美少年をペロペロするお仕事です
急にヤバめの題名のお話が書きたくなりまして。
生存報告も兼ねて。
ペロペロ。わたしスライム。じゃねんはないよ。
なーんて言い訳をしながら、やっている事は前世日本人女子大生だった私の倫理観からするとかなーり変態的なことなので、自分で自分の行動にドン引きしていたりする。
転生後の前世への未練とか、後悔にはもうどっぷりだくだくに浸りきった後なので、その辺は省略ね。
お願い思い出させないで。
しかし!
うまい!
何でもかんでも食べて消化してしまうスライムの好物が生き物の死骸だったりするのは、異世界あるあるだよね。
排泄物もイケるみたいだけど、そこはノーサンキュー。
んで。
現在、私にペロペロされている、スライム生で初めて出会った第1異世界人は、もうすぐ死体になる予定である。
最初は私も大人しくその辺の草とか石とか食べていたのよ。でもさ、普通のスライムにはない「美味しい物の記憶」なんてのがあるせいか、どうしても肉が食べたくなりまして。我慢できなくなって、理性かっとばして、他の肉食生物が食べ残した死骸をきれいきれいしてみたわけですよ。
欲を言えばミディアムレア霜降りステーキとか食べたかったけど、まあ無理だしね。
すると!
うまい!
それはそれは美味しかったわけですよ!
食に目覚めた私は前世の記憶を総動員し、葉の裏に潜んで一緒に私を食べてしまった草食生物の体内から「いただきます」したり、比較的早く動ける水中で自身の透明性を利用して近くに来た魚をごっくんしたり、分裂しても意思が共有できる事を知って囲い込み漁とか狩りをしてみたり。
そんなこんなでラノベによくあるスライム転生なるものをして、だいぶ経ちました。
体感的には数か月くらいになると思うんだけど、残念ながらスライムには視覚が無く「見るんじゃない!感じるんだ!」を地で行く生き物だった。だからなんか気温が高いなー昼かなー?低いから夜かなー?また気温が上がったから1日たったのかなー?くらいからの大雑把な推察でしかない。
一応、世界に満ちている魔力というか、魔素というのか。その質と含有率的なものを感じることができるので、どこにどんな何があるかくらいはわかるのよ。
色はわかんないけど。
んで、まあそれなりに楽しくスライム生を謳歌してたところ、めっちゃ美味しそうな魔力的なものを感知いたしまして。やれ急げ!とばかりにぴょいんぴょいん跳ねて向かった所に発見したのが、件の死にかけ異世界人だったわけ。
ここで、突然ですが問題です!
自称「森の掃除屋」なスライムさんは、食物連鎖ピラミッドのどこに位置するでしょーか?
実は!
頂点なのです!
なんせ強酸&猛毒な体は食べられないし、切っても分裂するだけだし、熱いも寒いもへっちゃらで痛みも感じないし。基本、お掃除ロボットよろしく地面を這って掃除しているだけで、普通のスライムは私の様に積極的に狩りをしないんだけど、どの生き物もお触り禁止とばかりに避けてくれるのよ。
そのかわりに寿命が短いんだけどね。
一緒に生まれた―――というか母体から意識を分離された他の兄弟たちはもう、みんな体の形が維持できなくなって、溶けるように消えてなくなっちゃった。その前にいくつかの分離体を残してね。
私もそろそろ溶け時なんだと思うけど、そんなのいつだかわからないから、今日も今日とて食べるのです!
美味しそうな魔力の塊は大人気で、いろんな魔物が狙ってた。さらに周囲で喧嘩までしていたけれど、知ったものですか。ぴょいん!っとその上に飛び乗って、ぷるぷる私の物よ!アピールをしたら、みんな諦めて木々の間に消えていった。
アイ アム ウィナー!
争奪戦に勝利したものの、戦利品は禁断の人族でした。
前世の種族と同じ形をしているとねー。
食べるのはちょっとねー。
でもでもでも!
美味しそうすぎて、つい味見とばかりに露出していた皮膚を舐めてみたらば!
美味しすぎた!
