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Ephemeral note~夢を見る世界  作者: 瑞月風花
出会い編

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異世界にきたようでそうでないような……3


 例えば、ワカバがいた世界ではワカバを傷付けようとする魔獣はいなかった。なぜなら、魔獣はこの世界を滅ぼそうとは考えていないからだ。あの世界で、ワカバの世界を滅ぼそうとするものは、『人間』のみだった。その人間さえも、別に世界を滅ぼしたいがためではなく、魔女を畏れて、もしくは、力を手に入れたくて、だった。しかし、鈴木いろ葉のいるこの世界では、たくさんの者たちがこの世界を嫌い、憂い、滅ぼそうとしている。考えてみれば、妖魔がいろ葉を狙うなんて尋常の沙汰ではない。本当にワカバがトーラを手にした影響だけなのだろうか。しかし、ラルーが言っていた。


「交わることのない世界ですが、あなたの多くが関わっている世界ですわ」


 どうしてラルーがそんなことを言ったのかワカバには分からない。そして、どうしてそんなに遠回しな言い方をするのかも分からなかった。


 そう、ワカバの世界にここの世界で溢れだしていた『紫煙』が現れた時に、ラルーが言ったのだ。


「心配しなくても、負けなければ良いだけのことですわよ。そして、わたくしはあなたの望む世界であればそれで満足なのですから」


 どこか寂しげなラルーをワカバは今も覚えている。


 妖魔とは、たくさんの思念の集まりである。そして、個人としての思念であろう『紫煙』は、幽霊というものになるのかもしれない。しかし、幽霊という存在自体あんまりよく分かっていないということがワカバの現段階である。ワカバのいた世界には幽霊はいなかった。


 そして、妖魔と呼ばれるものはこの世界でいう、妖怪のような存在である。容があって、ないような。存在があって、ないような。憶測から生まれ、共通認識を持ち、初めて姿を現すような。


 たくさんの共通認識を得て、初めて容を得るような。


 だから、血判を押し忘れたということが、かなり大きな失敗だった。血判さえ押しておけば、消えた後どこへ意識が向かったのかということが分かったのだ。それが、確実に当たりを引くとは限らないが、待つだけしかできない現状よりもずっと良かったことだろう。


 だから、ワカバは大嫌いだった溜め息をついてしまう。


 ラルーがいれば、きっと忘れなかった。しかし、今はラルーがいなくてよかったと思っているワカバがいる。ラルーがいれば、何と言われたことだろう。ラルーは意地悪だから。


「あのぅ、いつまで付いて来るつもりでしょうか?」


いろ葉が恐る恐る振り返り、ワカバに尋ねた。ワカバは「えっと」と首を傾げながら、いつまでだろう、と考えた。


「助けて頂いたのはありがたいんですけど、……」


助けてあげたのはいいんだけど、これからどうすれば、いいのだろう。ワカバはそんなことを思いながら、不安な表情を向けるいろ葉を見つめた。そして、ワカバが答えを出すよりも早くに、いろ葉の声がワカバの耳に聞えてきた。


『どうしよう、警察呼ぶべきかな?』


だけど、ワカバには『警察』というものがよく分からない。「えっと」ワカバはまた反対に首を傾げて、今度は今浮かんだ疑問を口にした。


「警察ってなんですか?」


いろ葉が飛び出す心臓を押さえるかのように、両手を胸に当て、大きく目を見開いた。その目は、どこかにいい言葉がないだろうかと、彷徨い、探しているようだった。


「え、え、えっ?」

『まずいっ。どうしよう、電話っ、……どこにあったっけ?』


いろ葉は頭に浮かんだ言葉を面に出さないように、ワカバに発する言葉を考える。


「人を殺す人を捕まえたり、えっと、変な人を捕まえたり、泥棒を捕まえたり……とにかく悪い人を捕まえる人」

『どうしようっ。この人、怖い。なんだろう。でも、変に怪しまれたり、目をつけられたらどうしよう、怒ってる? 殺される? 私?』


いろ葉の言葉は何だか要領得ない。そして、ワカバははっとした。無意識に心を読んでいることに気が付いたのだ。


「あっ、ごめんなさい」


その手で口を覆ったワカバはいきなり大きく頭を下げた。人間は心を読まれることを怖がるのだ。だから、ワカバは咄嗟に謝ったのだ。それなのに、ワカバはまた失敗してしまった。


「心配しないで、わたし、あなたのこと殺したりしないから」


ワカバはにっこりと微笑んだ筈なのに、いろ葉の顔色がどんどん悪くなる。


 いったい何が悪かったのだろう。いくら考えてもワカバの頭ではよく分からない。わたし、また何か失敗しちゃったのかな? えっと……。


 こういう時に頼りになるラルーやキラはこの世界にはいない。ラルーは時輪の森のある世界にいるし、キラは既にワカバの世界においてすら故人となっている。いくら過去を変えたとしても、人間であるキラがこの時間まで生きているということはない。とりあえず、ワカバは何かを言わなければならないのだろう。考える。そして、がくがくと震えだしているいろ葉に声を掛けた。


「お家まで送るね。だって、さっきのみたいなのが来たら危ないし」

「いい、いいです。だって、一人で帰れますし」


いつの間にか敬語を使うようになったいろ葉にワカバは首を傾げた。確か、見ため的にはそんなに変わらない年齢のはずだったけど、どうして敬語なんだろう。いろ葉が喋る度にワカバの頭の中にはクエスチョンマークが飛び交う。そして、さらに不思議なことが起きた。いろ葉が涙目になって懇願してきたのだ。


「本当に大丈夫ですからっ」


頭を下げられても、大丈夫だとは思えなかった。人間相手ならいろ葉にだってなんとかできるのかもしれないが、妖魔となると、無理だろう。何と言っても、たいがいの人間は手に触れられないものに対して無力なのだから。


 ワカバがそれを伝えようと口を開いた時、大きな音が鳴った。いろ葉の持っているカバンの中から。


 ワカバには聞いたことのない音。要するにスマートフォンの着信音なのだが、夜に鳴り響くその正体不明の音に対して、ワカバは息を呑んだ。鳴り止まないその音が一体何なのか。


「なにっ?」


そして、驚くワカバを好機と見たいろ葉が走り出した。ワカバが手を伸ばした時には遅かった。


「あっ」


ワカバの視界の端に消えていくいろ葉に、その声はもう聞えなかった。ワカバは大きな溜め息をついた後、「まぁ、いいか」と呟いた。いろ葉にはワカバの血判を付けておいた。どこに行ったとしても、それがある限り、見失うこともないだろう。




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