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Ephemeral note~夢を見る世界  作者: 瑞月風花
学校編

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27/50

不器用な魔女(空木春陽について再)……1


 空木春陽(うつぎはるひ)は生徒会会長候補生として雲上学園に入学した。候補に挙がるということは、成績トップの外部入学生なのだ。彼は文武両道を極める選ばれた人間だった。それが、二年生に上がった頃から素行問題が噂されるようになり、みるみる成績が落ち込んだ。

 今や学校外の不良たちをまとめているだとか。無免許運転をしているだとかそういう不良になってしまっているだとか。ただ、いろ葉自身にとってそれは受け入れられない事実ではなかった。

 隣に座っていた優等生は、いろ葉をパシリのように使う節があったからだ。彼の瞳の奥、その中に黒い影のようなものがチラリと揺らいで見えていた。そして、彼の成績はどんどんといろ葉に近づき、試験ごとにある席替えでいろ葉の隣の席に落ち着くようになってしまった。それでも、いろ葉よりもずいぶん優秀な場所だ。


 窮屈な世界。自由にならない世界。本当の自分はこんなんじゃないのに、誰も受け入れない。ほら、だからさ。見てみろよ。優等生をしていれば、誰もが俺のことを崇めただろ? 

 つまらない世界だよな。

 成績が落ちた瞬間、こうだよ。


 心が読めるわけではない。ただ、そんな風に彼の言葉が聞こえてくることがあった。

 そして、その席に当たり前のように座っているワカバも、全成績満点の入学だったらしい。そして、空木春陽よりもずっと恐ろしい力を持っている。空木春陽には対抗できる人間がいるかもしれないが、ワカバに対抗出来うる人間はいない。


 それなのに、彼と違い、彼女は楽しそうだ。まるまるの彼女で生きているからだろうか? それとも、絶対的な自信があるからだろうか。

 毎日ワカバがにこにこ笑いながら、友達と話をしている。いろ葉にはどうしても混じることが出来ない。息苦しくなった。いろ葉は『いろ葉』を受け入れてくれる場所に行きたいと思った。木漏れ日と小鳥のさえずりしかない場所。遠くに聞こえる人の声が響いてくる場所。そのまま空気の中に溶け込めそうな。中庭に座るいろ葉は、夏の暑さがまだ広がる中庭で、空気に溶け込む練習をしていた。熱気に溶ける氷。大地に染みこむ雨水。溶けていくアイスクリーム。腐っていく果物。フライパンの上の脂身。細胞がほどけて一つ一つが広がっていくような。溶け込むために必要なイメージは決してきれいなものばかりではない。


 いろ葉は決して綺麗ではないのだ。


そう、綺麗ではない。腐っているんだ……。どうしてワカバを喜んであげられないのだろう。


「いろ葉、見つけた。こんなところにいたんだ」

そして、そのイメージを払拭するために存在するようなワカバの声に、いろ葉の意識はここへと戻ってきた。

「うん。ワカバ、忙しそうだったから」

 転入生というだけでも珍しいのに、外国からの留学生で成績優秀のワカバは注目の的だった。最初は心配して隣の席にしがみついていたいろ葉だったが、どうしても居心地が悪くなったのだ。だから、いろ葉は自分の居心地の良い場所へ来ただけ。多分、それだけ。いろ葉はワカバといる時にはそう思うように努力する。努力はするが、目を合わせられない。


「ここ、少しときわの森に似てる」


「気に入った?」


ワカバの穏やかな微笑みは、さっきには見られなかった一つ。きっと、ワカバも気を遣いながら生きているんだろうなぁ、とは想像できる。


 でも、穏やかな日だまりに包まれる中庭にぴったりの微笑み。さっきまで一人で見つめていた木々の木漏れ日までもが、ワカバに降り注ぎ始めた気がした。なんだかいやな気持ちになった。私の場所をとらないでよ、というような。あなたは私と違ってすぐになんでも手に入れられるんだから。

 視線を合わせるのが怖くてしばらく正面だけを見て、ワカバと目を合わせる気にはなれなかった。

 そんないろ葉のことなんて気にしないワカバが、大きな木の下にある木のベンチに隣り合って座った。ワカバはそのままいろ葉をじっと見つめているようだ。あぁ、鱗の話、してなかった。

