『選択肢:もう何回目になるだろう』
”ヒロイン”編は『選択肢』で『もう何回目になるだろう』を選んだあと、三十八話から分岐するお話です。”女主人公”編とは違う世界――並行世界のようなものだと思ってください。この作品にトゥルーエンドはないです。読んだ人がお好きなエンディングをお選びください。
バスに揺られながら、文庫本のページをめくる。文字の海を漂っていると、じわりと紙面に血がにじみ、赤く染まっていった。いつもの幻覚だ。諦めて本を閉じる。今日はもう読み進めることができないだろう。
車窓から外をぼんやりと眺める。この流れて行く景色を見るのも何回目になるのだろうか。
学園から下りたところで、得るものは何もない。分かっている。なのに、アカヤから外出許可証をもらった時は街へ向かってしまう。もらったものは使わないとという貧乏性……いや、素直に言えば、心のどこかで期待しているのかもしれない。馬鹿な考えに思わず自嘲してしまう。
――どうやってもこのループから抜け出すことができない。
意図的にループさせられている節があり、ループを起こしている”誰か”がいるだろうことは察していた。月曜日に戻る時、その”誰か”に殺されているのだろうことも分かった。
俺は、”誰か”の正体を知るために奔走し、足掻き続けた。
しかし、足掻けば足掻くほど、状況は悪くなる一方だった。いつからか、俺の周りの人たちが殺されるようになったのだ。サークルのみんなが、アカヤが、両親が、無関係な人々が、むごたらしく殺された。”誰か”の正体にあと一歩のところまで迫った時は、義姉さんの自殺を見せつけられた。
俺が足掻くことで、周りの人が傷つく。このループを起こしている”誰か”からの脅迫は、あまりにも効果覿面だった。
――俺は身動きが取れなくなってしまった。
だから、受け入れることにした。ここは地獄で、自分は罪を犯し、罰を受けているのだと納得した。
地獄に落ちた亡者は、刑期を終えるまで何度も何度も呵責を与えられるという。焼かれ煮られ磨り潰されても肉体が再生し、刑罰を受け続ける。俺にとってはこのループこそが地獄の呵責なのだろう。
ただ、本物の地獄よりはきっとマシだ。俺には本がある。読書という楽しみがある。ページ番号さえ覚えていれば、どれだけループを繰り返しても続きが読めた。学園の本を読みつくしたとしても、電子書籍を購入すればいい。
本を読みながら静かに一週間を過ごし、たまに街へ下りる。そして、週の終わりに殺されるのを待つ。
――もうずっと、そんな日々を繰り返していた。
街へ下りても、何かをすることはない。ぶらぶらと時間をつぶすだけだ。ただ、ずいぶん久しぶりに外出許可証をもらったので、ウッカリと制服のままで来てしまった。
「山の上のお坊ちゃんがよぉ! こんなところに何のようだぁ? ギャハハ!!」
そろそろ日が暮れ始めるころ。俺は、ひと気のない地下街の細い通りで不良に囲まれていた。制服で街に下りた時は、ほぼ確実に絡まれる。私服で来れば避けられた事態なのだが、忘れていた。
不良たちにバレないよう周囲に目を配る。少し離れたところに彼女がいた。どこか疲れた目をした素朴な雰囲気の可愛い女の子。彼女に迷惑をかけてしまうのは、いつ以来だろう。自分のうかつさに舌打ちをしたくなる。
「なんだよその顔は!」
ここはどんな顔をしていたとしても腹を殴られる。ひ弱な俺の肉体は、殴打の勢いに負けて床に倒れてしまう。精神がおかしくなっているのか、痛みはあまり感じない。
いつかと同じように、けたたましい防犯ブザーの音が聞こえた(※1)。
◆
彼女の機転に助けてもらい、駅ビルにある憩いの広場へ移動することができた。不良たちは、地下街で警察官と追いかけっこをしていることだろう。
自分の上着が入った紙袋を受け取る。感じが悪く見えるのを承知で、会釈だけした。ここに来るまで、ひと言も言葉を交わしていない。必要以上の会話は、彼女を危険にさらしてしまう。
あとは彼女が立ち去るのを見送るだけ、なのだが――
彼女はまじまじと俺を見ながら、首を傾げた。
「……前にも、こうやって紙袋を渡したこと、ありませんでしたっけ?」
※1 助けてもらう方法は『選択肢:初めてのことだ』とほとんど同じ。防犯ブザーを二つ隣の通りで鳴らして不良の気を引く。ブザーで通りから出てきた不良を警察に発見してもらう。少し時間をおいて、二人で連れ立って地下街から脱出。