第四十二話 無限ループからの脱出RTA
土曜日の午後、駅ビルの地下に戻った瞬間から、即座に行動を開始する。マジで時間がない。
手にしている防犯ブザーを使わずに、地下街の壁に設置してある消火器を持ってくる。この際、指紋が残らないように手袋をしておくこと。まだ寒い時期で本当によかった。
黄色の安全ピンを抜き、ホースの先を不良に向ける。目でエイゴに合図し、彼が走り出したと同時に上下のレバーを力いっぱい握る。真っ白な消火薬剤が地下街の狭い通りを埋めていく。
「うおっ、なんだゲホッ!」
「ゴホッゴホッ」
不良が咳き込みはじめるくらいで消火器を元の場所へ戻す。私の周りも真っ白だ。これで、ヤンデレ義姉の目もごまかせる。
薬剤の煙を突っ切って、エイゴがこちらにやって来た。すれ違いざまに彼の手を握る。ビリッと首筋が痺れ、一瞬だけ左目の視界が赤くなった。目尻から”血液”が流れ出た直後、至近距離で破裂。頬に”血液”が叩きつけられる。こうすると、だいたい20分後くらいに一人称『僕』おじさんが駅ビルの地下街へやって来る。
この方法だとヤンデレ義姉にも何かあったことが伝わってしまうのが難点だ。が、これ以外に方法はなかった。おじさんは携帯電話を持っていないので。
紙袋の底から厚紙を引っ張り出し、化粧ポーチからアイライナーを取り出す。駅の裏手にある再開発地区へ来てほしいと書いて、頬に残る”血液”を塗りつけた。風で飛ばないように消火器の下に挟む。これでよし。
ここは地下街なので、”血液”が消えることはない。おじさんは確実にメモを読んでくれる。日にさらされて”血液”が消えちゃうと、さすがに追跡できないと、いつかのループでご本人が言っていた。
ちなみに、エイゴは私の手を握った後、そのまま走り去っている。ヤンデレ義姉の目を引き付けつつ、準備の時間を稼いで再開発地区へ誘導する手はずだ。
さて、私もやることをやらねば。
未だにむせている不良に気づかれないよう、その場から移動する。早歩きでまっすぐ再開発地区へ向かいつつ、スマホでお孫さん師範代に電話。ちょうど今日、繁華街の見回りをしているのだ。
ヤンデレ義姉は目にハイライトがないけど、どえらい美人だ。そんな美人が繁華街をうろつけば、ひっきりなしに声をかけられる。なお、ヤンデレ義姉に声をかけた相手は、運が悪ければ――まあ、うん。なので、師範代にそこら辺を見張ってもらう必要がある。
こんなことで人死にを出すなんて、もうごめんだ。
「もしもし、師範代ですか? 実は、助けてほしいことがあるんです――」
お孫さん師範代には、『ヤンデレ義姉の特徴』と『ヤバい相手で人殺しも辞さないこと』『とても強い異能力者であること』『こちらで対応できる相手を呼ぶこと』を丁寧に伝える。細かい事情を除けば、すべてぶっちゃけている。
「師範代自身も含めて、ぜったいに誰も接触しないようにしてほしいんです」
『――分かった。無理はするなよ』
「はい! ありがとうございます!!」
どれだけ突拍子もないことを言っても、師範代はしっかり受け止めて対応してくれる。さすが、夏休みにいろいろあった人は肝の座り方が違う。何があったかは未だに知らないけれど。
ちょっと息が上がりつつあるが、足も手も止めない。次に、TS”ヒロイン”ちゃんに電話をかける。TS”ヒロイン”ちゃんを通して、彼女の友だちである天使と悪魔へお願いし、周辺への被害を抑える手伝いをしてもらう。
何回目かのループで判明したんだけども、親友”主人公”くんにぶら下がってた”ヒロイン”ちゃん二人、異世界から地球にやってきた天使と悪魔なんだそうな。性転換しちゃったのも、彼女たちの起こした事故が原因だったらしい。
スピーカーモードにしてもらい、天使”ヒロイン”ちゃんと悪魔”ヒロイン”ちゃんに駅の裏手にある再開発地区へ協力して結界を張ってほしいと頼み込む。事情に関しては、ぜんぶ終わってから説明するでゴリ押しだ。
当たり前だけど、ものすごく警戒される。言ってないはずなのに二人の正体を知っているんだもんな。そらそうだ。
ただ、周囲の魔力(※1)を探ってほしいと伝えると、おどろおどろしい魔力が駅ビルの敷地内にあることと、禍々しい魔力を纏った何かが高速で近づいていることが判明する。
うん、ヤンデレ義姉と一人称『僕』おじさんだね。
その二つが十数分後に駅ビル裏手の再開発地区で衝突するから、結界を張ってほしいのだと改めてお願いする。いちばん初めの時、駅ビルが爆発したのは二人が衝突した余波のせいだ。