「あれ、眼鏡を薄くして目の中に入れてるんだってね。なんか、この世界って本当に不思議」

微妙に間違っているが、不正解でもない答え。いろ葉は敢えて何も訂正しなかった。大きくまとめれば、きっとコンタクトレンズも眼鏡の一つ。それよりも、いろ葉は自分の学園生活を心配すべきだった。


 だって、ワカバは……。


「魔女だなんて言ってない?」

「うん」

「変な質問、それ以外にしてない?」

「たぶん」

多分……かぁ。

「いろ葉ってすごいね」

何がすごいのか。いや、ワカバは何でもすごいって言うから。そう、例えば、電車に乗っているだけですごいねと言うような……。そんなことで「すごい」と言われても、みんな同じようにすごいだけで、私がすごいわけではないのに。


 いろ葉の眺めた先にはやっぱりぼんやりと空を眺めるワカバがいる。そんなワカバはやっぱり珍しい。だけど、普段から掴みどころのないワカバを見て、気になっていたとしても、今のいろ葉は何も話し出せなかった。

「あんなにもたくさんの友達がいろ葉のことをいっぱい知ってる。あ、それから、いろ葉は彼と仲良しだったの?」

いろ葉の周りで、『彼』と呼称されるべき人物は一人しかいない。

「空木くん?」

ワカバは答えなかった。しかし、いろ葉はそのまま言葉を続けていた。何がそうさせるのか、ワカバだからだろうか。それとも、否定しておきたい事項だからだろうか。

「仲良しなんかじゃないよ」

それがいじめられているに部類するのかも今じゃよく分からない。

「いやだって言えばよかったのに。それを許容できない相手ではなかったはず」

そんなことない。言葉を返そうとした時、ワカバがまっすぐにいろ葉を見つめた。

「あのね、いろ葉、この世界はあなたのためにあるんだよ」

「……」

いろ葉は黙っていようと思っていた。しかし、ワカバを見上げるその瞳には怒りがあった。しかし、その怒りすら、ワカバには届かない。


 ――どうしたらいいのよっ。


これは、自分勝手な怒りだと思いながらも止められなかった。

「そんなわけないっ。私のためにあるはずなんて。この世界は、私を苦しめるためにあるんだから」

飛び出した言葉が止まらない。いろ葉は喉を突いて出てくる言葉を止める術も知らない。吐き出したい。そう、伝えたい。分かって欲しい。本当はそんな気持ちだったはずだ。それなのに、いろ葉は、ワカバを傷つけた。

「ワカバだって、あなただって、私のこと哀れんでるだけなんでしょ? そうして、悦に入ってるだけなんでしょう?」

言ってしまって言葉のナイフが自分に刺さっていることに気がついた。


 心の奥底にぐっさりと。冷たい刃が刺さって抜けない。


 ワカバの顔を真っ直ぐに見ることが出来なくなった。全てが違うことを知っているから。ただ、ワカバの言葉を認めたくないだけだと、知っていたから。

「……」

ワカバもいろ葉も無言だった。普段なら耳に届く葉擦れの音すらちゃんと耳に入ってこない。いろ葉の心臓がざわざわし過ぎて五月蠅い。五月蠅いのだ。静かにしてよ。握った拳がいろ葉の胸元で硬く結ばれる。

しかし、追いかけてきて欲しくて、手を繋いでいて欲しくて、それなのに、そのすべてを振り払ってしまいたい自分をどうすることも出来なかった。


「もう、時輪の森でもどこでも」


 ワカバを傷つけたいわけではないのに。ワカバが悦に入っているなんてことないのに。ただ、……羨ましかっただけなのに。きっと、また一人になることが、怖かっただけなのに。


「帰ってよ」


 いろ葉は無言で一人、教室へと走り出していた。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] 前話の果穂といい今回のいろ葉といい、どこか自分に自信が持てない十代の少女の葛藤がよく描けていて感嘆させられます。 何事も経験だと断じてしまえばそれまでですが、私自身も他人と自分を比較すること…
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