うまい!うまい!うまい!うまい!うまい!
ペロペロペロペロペロペロ。
魔力循環が未成熟な感じなので、たぶん子供。纏う魔力の外形から男。それも前世基準で言う所の美形!
倫理的に、倫理的に!
ペロペロペロペロペロペロ。
いやね、違うんですよ。
なんか魔力的なものが少年の皮膚から漏れ出てるんですよ!
まるで高級チョコレートのような絶妙に甘苦いそれを摂取しているだけなんですけど、副産物的に表皮についている汚れ的なものまで舐めてしまっているというか。
ペロペロペロペロペロペロ。
やっべ。マジでうまい。
やめられない。とまらないー。
ペロペロペロペロペロペロ。
ペロペロペロペロペロペロ。
ペロペロペロペロペロペロ。
気が付いたら、全身舐め終わっていた。
つるぴかお肌にホコリ1つ残っていない、とっても清潔な美少年の完成です。
あっ!服の下には入らなかったですよ!
服は舐めちゃって、新品みたいになってますけど!
普通のスライムだったら跡形もなくなってるから。骨どころか痕跡なんて残さずきれいさっぱり美少年が消えちゃってるから!
どうか許しておくんなまし。
しばらく少年の上で罪悪感に打ちひしがれていた私は、ふと死にかけていたはずの少年の呼吸が安定している事に気付いた。
あれれー?
何がどういう結果だかわからないが、早まって「いただきます」しなくてよかった。罪悪感どころか、発狂するところだったわ。
ほんじゃまぁ、全身ペロペロのお詫びに森の外まで送ってあげますか!
私は各々好き勝手行動していた分体たちを集合させると、少年を上に乗っけて森の中を這い進んだ。
いやはや、私も大きくなったもんだ。
普通のスライムはさ、大きくなってもバスケットボール位のもんなのよ。
なんだけど・・・今の私は軽自動車くらいあるの。
なんでだろうねー。
ミート イズ パゥワー!なんちゃって。
跳んだ方が早いんだけど、少年を落としちゃいそうだし、這うといっても特大スライムの私なら立ちこぎ自転車くらいのスピードが出せる。ごっくんもぐもぐ邪魔なアレコレを「ごちそうさま」しながら進むことしばらく。
無事に街道まで出ましたー!
これこれ、ここを目指してたのよ。
少年と似た魔力の痕跡を感じる馬車。
質感的にはかなり近い、親とか兄妹とかそんな感じの人間が入っているはず。
街道に横倒しになっている馬車の周囲には、たぶん護衛なのかなってごつい装備の人間たちの遺体が散乱していて、それに魔狼たちが群がっていた。
魔力を持った狼っぽい感じの外見な生き物なので勝手にそう呼んでいるが、正式な名前は知らない。習性的にもほんと狼みたいに群れて狩りをするんだけど、結構気性が荒いのよね。
私の敵じゃないけど(ドヤ)。
馬車の横でぷるぷる私の物よ!アピールをしたら、名残惜しそうに何度も振り返りながら、魔狼たちは木々の間に消えていった。
アイ アム ウィナー!ウェ~イ!
この馬車を見つけたのは偶然だった。
めっちゃ美味しそうな魔力からそう遠くないところで魔狼たちが騒いでいて、あまりにうるさいから、体の一部を小さくいくつかに分けて見に行ったわけ。文明見ちゃうと過去が恋しくなりそうで、なるべく街道とか居住区とかに近付かないようにしていたんだけど、その辺を縄張りにしてる魔狼たちが、狩りでもないのに殺気立つ理由が気になって仕方がなかったのよ。
ようは野次馬ね。私、ただの暇スライムなんで。
そしたら馬車が襲われていた。
人間が人間を殺すところを見ちゃった。1カメ2カメ・・・10カメ的な多角的視点で。
ほんと最悪。
ちなみにその頃、街道近くでトラウマ耐久してる分体たち以外は、美少年を美味しくペロペロしてた。
だいぶ慣れたけど、別の体で並列思考って複雑ぅー。
そんなこんなで既ペロペロ美少年の取り扱いに困っていたら、親だか兄妹だかの似た魔力に気付いたの。だからこれ幸いと押し付け―――返却することにしたのだ。
もう虫の息っぽいけど。
私は大きな体でよいしょと横倒しな馬車へ圧し掛かり、壊れた扉を「ごちそうさま」して、そこからとぅるんと少年を滑り入れた。
「―――――――っ!――――――!」
途端に、今にも命の炎が潰えそうな成人女性へ縋り付く美少年。
起きとったんかーい!