結界を張る必要性は充分に伝わった。ただ、天使”ヒロイン”ちゃんと悪魔”ヒロイン”ちゃんの二人はものすごく仲が悪いので、協力して結界を張ることを渋る。
でも、片方だけじゃ強度が足りない。天使と悪魔、相反する二人が協力して、ようやく怪獣大決戦の余波から駅ビルを守れる。それは、今までのループで分かっている。
『僕からもお願い。きっと、よっぽどのことなんだと思うんだ』
TS”ヒロイン”ちゃんがそう言うと、親友”主人公”くんも『手伝ってやれよ』と後押ししてくれた。よし、この二人が動いてくれたなら――
『しょうがねぇなぁ……』
『致し方ありませんわね……』
天使”ヒロイン”ちゃんと悪魔”ヒロイン”ちゃんは、渋々といった感じで承諾してくれる。
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
結界を張るタイミングでまた電話すると伝え、通話を切る。
――これで時間稼ぎの準備は整った。
スマホをしまうと、全力で駆けだす。私がいちばん初めに再開発地区へ着いてないと、あとあと面倒なのだ。
◆
まだ冬だというのに、汗だくになって息を切らしている。ようやく、駅の裏手にある再開発地区へ到着した。人目を避けながら防音シートを潜り抜け、こそこそと侵入する。
ここは、貨物駅の移転やらなんやかんやで広大な更地になっている。重機や機材やプレハブ小屋なんかがあるけれど、この時間ならば誰もいないことは確認済みだ。結界を張った時に巻き込まれて閉じ込められる人は出ない。
プレハブ小屋か……いや、うん、そうな。そうなるな。
頭によぎったあれこれを首を振って遠ざける。それは後で考えればいいことだ。
そうこうしているうちに、目の前に真っ黒い影が降ってきた。軽い音とともに地面へ着地する。
「お、いたいた」
一人称『僕』おじさんは、ひらひらと手を振りながら私の方へ近づいてきた。ちらりと腕時計を確認する。よし、時間はある。
「”血液”が相討ちになったみたいだけど、何があったんだい?」
「実は――」
なるべく早く再開発地区へ到着したかった理由はこれ。おじさんに事情説明をする時間を確保するためだ。特に、結界のことをちゃんと伝えておかないと、おじさんはウッカリ破いてしまう。
そう、一人称『僕』おじさん、ちょっと規格外なくらい強いんだよね。
今までは勝敗が決するよりも前に土曜日ループを発動していたから、どっちが勝ったのかは分かっていない。けど、おじさんはヤンデレ義姉に勝てる。そう確信できるくらい強い。ただ、余波で駅ビルが爆発するけども。
「なるほど”時間をループさせる能力”ねぇ……」
おじさんは、ポリポリと顎をかく。
「一人殺したら犯罪者、数千人殺したら英雄って言うけどさ。同じ人間を何千回何万回と殺したら、どうなるんだろうなぁ」
何回も聞いたつぶやき。初めは答えが分からなかったけれど、今なら分かる。
「――心が壊れます」
ヤンデレ義姉は、壊れている。一週間ループで叶えたかった願いは歪み果てて、エイゴを殺し続けることが目的になっている。
だからこそ、ヤンデレ義姉が一週間ループに設定した目的を探るのが大変だった。
遠くに、エイゴの姿が見えた。姿は見えないが、ヤンデレ義姉も必ずいる。まずは、お孫さん師範代に電話、再開発地区で激しい戦闘が起きるので離れてほしいと伝える。次に、TS”ヒロイン”ちゃんに電話。しばらくすると、白と黒の美しい織目が、再開発地区を包み込む。
大きく伸びをしながら、一人称『僕』おじさんが振り返った。
「それで、合図があるまでこの結界の中で戦ってればいいんだな?」
「はい、よろしくお願いします」
今までは、戦闘の前にヤンデレ義姉から手を変え品を変え話を聞きだしたりしていたけれど、それはもう必要ない。聞くべきことは、すべて聞いた。
「よーし、任された。ちょうど運動したかったんだよねぇ」
うーん、頼もしいことこのうえない。
◆
私とエイゴは、とある目的のために、敷地内のプレハブ小屋へ移動した。薄い壁の向こうから、激しい戦闘音が聞こえ、小屋全体がぐらぐらと揺れている。天井から、パラリとホコリが落ちてきた。
さて、何度も何度も繰り返すけれども、ここは男性向けエロゲみたいなことが起きる世界だ。
あー、えー、何が言いたいかと言うとですね、ヤンデレ義姉が一週間ループに設定した目的が『エイゴが両想いの相手とセックスすること』だったんだよねぇええええ!!!! バッッッカじゃないの!?!?
