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『選択肢:初めての出来事だ』

 学園のある山の上から、街に下りてきたのはいつぶりだろう。たしか、夏休みにメイドサークルのみんなで出かけて以来のはずだ。実際の日にちだと半年ぶり、なのか。ループしているので、体感だともっと前のことに感じる。


 駅前のバスターミナルで降車する。立ち並ぶ背の高いビル。行き交う大勢の人。閉鎖的で物静かな山の上の学園と違い、なんとも開放的で賑やかだ。今までのループとまったく違う景色に、自然と心が躍る。


 今日やることをリストにした紙を取り出す。占い師、厄除け神社、都市伝説、ネット怪談。でたらめなラインナップだが、もう藁にも縋る思いだ。


 何回も一週間をループし続けているが、何の手がかりも見つかっていない。何がきっかけでループしているのかも、実はよく分かっていない。ただ、何かしらのルール――いや、()()()()()()()があることには、気づいていた。


 一週間と経たずに月曜日に戻されるなど、意図的にループさせられたような覚えがあるからだ。


 学園から移動したことで、その”誰か”を引きずりだすことができないか。そんな期待もあった。


「よし、行くか」


 タイムリミットは日暮れまで。一分一秒たりとも無駄にはできない。



 ◆



 とくに何もなく時間だけが過ぎていった。日暮れは、もう目の前だ。


 俺は、駅前のバスターミナルに行く()()をしながら、駅ビルの地下街を歩いていた。焦る気持ちをなだめつつ、少しずつ人のいない方へ移動する。


 ――後をつけられている。


 昼過ぎくらいから、見知らぬ男たちに尾行されていた。人数は三人。彼らは、このループについて何か知っているのだろうか。聞き出さなくては――


「山の上のお坊ちゃんがよぉ! こんなところに何のようだぁ? ギャハハ!!」


 と、意気込んでいた。数秒前までは。


 ひと気のない地下街の細い通りで、ようやく接触してきたかと思ったらコレだ。言動から察するに俺の制服を見て恐喝しようと決めたヤンキーの集団らしい。


 深々とため息をつく。なんとも衝動的な犯行だが、退路の断ち方が上手く、逃げることが難しい。集団で一人を囲むことには慣れているようだ。俺みたいな学生をカモにしているのだろう。


 ループする度に色々あったので、こんな半端なヤツらにスゴまれても怖くない。しかし、そんな俺の態度がしゃくに障ったらしい。


「なんだよその顔は!」


 思いっきり腹を殴られてしまった。勢いに負けて床に倒れる。ループによって精神は鍛えられているが、肉体はまったく鍛えられていない。男たちの下卑た笑いが上から降ってくる。


 にしても、制服で目を付けられるなんて。そこまでは気が回っていなかった。着る服を考える手間を惜しんで制服を着てきたが、失敗だったな。次のループでは、そこにも気を配らないと。


 ――次?


 自分の思考に呆れてしまう。いつからか、ループする前提でものを考えるようになっていた。


 ――いやだ。


「俺はもう、ループなんかしたくない……!」


 突然、けたたましいブザー音が辺りに響く。男たちは驚いて辺りを見回す。曲がり角の向こうでブザーが鳴っているのが分かった。この騒音だ。すぐに人が集まってくるだろう。


 リーダー格の男が苛立たしげに舌打ちをして、音の発信源を見てくるよう指示した。俺の前にいた男が、曲がり角へ向かう。しばらくすると何かを踏み砕く音がして、ようやくブザー音が止んだ。


「そこの君! いったい何をしている!!」


「やべぇ! サツだ!!」


 そう叫ぶ男の声と走り去る足音。遠くから「止まりなさい!」という掛け声と複数人の足音が近づいてくる。残りの二人は顔を見合わせると、俺を置いて我先に逃げ出した。


 俺もさっさと逃げないと。何も言わずに外出してきているから、警察から家や学園へ連絡が入ると困る。立ち上がろうと地面に手をつくが、体に力が入らない。思ったよりダメージが大きかったらしい。


 コツと誰かが通りに足を踏み入れた。思わず身を固くする。


「あ、立たないで。そのまま端に寄ってください」


 そう声をかけられ、看板の陰に押し込まれる。うずくまる俺の隣に、声をかけてきた女の子も座り込んだ。バタバタと足音が通り過ぎていく。


「二つ隣の通りが事件現場だって通報してあるので、少しの間は大丈夫です」


 まじまじと女の子の顔を見る。素朴な雰囲気の可愛い女の子だ。学園では男女ともにキラキラした顔立ちに囲まれているので、とても親しみやすさを感じる。ただ、どこか疲れた目をしているのが気になった。


「君は……」


「おっ、話せるくらい回復しました? なら、ここを離れましょう」


 たしかに、こんなところで話すこともないか。女の子の言葉に頷いて、よろよろと立ち上がる。彼女は俺の上着を手早く脱がせると、持っていた大きな紙袋に突っ込んだ。セーターだけだと少し冷えるが仕方ない。


「被害者は一人だって言ってあるので、二人で並んで出て行ったらごまかせると思います」


 女の子の言う通り、とくに引きとめられることもなく地下街を抜けることが出来た。駅ビルにある憩いの広場へ移動する。ベンチに腰を下ろし、ようやく一息つくことができた。


 胸元にぐいっと紙袋を押し付けられる。


「じゃあ、お気をつけて」


「まっ、待ってくれ!」


 そのまま立ち去ろうとする女の子の手をつかむ。


「君はいったい何者なんだ! このループする一週間と関係があるのか!?」

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