そりゃあ、お触り禁止が標準対応な、しかも見たこともない大きさのスライムに背負われていたら、とりあえず刺激しないよう微動だにしないよね。私でも死んだふりするわ。
「ごっくん」されたが最後、まるっと全部跡形もなく溶かされちゃうからねー。
「―――!――――――!」
「・・・――・・―――・・・・・」
たぶん母と子の最期の会話的な場面なんだけど、残念ながら言葉がわからない。
一応、振動として音が感知できるので、学びさえすればわかるようになるかもだけど・・・。面倒くさっ。
私はこれからも自由気ままなスライム生を送るのさー。
これ以上かかわる気が無い私は、馬車の中へ差し入れたままだった体をそっと回収、しようとしたら、また少年から香しいばかりの魔力の匂いがしてきて―――。
うまい!うまい!うまい!うまい!うまい!
ペロペロペロペロペロペロ。
ペロペロペロペロペロペロ。
ペロペロペロペロペロペロ。
ペロペロペロペロペロペロ。
ペロペロペロペロペロペロ。
はっ!
食欲に負けてしまったー!
号泣していたはずの少年と、最期の力を振り絞っていたはずの母親の、あっけにとられた視線が痛い。
図らずも慰めるように、少年の頭とか肩とか背中とか上半身をよしよしする格好でペロペロしていたのが救いか。
硬直する私へ、母親の震える指先が向けられる。
「――――――っ!!」
その死にかけとは思えない様な叫びに、思わず体がぷるるんとした。
「この変態スライムがっ!!」だと推測。
よし、逃げよう。
ほな、さいならー!
っとばかりに浮かせた先を、美少年が思いっきり握り込んだ。
ぷりゅんっ。
ちょうど美少年の握りこぶしくらいに一部がちぎれたけれども、知ったもんですか!
スタコラサッサー!ヨイサッサー!
トカゲのしっぽ切りよろしく、その他の大部分を馬車の外へ退避させ、さらに通常のスライムサイズへ分裂させて、森の中へ逃げ込んだ。
「・・・―――――・・・・・――・・・・・」
「―――――。―――?――――!!」
大部分はトンずらできたが、美少年にギュッと握られたままの欠片はそのままだ。
だって強酸発動すれば逃げられるけど、子供の可愛い手を溶かすなんてグロい事ができるわけないでしょう?こんな欠片がどうなっても残りの大部分に何の害もないし、最悪意識を切り離せばいいんだし。
私の意識外であっても、元私な生まれたて通常スライムによる、おててドロドロは想像するだけでも怖いので今はしない。
それになんか面白いことがあるかも!とかいう野次馬根性が無いとは言わない。
ていうか、それしかない。
あわよくばちゃんと調理されたものが食べられたりして!
