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Ephemeral note~夢を見る世界  作者: 瑞月風花
異世界編

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キラとワカバ


 ラルーが言う。

「こちらの記憶もおそらくあなたの中に入るはずでしょう。だけど、ワカバが消してしまうかもしれない記憶かもしれません」

「どうして?」

「それは、自分の力で過去を変えることのできないあなたを傷つけないため、としか言えませんわ」

そう言って、ラルーは視線をいろ葉から外した。



 キラとワカバの最初の出会いはときわの森にある大きな木の麓だった。

 キラはまだルオディックと名乗る本当に小さな男の子で、魔女罪で母を失い、さらに姉まで失うかもしれないという悲しみのどん底にあり、涙を流して魔女を望んだ。

 ときわの森には魔女が棲む。

 トーラを持つ魔女は人間の望みを叶えてくれる存在である。

 おそらく、そんな言葉が彼を森へと導いたのだろう。彼はただただ森の奥へと歩み続けた。

 しかして、彼は魔女に出会う。不思議な魔女は彼の涙を欲しがった。そして、代わりに願いを叶えると約束した。

 彼の望みは、母の望みでもあった『姉の存在を護ること』

 きっと、その頃の彼にはその望みの意味なんて分からなかったに違いない。彼はただ純粋に姉を殺させたくなかっただけに違いない。

 その望みが叶えられる時に自身の存在が危ぶまれるだなんて思いもしなかっただろう。

 だけど、その願いは叶えられなかった。


 だから、魔女とリディアスに怯え、姉を魔女としようとする父を十五歳の彼は殺したのだ。

 領地を護るためよりも、魔女の娘とされた姉を護ろうとしたことになる。

 母が罪に問われたきっかけはときわの森から逃げてきた母娘を匿い逃したからだった。そして、ときわの森には魔女が棲む。

 母が身代わりにして、庇った親子は魔女である可能性が高かった。

 そして、魔女と思しき少女は、彼の願いを叶えなかった。

 そう、彼の人生を狂わせたのは、すべて魔女に関係あるのだ。

 そんなこともあり、キラがワカバに対して良い第一印象を持てなかったということは、大いに納得するところでもある。


 その後、彼は人殺しも厭わない仕事請負人、『ジャック』に身を落とす。

 キラと別れた後のワカバは『悲しい』という感情が芽生えていた。だから、魔女狩りが起きて、育ての親が殺された時、村の家々が焼かれた時、同じ村の事切れていく魔女の望み「助けて」の望みを叶え終わった時、ワカバはひとりぼっちで村の中に佇むことになった。

 その時、初めて彼の感じていた『悲しい』と『寂しい』を胸に抱くこととなるのだ。

 悲しいと寂しい。だけど、それがどうしてなのか、分からない。

 ワカバは、ただ佇んでいた。ただ、あの時、綺麗だと思った水が、彼女の両の目から流れ続けていた。


 ときわの森にいたワカバはリディアスに捕らえられ、リディアス屈指の研究所へと送られた。

そこで監禁されたワカバは、実験という名の虐待を受け続けた。中にはそれを否とする者もいたが、そんな小さな声はどこにも届かず、月日だけが過ぎていく。

 リディアスで魔女を人間扱いする方がいかれている。そう思われていたのだから、それも仕方のないことかもしれない。

 リディアス研究所の欲しがったものはワカバの中に潜む『トーラ』であり、それを取り出すことに躍起になっていたのだ。

 しかし、研究所が実験を成功させることなく、ラルーの誘導もあり、ワカバは脱獄してしまう。


 次の二人の出会いは悪名高きキング邸だった。

 ジャックの頂点とも言われるキングがすべての願いを叶えるとされる『トーラ』を欲しがらないわけがない。

 そこでもやはりワカバへの扱いは悲惨だった。

 ワカバは『人間は敵』であるということを体感し続けているのだ。だけど、ワカバは魔女であるということも知っていた。

 魔女は人に嫌われる者である。そして、人は魔女に恐れを抱く者。

 よって、この状況は、至極当たり前のことなのだと思っていたのだ。

 そこにジャックとなったキラが現われた。


 ワカバはそのキラを見つめて『同じ』だと感じた。『魔女』であるワカバと『人間』であるキラ。

 そして『人間』であるはずなのに、ワカバを恐れない。恐れるどころか、月のような冷たい光をその目に宿し、ワカバに声を掛ける鬼にも思える人間だった。

 本来なら『鬼』と同じであるのは『魔女』であるはずなのに。おそらく、そんなことに違和感を覚えたのだ。

 いや、本当はその時のワカバは記憶がほとんどなく、『キラ』に『時』を感じなかったのかもしれない。

 違和感のある不思議な人間。

 それもそのはずだ。

 彼らは同じだったのだ。

 彼らは『今』流れる時から浮いている状態の『時の遺児』だったのだから。


 ワカバはその違和感を無意識にも知りたいようにして、キラに願うのだ。

「ときわの森へ連れて行って欲しい」と。

 その時のワカバはそれを無自覚に願う。生まれた時からトーラと共にある彼女だから感じた違和感だったのかもしれない。

 そして、つまらない嫉妬から、時を歪ませ、彼らを浮いた状態にしていたのは、言わずもがな、ラルーである。

さらに、大きな後悔から、ラルーは彼女の記憶を封じ、トーラであることを忘れさせていた。

 ワカバはキラと共にあることで、失われていた記憶を辿るようにときわの森へと進んでいった。ワカバはトーラとして彼の願いを叶えるために、やはり無意識に彼を求めていたのかもしれない。

 しかし、外の世界はワカバにとってすべてが輝いて見えていた。ワカバを魔女として扱わないキラの傍にいると、ワカバは『人間』の営みについて大きな好奇心を抱くようになった。

 人間が敵ばかりではないということに気が付いた。

 

 だから、彼女は時の遺児を生み出さない世界を創り上げたのだ。

 それなのに、彼女はトーラに最初に願われている『アナの願い』まで大切にしようとしたのだ。


 本来、そんな優しさなど持ち合わせることのなかったワカバなのに、ワカバは、それを誰よりも獲得していた。


 ここからはラルーから見た二人の感想となる。

 キラはワカバに手を焼きながらときわの森へまで、ワカバを連れて行くのだ。だけど、18歳という彼の年齢からも、彼の魔女へ対する印象からも、彼は決してワカバに優しくはなかった。

 しかし、 彼はワカバを魔女だからと責め立てたことはなかった。

 彼が感じる苛立ちは、もちろん、自身の余裕のなさからもあったのだろう。しかし、ワカバが人間の生活について無知であるということも大いにあったはずだ。思ったように動かない無邪気で無防備な危険人物を連れて歩くのだ。

 そして、その危険人物をあらゆる者から護らなければならなかったのだから。


「ルディよりも彼の方が信頼に値する人間だと思いますわ。ワカバと一緒にいて下さったのが、彼で本当に良かったと思っていますもの。いくら感謝しても足りないくらい」

そう言って、ラルーはくすりと笑う。

「だけど、16年しか生きていない女の子だと、もう少し思って欲しかったのも事実ですけどね」


 そして、望まれた時をワカバは叶えた。

 それは、何も失われない時間。

 それなのに、ワカバの大切なものがワカバと共に消えてしまう儚い時間なのだ。

 だから、ワカバは大切なもののために、誰にも負けない。


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