長い休みも短い休みも、全部あなたのもの……1
ワカバは毎朝オレンジジュースを飲んで感動する。しかし、いろ葉はそれには全く感動を覚えず、当たり前のようにしてその甘いジュースを飲んでいる。いや、それ以上に「太る」という贅沢な理由から、その用意されたジュースを飲まないことさえもあるのだ。
そのいろ葉の行動はワカバには理解しがたい事項だった。
ちなみに、ワカバは太らない。太らないというよりも、太れない。体質と言えばそうだし、違うと言えば違う。魔女であるワカバには時間が通っておらず、時は数えるが、時は重ねないのだ。究極の真実として語るのならば、食べ物を必要としない体質でもある。
では、食べた食べ物はどこへ行くのか。謎の深い疑問である。きっと誰も分かっていないし、ワカバ自身も分からないのだろう。
まぁ、人間が食べ物を生きるためのエネルギーに変えるのだから、ワカバの場合、トーラを紡ぐエネルギーにでもなっているのだろう。そんな風には推察される。
それはさておき、ワカバは相変わらず図書館に通い詰めだった。既にここにある図書の半分は読み終えている。最近では司書のまだ若い類いだろうおばさんとも顔見知りになり、挨拶くらいするようになってきている。
「こんにちは」
ワカバがお辞儀をすると、真顔から急に笑顔に変わるのがここの司書の真鍋さんだ。
「こんにちは」
そして、今日こそは教えてあげようと、真鍋さんはワカバに声をかけ返す。
「ずいぶんと本が好きなのね。あのね、ここで読んでしまわなくても、貸し出しカードを作れば、お家に持って帰ることが出来ますよ」
毎日熱心に通ってくる新顔の学生さん。まさかカードの存在を知らないわけではないだろうと思って、今日まで声をかけずにいた。しかし、カウンターに用もないのに毎日挨拶をしに来てくれるいい子に、教えてあげない理由もないとやっと声をかけたのだ。
知っていますと言われても別に構わない、と覚悟を決められたとも言える。そんな時は余計なお節介だったと思えばいいだけだし、それはそうだ、と納得させればいいだけなのだ。それなのに、ワカバは目を丸くして司書に返事をした。
「持って帰ってもいいの?」
「えぇ。住所と名前を書いてくれるだけでカードを発行しますよ」
「住所と名前? ……えっと、わたし、ホームステイで仮のお宿なんです。それでもいいの?」
そう言われれば、確かにわずかに日本人らしからぬ風体である。栗色の髪に緑の瞳。そのつややかな髪質と違和感のない瞳の色からすれば、それらが彼女にとって生まれつきのものであることが分かる。
「あぁ、それじゃあ、留学生ってことよね。なら、大丈夫よ。学校名と住所と名前で」
「学校……あぁ、いろ葉の行っている場所ね」
ということは、ワカバも学校に行けばいいのだろう。しかし、ワカバはいろ葉に学校へ行くことを禁じられている。学生でもないワカバが勝手に来ちゃだめ、なのらしい。ワカバはそんなことを思いながら真鍋さんを見つめ直した。
「学校に行くにはどうすればいいの?」
真鍋さんはまた再び考えた。もしかしたら日本のことが得意ではないのかもしれない。だから、時々頓珍漢なことを聞き返してくるのかもしれない。そして、世界各国様々な風習があり、学校への入学方法も異なることもあるのだろう。
「日本の高校生は入学試験を受けて学校に入学するのよ。だけど、そのいろ葉ちゃんと一緒に来てくれたなら、その子のカードで本は借りられるようになるわよ」
他人名義で借りることをお勧めすることは違反行為である。しかし、毎日来てくれているこの本好きの旅行者さんに、日本の本をたくさん読んで欲しい気持ちが勝ってしまった結果だった。
「ありがとうございます」
ワカバは嬉しそうに笑ってお辞儀をした。
だから、真鍋さんはその行為に対して全く後悔しなかった。
ワカバは地図のある棚を回り、その後歴史のコーナー、そして写真がたくさん載ってある本と絵本コーナーを回ることがお気に入りだった。それでも、時間が余れば、物語を読む。物語を読めばここで生きる人たちの心の動き方や生活が少し分かる。
この日本という国では古語というものもあり、現代語というものもある。漢字に仮名、カタカナ。アルファベットまで日本語みたいに本に記載されている。
いろ葉は大変な国で過ごしているのだな、とワカバはいつも本を読みながら感心していた。
少なくともワカバの知る大国リディアスは一カ国語で古語と現代語くらい。文字で言えば、一つに統一されていた。同じくときわの森があるワインスレーと呼ばれる地方でさえ、それぞれの土地で使われている言葉はたくさん別れていたが、一カ国語として考えていけば、こんなにも多彩ではなかった。
そして、本を読みながら地図で場所を押さえていく。
しかし、ワカバの本当のお気に入りは写真集を見ながら地図を押さえることだった。頭が疲れてくるとその写真と呼ばれる精巧な絵を見て「すごーい」とつぶやき、写真の隅っこや見出しにある場所を日本地図や世界地図で確認していく。場所さえしっかり把握してしまえばいつでも行ける。そう思いながらページをめくる。
蒼い海の底があった。
あぶくが光を受けて空へと向かう。あぶくよりも上にあるのは魚の影。沈んでいく感覚。手を伸ばしたい感覚。視界に移る岩肌がどんどん遠くなっていく。
キラの瞳と同じ色。
ワカバは大きなため息をついた。この世界にキラはいない。知っていることなのに、どうしてため息が出てしまうのだろう。ここにいる限り、ここである限り、キラには会えない。
いや、そもそも、キラにはどこの世界であってももう会うことはない。
ワカバは唇をかみしめた。
そろそろ、来る頃だろう。ワカバはそれを待ち構えた。
空木春陽。
ここで彼は勉強を始める。ワカバと同じようにしてたくさんの本を抱えながら。そして、あの時と変わらない妖魔を背中にくっつけたまま、そのまま17時まで動かない。
今のところは大丈夫。ワカバはそう思って16時まで『お勉強』をする。
いや、今日は3時半にはここを出て、いろ葉のお母さんと一緒にオムライスを作るんだった……。ワカバは頬杖をついて考えて、あ、とご飯の作り方が書かれてある写真いっぱいの本を探しに席を立った。