期待にぷるるんぷるるんしていた私を、美少年が宝石箱らしきものにぶち込んだ。
あんま見てなかったから多分だけど、装飾品が入った鍵付きの箱と言えば、それだよね。魔物の体内にある魔石や、魔力が自然に硬化した魔晶石でもなければ美味しくないと知っているので、装飾品に興味はない。
1つだけ魔石付きのブローチがあったけれども、それにがっつくほど空腹でもないし。
それからしばらくして、なんだか箱の外が騒がしくなって、振動し始めたから、たぶん移動していると思う。逃がした大部分を遠くに避難させすぎて、欠片がどこへ連れていかれたのか確認できなかった。
でも、まあいっかー。
森の真ん中から端付近まで離れても大丈夫だったし、駄目だったら意識が切り離されて、欠片が普通スライムになるだけさー。
結果、大部分が住む森から馬車で1日くらいの辺境の城まで離れても、意識の共有ができていた。
宝石箱の中にあっても、魔力が遮断されなかったので、外の様子がなんとなくわかるのは幸いだ。主に暇つぶし的な意味で。温度はわからないから、日にちの体感は大部分の方だよりね。
数日かけて情報収集したところ、亡くなったのは美少年の母で、魔力の質的に美少年母の従兄な城主の元へ引き取られたらしい。
あ、言葉がわかっていないから、推測でしかないよ。言葉がわからない海外ドラマを字幕なしで見てるのを想像してみて。ちょうどそんな感じだから。
城主はたぶん辺境伯とかいう身分の人なんだと思う。魔物がたくさんいる広大な森と、隣国に接している領地を治めているからさ。
2つも境界線があるとか、ほんと大変そう。
魔物はもちろん言葉なんか通じないし、交渉の余地なんてない。だからといって言葉が通じる人間の方は、交渉の余地があると言えないのが悲しいところ。
隣国の方は、国境の通行が制限されていてあんまり仲がいいとは言えないけれども、今のところ仕掛けてくる様子はない。一方で魔の森の方は、荒れに荒れていた。
ちょっと前に、間引き担当かってくらい大喰らいな魔猿が、何を思ったか街を襲撃して、怒った人間たちに討伐されちゃったのね。で、人間たちにはそんな意図はなかったんだろうけど、目に入った生き物を片っ端から捕まえて食べていた魔猿がいなくなった事で、生態系が大きく崩れた。
端的に言うと、量を増やした魔物たちが森からあふれ始めた。
もうすぐ魔物集団暴走ってやつが起こるんじゃないかな。
スライムでも予測できたんだから、もちろん辺境伯もその予兆に気付いていた。
隣国をにらみつつ、近々起こりうるスタンピードに備えたりで忙しそうな辺境伯は、ほとんど城へ帰ってこない。帰ってきても仮眠だけとか、ちょっと来てまた出かけてしまう。
んで、美少年の素性を「よろしく!」しただけで詳しく説明しなかったらしい。
不幸なことに、辺境伯の従兄の子である美少年は、DNAのいたずらか、辺境伯と顔の造作がかなり似通っていた。
実の子供よりも。
そして起こるべくした誤解により、辺境伯の私生児と思い込んだ辺境伯夫人と1人息子な辺境伯子息が、美少年を冷遇し始めた。
存在を無視されるだけの頃はまだよかった。
次第に食事を抜かれるようになり、衣服も粗末になり、物置部屋へ移されて、使用人扱いになって、更に辛く当たられようになるのにそう時間はかからなかった。
餌のつもりだろう、私の欠片へ美少年が差し出す食べ物の、質が落ち、量が減り、無い日もあるようになったあたりで、さすがの私も腹が立ってきた。
食べ物の恨みは恐ろしいんやで!
といっても、魔物なスライムには、魔力的なものがほとんど含まれていない人間の食事が美味しくなかったので、それが食べられない事に怒りがわいたのではない。美少年の精神が不安定になると漏れ出る魔力の方が美味しかったし。
問題はだな、その良質な魔力の供給源が弱る事によって、魔力の質が落ちてきた事だった。
食べ物の恨みは恐ろしいんやで!(大事な事なので2度)
とりあえず、欠片で摂取した美少年の魔力が、何故か大部分の方にも供給されている事に気付いた私は、逆も可能なのではと、大部分の方でごっくんした木の実を消化する前に欠片の方へ送ってみた。
すると、リンゴみたいな形の果実が欠片より大きかったせいで、ぶりゅっと音を立てて排出された。
「・・・・・・・・・・・・」
まつ毛バッサバサの目をかっ開いて、私を見つめてくる美少年の視線が痛い。
場所は、最近よくある監禁場所のクローゼット。
ボコボコに折檻された美少年が泣いて不安定になっているのを察知して、宝石箱とか扉とかの隙間を抜け侵入。食欲のままに美少年をさんざんペロペロした後の出来事である。
へい!ぷるぷるぅ。わたしスライムぅ。これただのかじつぅ。よぅ!
