合わせるように――バイオリンなのかな?――弦楽器が弾かれて。
奏でられる曲は、前世で観ていたアニメのオープニング。
あたしが大好きだった、泣き虫な女の子とロボットのやつ。
早いテンポだから、ぴったりだね。
ああ、懐かしいな。
またこの曲を聞けるとは思わなかったなぁ……
伸ばした指先に触れて、燐光が揺れる。
ステップを踏んで身体を回せば、まるで従うように、燐光もまた一緒に回って。
曲はいまや最高潮。
先生達に見られてるのも忘れて、あたしは思いっきり楽しんじゃってた。
――転調。
曲は終盤に差し掛かると、ゆったりとしたテンポになって。
あたしはそれに合わせて、ステップをおとなしめに。
やがてピアノの音で締めくくられて。
パートナーから身体を離して、右手だけを残してカーテシー。
「――すごい! すごいすごい!」
クラウちゃんが、すごい勢いで拍手して、あたしに抱きついてきた。
「すごいわ、サティ! よくわからなかったけど、綺麗で……うん、とにかくすごい!」
「えへへ、頑張ったからねっ!」
あたしもクラウちゃんをぎゅっと抱きしめて、そう言って。
それからぽかんとしてる先生を見上げる。
「――先生、どうですか?」
にっこりお姫様スマイルをして見せると、先生は咳払いして。
「え、ええ。素晴らしかったですね。
――アレイナ様、この子にはわたくしが教える事など無いように思えますわ」
「――ホント? アレイナおばさん、やったね!」
あたしはにんまり笑って、アレイナおばさんを振り返った。
アレイナおばさんもにっこり笑ってて。
「あらあら、それならこの子にダンスを教えた者の方が、家庭教師として優れている事になるわねぇ」
その言葉に、先生は顔を引きつらせてうろたえた。
「な、なにを……」
「この子はね、たった一晩でこれだけのダンスを踊れるようになったのよ?
よっぽど教え方が良かったと思わない?」
アレイナおばさんは、そう言いながらあたし達のそばまでやって来て膝を折った。
そうして抱き合ったままの、あたしとクラウちゃんを抱きしめる。
「そ、それはその子が特別優れているだけで……クラウティアお嬢様とは――」
「……あくまでクラウが悪いと……あなたはそう仰るのね?」
アレイナおばさんの声が、少しだけ低くなる。
「いえっ! そ、そういうワケでは……ただ、お嬢様は少しだけ堪え性がないと申しますか……
ウチのルクレールと比べて――」
プルプルと首を左右に振りながら、先生は訴える。
その言葉を。
「――あら、それならご自慢のルクレールさんにも、同じダンスを踊ってもらいましょうか?」
姿隠しの魔法を解いて姿を現したおかさんが遮って、そう言葉を被せる。
アレイナおばさんに借りた、真っ赤なドレス姿ですごくカッコイイ。
「――だ、誰っ!?」
「あら、先生ともあろうお方が、マナーがなっておりませんこと」
と、おかさんは口元に手を当ててクスクスと笑う。
それから先生に向けて、綺麗なカーテシー。
「お初にお目にかかりますわね。
わたくしは騎士ノルド・ルキウスが妻の、ユリシアと申します。
この子――サティの母親ですわ」
にっこりするおかさんに、先生は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「――騎士爵夫人ごときが、伯爵夫人のわたくしに意見しようというの!?」
途端、アレイナおばさんが扇を広げてクスクス笑う。
対するおかさんは呆れたようにため息。
「あなたこそ、伯爵夫人程度で彼女に意見しようっていうの?」
「……それは――ど、どういう……」
戸惑って声を詰まらせる先生に、おかさんは胸に手を当てて微笑みかけた。
「ボルドゥイ夫人のお歳なら、社交界で噂くらいは聞いたことがあるのでは?」
カツンと。
おかさんが踵を鳴らして一歩踏み込む。
「――ロートスの鉄拳。
……それとも狂犬の方が有名なのかしら?」
「――鮮血姫っていうのもあったみたいよ?」
アレイナおばさんが楽しそうに続ける。
よくわかんないけど、おかさんのあだ名なのかな?
「――な、なな……婚約者の公爵令息を叩きのめしたという、あのっ!?」
畳み掛けるように、アレイナおばさんは扇を閉じて、その先を先生に向ける。
「そう、ユリシアちゃんは侯爵家の生まれよ。
それも公爵家――末席とはいえ、王族に嫁ぐ予定だった、ね」
「……アレイナお姉様、それはわたくしの黒歴史ですわ……」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさいね」
謝りながら笑顔のままのアレイナおばさんに、おかさんはため息。
それから先生に向き直る。
先生はぺたりと尻もちついてた。
「それで? 名乗った相手に、名乗り返しもしない、無礼で失礼なボルドゥイ夫人?」
ダンスホールに、おかさんの低く抑えられた声が響く。
「――あなたご自慢のお嬢さんのダンス、わたくしに見せてくださらない?
さぞかし素晴らしいのでしょうね……」
「そ、それは……」
おかさんもきっと怒ってるんだよね。
ルクレールの方に顔を向けて。
「さあ、ルクレールさん。わたくしが手拍子してあげるわ。
踊ってごらんなさい」
そう言って、両手を構えるおかさんが浮かべた笑顔は――
……あたしもちょっぴり、怖いなって思ったもん。