なぜ、『エイゴと自分が両想いになること』が目的じゃないかというと、ヤンデレ義姉やエイゴの”時間をループさせる能力”は設定する目的に自分を含めることができないからだ。それをすると、自分でループを観測できなくなって危ないんだという。
これは、何回目かのループでエイゴのお義父さんから聞いた。”時間をループさせる能力”って花卉樹家の家系に伝わる能力なんだって。実は、エイゴと彼のお母さんは花卉樹家の遠縁なんだそうな。だから、お義父さんはエイゴのお母さんと再婚したらしい。
もっと細々した話も聞いたけど、まあ、今は関係ない話だ。
――どれだけ記憶を改竄しても、感情を変えることができなかった。
それが、ヤンデレ義姉が発動した一週間ループの結末だ。
部屋の隅に積んであった防音シートの上に、エイゴが脱いだ上着を広げる。ぐらぐらと小屋が揺れている。視界もゆらゆらと揺れて、心臓が破裂しそうなほどドキドキしていた。
――両想いの相手に指定はない。
”ヒロイン”じゃない私が相手でいいのだろうか。一週間ループを起こして月曜日に戻って、ちゃんとした”ヒロイン”を攻略してもらった方がいいんじゃないか。でも、ヤンデレ義姉を抑えつつセックスに持ち込めるのは今しかいない。それに、私じゃない誰かと両想いになったエイゴを見るのは、すごくすごく嫌だ。
ただ、ループが解除できなかったら――両想いじゃなかったらどうしよう。
考えてもどうしようもないことが、ぐるぐると頭をめぐる。
「ほ、んん゛っ」
いま、めっちゃ声が裏返ってたな。エイゴも緊張してるんだなということが分かって、少し肩の力が抜ける。
「本当は、その、ぜんぶが終わったら伝えるつもりだったんだけど――」
エイゴは、一呼吸置くと私の目をしっかりと見据えた。彼の頬が赤くなっている。
「俺はリンネのことが好きだ」
頭が真っ白になる。それまでうだうだと悩んでいたことが吹き飛んで、残った言葉がするりと唇から出ていった。
「――私も、エイゴのことが好き」
◆
え~~その~~、はい。一週間ループは解除されました。
痛くなかったし、なんなら気持ちよかった。さすが男性向けエロゲみたいなことが起きる世界。などと考えながら、いそいそと身だしなみを整える。ふと、戦闘音が止んでいることに気がついた。
慌てて外に出ると、泣き崩れるヤンデレ義姉と頭をかいて途方に暮れている一人称『僕』おじさんがいた。話を聞くと、少し前に「どうして!?」と叫び声をあげた後、呆然と立ち尽くし、最終的にわあわあ泣き出したらしい。
泣き声からこぼれるうわごとを拾い上げる。どうやら、一週間ループが解除されたことを察知し、自らが設定した目的――『エイゴが両想いの相手とセックスすること』を思い出したようだ。
目的が達成されてループが解除されたということは――
「俺は、義姉さんのものじゃない。義姉さんの想いに答えるつもりもない」
エイゴはそうハッキリと言葉にした。
「……どうして? どうして、そんな酷いことを言うんですか?」
「何度も、何度も何度も! 俺の周りの人を傷つけた!! 俺は、義姉さんの行いを許せない」
エイゴの手は、怒りを閉じ込めるように固く握られている。かすかに震えるその拳に、そっと自分の手を添えた。
ヤンデレ義姉は、心の底から不思議そうに首を傾げた。
「なぜ、怒っているんです? ――時間が戻ったら、ぜんぶ元に戻るじゃないですか」
ああ、これは、マジでダメなやつだ。ヤンデレ義姉とエイゴでは、価値観があまりにも違い過ぎる。
ヤンデレ義姉の考え方が間違っているとは言えない。彼女の能力を十全に使いこなすにあたって、割り切った考えは必要だ。ただ、割り切れなくて傷つき続けてきたエイゴとは、相性が恐ろしく悪い。
愕然としているエイゴに、一人称『僕』おじさんが声をかけた。
「それで、どうする? 自分で殺る? 僕が殺る?」
わあ、殺すしか選択肢がない!
「――さすがに殺人を見過ごすことはできない」
待ったをかけたのは、お孫さん師範代だった。様子を見に来てくれたんだろうか。
師範代は、懐から手帳を取り出し、中を開いて見せながら「警察だ」と名乗った。けい、さつ……警察!? えっ、お孫さん師範代、教師、うえええっ、警察の方が本職!?!?
――ヤンデレ義姉は器物損壊の現行犯として逮捕された(※2)。
ただ、すべてが元に戻った今、彼女が起こした数々の犯罪は無限ループの彼方。ヤンデレ義姉がそれ以上の罪に問われることはなかった。
けれど、たがが外れたヤバい異能力者であることは証明されたらしい。
異能力を制限する処置を施された後、危険な異能力者を指導する学園へ転校していった。その学園、孤島の監獄みたいなところなんだって。
うん、どう考えてもエロゲの舞台だね。
きっと、その学園でも男性向けエロゲみたいなことが起きると思うので、素敵な”主人公”を捕まえてマトモになってください。お互いの今後のためにも。
『エピローグ エロゲの世界はヒロインに厳しい』に続く
※1 天使と悪魔の異世界では、生のエネルギーが『神力』、死のエネルギーが『魔力』と呼ばれている。
※2 一人称『僕』おじさんはいつの間にかいなくなっていたので、彼が壊した分もヤンデレ義姉が壊したことになった。