沈黙に耐えかねて、ラップ調に体を揺すってみた。
ついでに暇スライムぷるるんダンスを披露してやった。美味しそうなプッチンゼリーっぽい動きが醍醐味だぜよぅ!
しかし笑いどころか何の反応も得られなかった。
観念した私は、クローゼットの隅に転がったままの果実を、捧げ持つようにして美少年へ差し出してみた。そしてまた続く沈黙。
日頃のメンタルケアペロペロのおかげだろうか。
ちらちらとこちらを窺いながら果実を手に取った美少年は、果実を検める事無く、そのまま流れるように口へ運んだ。
ぶりゅっ。
驚きのあまり、もう1つ果実を排出する欠片な私。
そりゃあ、さぁ。毒なんてないのは確認済みだし、私の中を通った影響で果実には菌1つついてないし、ついでにペロペロ済みな美少年は、折檻のせいで傷だらけであっても、全身、服を含めて清潔なんだけどさ。
魔物が産んだ挙句に差し出した謎の果実を、疑うことなく口に入れちゃうのは、どうかと思うよ。
お腹がすいていたらしい美少年は、1つ目をあっという間に芯まで食べきると、2つ目は自ら拾い上げてこちらも食べきった。
ぶりゅっ。
手に残った果汁を舐める美少年があまりに切なそうで、私はもう1つ果実を排出した。
嬉々として拾い上げた美少年はしかし、口に入れる手前でその手を止めた。そして私へ向かって差し出してきた。
ぬ。これは私にも食えという事だろうか。
確かにここんところ、私どころか、美少年も食事を満足に与えられていなかったね。
けれどごめんねノーサンキュー。
私はその果実、嫌いなの。毒はないし含有魔力もまあまあなんだけど、食べるとなんだか体がシュワシュワするんだよね。
アタシぃ、炭酸飲めないんだぁ。
拒絶の意味を込めてクローゼットの隙間から逃げようとしたら、それを追おうとして手を伸ばした美少年が息を飲んで硬直した。
まさか体に害のある果実だったかと美少年の体を魔力スキャンしたが、体の外にも中にも傷1つない。
なんだよもう。驚かせないでおくれよ
その日から何故だか、美少年は私を宝石箱へ閉じ込めず、懐へ入れて連れ歩くようになった。
餌付けの効果なのかなぁ。あの果実を気に入ったみたいだし。
折檻を受けた後とかむさぼるように食べてるもんな。美少年は痩せすぎだから、ストレスを食べて発散するのもアリだと思うよ!
そんなこんなで、気まぐれに美少年のお仕事な掃除を手伝いつつ、ちょいちょい不安定になる彼をペロペロする日々を過ごしていたら、なんとなく言葉がわかるようになってきた。
きっと物陰で行われる屋敷の人間模様をウォッチングしまくったおかげだと思う。
だって暇なんだもん。
じつはさ、欠片が欠片じゃなくなってきちゃったのよ。
どうやらスライムは生命維持を超えて過剰に魔力を摂取すると、体が大きくなるらしい。ほぼ毎日のように美少年から漏れ出る魔力をペロペロしていた私は、順調に大きくなってしまっていた。
しかし美少年の懐へ隠れるためには、元の欠片サイズの方が望ましい。
と、言う事で余剰分を分裂させて、屋敷のあちこちに潜ませているのだ。
魔力の摂取は共有できるために大部分と欠片任せでオーケー。そうなると暇な隠し分体たちは、隠密よろしく聞き耳を立てるくらいしかやることが無くて。
視覚ではなく魔力的なものを感じ取れるので、壁の向こうの様子はまるわかり。繰り広げられる秘密とか陰謀とか情事とかをぷるぷる楽しみ盗み見て、ついでに空気振動を流し聞いていた暇スライムは、自然と言葉が理解できるようになったとさ。
私天才!天才スライム!フゥ~!
