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Ephemeral note~夢を見る世界  作者: 瑞月風花
学校編

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31/50

元の世界によく似て違う……1


 朝起きるとワカバが扉ごしに声を掛けてきた。

「おはよう、いろ葉」

 いろ葉はドキッとして扉を眺めた。

 制服に着替えたばかりのいろ葉は取り繕うようにして、スマホの時刻を見て、大きく息を吐き出した。まるで、ワカバの声を聞いて過ぎったことを否定したいような、溜息だった。


 いつもよりも早い時刻だ。少し居心地は悪いが、ワカバの声はいつもと変わらない。ワカバがいろ葉に対して怒っているということもないようだ。いろ葉も変わりなくいたい。昨日感じたことは全部……本当じゃない。


 だって、ワカバにだって悪いところはあるんだし、私だけが……いや、ワカバの勝手な行動であんなに心配させられたのだから……。


 いろ葉は懸命に自己を正当化しようとする。だけど、いろ葉が言った言葉がきっかけで合ったことは確かだ。だから、上手くいかない。では、いろ葉が全部悪かったんだと思えばどうか。

 しかし、今度はワカバに謝ろうと思った心の均衡が崩れてしまいそうで、怖くなる。


 だけど、ワカバの「おはよう」の後に続いた言葉を聞いた途端、いろ葉の心の均衡は簡単に崩れてしまった。それは、とても唐突で、いろ葉なら到底許されない我が儘になるようなことだったのだから。

「あのね、わたしちょっと帰ってくる」

いろ葉は唐突な空虚を胸に抱いた。いろ葉の周りをかき回すだけかき回して、いったいワカバは何を言っているのだろう。

 

 そんなに簡単に帰ることの出来る場所なら、心配して損したとさえ、いろ葉は思った。いろ葉はワカバの言葉を耳に流し、飛び出そうとする言葉を理性と呼ばれるもので押し込み、呑み込む。そんなこと言ってワカバと喧嘩する必要もないのだ。

 いろ葉は昨日のことを思い出しながら冷静を装い考えた。


 そう、だってワカバはここの人間じゃない。だって、ワカバにはいろ葉よりも大切な友達が他にいる。

 いろ葉は自分がワカバに何かを求めるなんて、馬鹿みたいだと思えた。

 だから、冷静を装い、いつも通りワカバに諭した。


「学校は?」

「お休みする」

「そんなに簡単に休めるものじゃないよ?」


 そう、ワカバは知らないから。


 学校を休むには親に連絡を入れてもらって、それ相応の理由を告げてからじゃないと休めない。それ相応じゃないと、噂になってしまう。悪目立ちする。

 無断で休んでしまえば、空木春陽と同じになる。

 何よりも学校から電話でも掛かってきてしまったら、私のお母さんとお父さんが心配するのよ。

 いろ葉は心の中でずっと姿の見えないままのワカバに語りかけていた。


「そうなの?」

いろ葉はその心の声をワカバが聞いているかどうか分からないまま部屋の扉を開ける。ワカバと目が合った。ワカバの瞳はくすみを知らない新緑色。

 いろ葉はその瞳を真っ直ぐに見つめられず、僅かに視線を逸らした。


 ワカバの出で立ちは制服ではなく、最初に会った時のグレーのマントで、学校へ行くようになって編み込んでいた茶色の髪は解かれ、背中に流されていた。

 その格好をしているとワカバはすっかり魔女のように見える。よく似合っているのだ。着慣れていて、ワカバにしっくりくる出で立ち。制服よりもずっと見栄えがする。だから、いろ葉はやっぱりワカバは魔女なのだろうな、という風に感じた。

 ワカバはこの世界の人間ではなく、魔女なのだ。この世界には関係のない、魔女。


 じゃあ、私もワカバとは友達じゃない。

 ワカバとはちゃんと距離を持って接さなければならない相手なのだ。


「じゃあ、私が先生に言っておいてあげる。熱が出て休みだって」

ワカバが小首を傾げながら、それでも「ありがとう」と言葉を紡いだ。

 ワカバはどこまで私の言葉を聞いていたのだろう……。

 いろ葉の中に僅かな後悔と寂しさが零れはじめる。


 一人で玄関を出て、改札をくぐり、電車に乗る。それから、一人で校門までの坂道を上る。

青葉広がる桜の木々は坂道に木漏れ日を作りながら、いろ葉にも影を作る。いつもなら……そう考えて、いつも通りの朝だった、といろ葉は考え直した。

 これはいつも通りなのだ。

 ワカバがいないことなんていろ葉の生活になんの支障もきたさないのだから。


 これはいつも通りに戻っただけなのだから。




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