「ウルズ。大好き。ずっと一緒だよ」
隠密スライムたちも総動員してこっそりお掃除した美少年の部屋で、これまたこっそり綺麗にしたシーツにくるまって、美少年がその手に握り込んだ私にキスをする。
さわるな危険のスライムに唇を寄せるとか正気の沙汰ではないので、最初は毎回逃げていた。しかし、その度に美少年が不安定になり、食欲に支配された私がペロペロし始めて、はっと正気に戻った時には美少年にチュッチュされているという日が続いた。それが10日も連続したあたりで、私も諦めた。
どこからでもインしてモグモグできるスライムの、どこが口なのかとか、考えてはいけない。
いつか黒歴史になっても知らんで。
美少年に捕獲されてから、かれこれ1年近く。自由が制限されつつもそれなりに楽しく過ごしている私が美少年を見捨てない理由は、美味しいお食事だけではない。
それがね。隠密スライムごっこのおかげというか、弊害と言っていいのか・・・知らなかった方がいい事をいくつか知ってしまったからなのよ。
魔の森で奮闘している私の大部分のおかげか、スタンピードが小康状態になったのをいい事に、辺境伯が浮気相手のお家に入り浸ってよろしくしている事だったり。
その寂しさを埋めたかったのか、辺境伯夫人が護衛騎士と密会している事だったり。
美少年をこれでもかと痛めつけてくる辺境伯子息が、両親のダブル不倫を知っていて荒れている事だったり。
城主不在な屋敷内が不穏な雰囲気なのをいい事に、ヤバそうな奴らが入り込んでいる事だったり。
そいつらが時々、美少年を殺そうとしてくるのは、実は彼が現王の異母弟だからだったり。
まあ、表から紹介状を携えてやってくる奴らはともかく。
窓からとか屋根裏からとか明らかに不法侵入してくる奴らは、隠密スライム合体で飲み込んで、魔の森在住な大部分へ転送しちゃってるけどね!
どう頑張っても、人間は食べられません。
転送費代わりに装備は「いただきます」してるけどさ。
全裸で森へ転送された奴らのその後は知らない。
あーあ。美少年に絆されちゃったのよ。私。
どう頑張っても、私はスライムだし、魔物だし、一緒にいていいわけないのにね。
美少年を助けたくても表立って助けられないジレンマを抱えつつ、過ごしていたある日。
ついに怖れていたスタンピードが起こってしまった。そしてついでに隣国の、ここと隣接するあちら側の辺境伯が攻めてきた。
もー。ちゃんと辺境伯が魔物を間引かなかったからだよ!
飽和寸前の魔物たちを食べて繁殖した魔大蛇の、大量の卵が同時期に孵ったものだから、高ランク肉食魔物の群れに、魔の森は大パニック。森からあふれて人間たちも大パニック。
下半身に負けた男の末路は、魔大蛇による「ごちそうさま」でした。
もー。辺境伯夫人!浮気相手の身辺調査くらいしようよ!
浮気相手の騎士が、実は隣国辺境伯領の間者だったせいで、屋敷内の情報は筒抜け。城主の辺境伯が不在、領軍も半数以上がスタンピード対応で不在だった隙をつかれて、早々に城が陥落した。
入り込んでいた間者たち以外は、下働きまで容赦なく皆殺し。
辺境伯夫人も例外ではなく。浮気相手にあっさりと殺されてしまいましたとさ。
この大虐殺に、幸いにも辺境伯子息は含まれなかった。
しかし髪と瞳の色合いが美少年と一緒らしくて(私は色を認識できないから隠密情報より)美少年ほど辺境伯に似ていなかった彼は、ついでに美少年から奪った元側妃な美少年母の形見のブローチを持っていたものだから、敵国の王弟として連れていかれてしまった。
泣きわめいていたところを殴って気絶させられ、馬車に放り込まれた彼の行へは知らない。
その頃、美少年の方はというと。
皆が敬遠する肥溜め掃除をさせられていた。
その特性上、ものすごい臭いがするため、もちろん建物からかなり離れたところにある。よって誰にも気づかれず、騒ぎを遠くに聞きながら早々に城から逃げ出せた。
脱出まではよかったのよ。
でも逃げた先で領民たちに見つかっちゃった。
捕まって敵国へ差し出されるかと思いきや、辺境伯は下半身以外は堅実な人だったらしい。特に重税を強いるでもなく、領地を適正に治めていたとかで、領民たちの人気が高かった。
一種のアイドル信仰みたいなのもあるんじゃないかな。一度目にしたら忘れられないような美丈夫だったし。
その美丈夫にそっくりな美少年は、辺境伯子息と勘違いされ、これまでの日々の冷遇で積み重なった薄幸状態から「生き延びて仇を討つため、肥溜めに隠れる屈辱を我慢したなんて!」とかさらなる勘違いを呼び、大きな同情を買って信じられないくらいに手厚く匿われた。
そこからは不思議なくらいにとんとん拍子に事が進んだ。
始め、領民たちを警戒していた私が「スライム→魔物だ!→美少年ごと退治!」となるのを警戒して、水の精霊を装ったのも一因ではあると思う。分体かき集めて、少女サイズで威嚇したし。
そしたら美少年が「精霊遣い様!ありがたや、ありがたや!」されて、領民たちの結束力が爆上がりし、生き残った領軍の士気も爆上がりした。
というか、楕円形の透明生物が人型を模しただけで、精霊扱いに格上げされるなんて、安直すぎやしないか?
信憑性を高めるために、頑張って言葉を発してみたりしたけどさ。
まあ、難しかったよ?音を発するのは。
でも原理をなんとなく理解していて、暇を持て余していたらば、できてしまった。笛を参考にしたせいで、鈴を転がした様な声になっちゃったけど、神秘性が増したから結果オーライね!
後継者争いだかで領地拡大という手柄が欲しかった敵辺境伯子息の気合は十分だった。
だからといって、城に私兵を常駐させて、逆らう者たちは片っ端から処刑。抵抗するしないに関わらず、領民からはナチュラルに略奪。なーんて事をしていれば、現地民たちの敵辺境伯子息への印象は最悪である。
美少年を旗印に集まった、ものすっっっっごいヤル気満々な領軍と、数に物を言わせた領民たちの力技は壮絶だった。
ある程度「隠密スライム合体ゴックン全裸魔の森転送」で辺境伯城に残った敵を排除してはいたのだけれど、あれよあれよという間に辺境伯城を奪還。ついには敵国の残党を国境まで押し戻してしまった。
私はそのタイミングを狙って、増えすぎた魔大蛇たちを、あちら側へ押しやってやった。
魔大蛇といえども、スライムはお触り禁止である。それも美少年の潤沢な魔力のおかげで、順調に一軒家サイズへ成長した私の大部分に敵はなかった。
でかいスライムに囲まれて、魔大蛇の群れ大パニック。突然、魔の森から大量に湧き出してきた捕食者たちに、隣国辺境民たちも大パニック。
幸いにも敵辺境伯子息による独断侵攻であったために、あちらの国が出てくることはなく、領土拡大どころでもなくなった隣国は、とても静かになった。
さて。ここまで来たら後は、美少年が辺境伯になって、どこぞのご令嬢を嫁に迎え、末永く幸せに暮らしましたとさ。
てな、感じに収まると思うでしょ?
ところがどっこい。
凱旋式で「辺境伯子息万歳!」を叫ぶする領民たちを前に、美少年より美青年と呼ぶ方がふさわしくなった彼が宣言した。
「私はウルズを愛している。後継を望めない以上、辺境伯の地位にふさわしくない」
領民たちぽかーん。
美少年改め、美青年の横で水の精霊を装っていた私もぽかーん。
おいこら。
満足げに私を抱き寄せて、濃厚な公開チューをかましとる場合やないぞ!
静まり返った広場で、ひとり通常営業だった美青年が、こちらもぽかーんしていたやや年上の美青年を自分の前へ押し出した。
「今回の勝利はこのヘンドリック卿の活躍あってのものだ。彼は隠れていた私を見つけ出し、旗印としてくれた。がしかし、彼なくば軍がまとまることはなかっただろう」
あーね。確かに。
美少年は旗印にはなったけれども、私がもたらした情報を元に作戦を立てたり、実際に先頭を切って戦っていたのはヘンドリックである。
完全に象徴扱いで、天幕奥でまじめな顔をして座っているだけだった美青年がしたのは、領地奪還の開戦を告げる大規模魔法くらいだ。
すごかったけど。
神の怒りか天罰かというくらいの落雷を乱立させて、「魔力操作が苦手で、こういう派手なのしか出せないんだ」とテヘペロした美青年は可愛かったが、電撃では死なない私でもぷるぷるが止まらなかった。他の面々ももちろん、顔を真っ白にして震えていた。
結果、美青年は最終兵器扱いされて、更に天幕の奥へと追いやられてしまったから、その後本当に何もしていないの。
「それにヘンドリック卿は辺境伯の長子であり、彼こそが最も後継としてふさわしい存在なのだ!」
呆然としたままのヘンドリックの右手を掴み、美青年が高々と挙げた。
それを見たヘンドリック推しの領軍隊員たちが、「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」と雄たけびを上げる。つられた領民たちも雄たけびを上げて、次いで「ヘンドリック卿万歳!辺境伯万歳!」のコールが始まった。
「え?え?」
オロオロするばかりのヘンドリックの肩を、美青年はがしっと掴み、にっこり笑いかけて言った。
「戦力担当としてサポートはしっかりするから。頑張って、兄上」
正確には美青年母の従兄の子だけどね!
ヘンドリックが下半身の管理不足な故辺境伯の庶子である事は、魔力の質を読み取れる私が保証する。
美青年に促されて、大興奮な領民たちへ向かってとりあえず手を振るヘンドリックをそのままに、私たちは壇上から降りた。やり切った感を隠しきれていない美青年は、新しい辺境伯誕生に沸く人々の目がこちらにないのをいい事に、私をぎゅっと抱きしめる。そして熱い吐息で囁いた。
「ウルズ。君の憂いはもうなくなっただろう?さあ、私の名を呼んでおくれ」
ほんと、もう、完敗である。
実は王弟だったのに勘違いをこれ幸いと辺境伯子息の身分を手に入れ、更に別のふさわしい人物を掲げて後継から逃れて。
そもそもの種族の違いも、私の有用性を周囲に認めさせることで乗り越えてしまった。
あとは私の心ひとつである。
「ウルズ。君を愛している」
美少年の「大好き」は、いつの間にか「愛してる」に変わっていた。
私の情も、いつの間にか愛になっていた。
「私も愛してる。ベルンハルト」
食欲に負けて美少年をペロペロしていたら、精霊様という肩書をもらって、最終的には辺境伯弟の伴侶になってしまった。
別に彼の伴侶というのが嫌なわけではない。
ただ、身に余る身分だな、と思うだけで。
最終兵器扱いのベルンハルトは、平和になると出番がない。だから彼は魔の森の管理を自ら買って出て、その境界にこじんまりとした家を建てた。
魔の森の管理と言っても、私の大部分の方で事足りてしまうので、やる事なんてなーんにもない。だから2人きりで、のんびり生活する日々が続いている。
ベルンハルトが美青年になって、ペロペロが無くなったかというと、そんなことはなく。
的確な魔力操作によってわざと漏らされた彼の魔力を、無意識に私がペロペロしてしまっていたりする。特に彼のお気に入りは、大部分の中にすっぽり飲み込まれて、全身をペロペロされる事である。
時々、全裸で誘惑してくるので、気を強く持たねばと己を律する日々も続いている。
「ずっと一緒だよ、ウルズ」
予想外の展開で、予想外の生活を送っているけれども、愛する旦那様と何に追われるでもなく過ごすのは、とても幸せな日々だ。
願わくば、このまま細く長く、予想外に遭遇することなくスライム生を全うしたいものである。
ペトラに餌(☆)を与えると、とても喜びます。
お読みいただき、ありがとうございました!