第三十六話 ドキドキ♡逆ナン大作戦
土曜日、11時に駅前へ着くと、思わず見とれてしまうほどの美少女がいた。クリーム色のポンチョコートにチェックのスカートがとても似合っている。
辺りをキョロキョロ見まわし、私を見つけると手を振りながら笑顔で駆け寄ってきた。もちろんTS”ヒロイン”ちゃんだ。ヘアスタイルもファッションもばっちりキマっている。逆ナンの準備は万全、ということだろう。
「あれ、メイクもしてる?」
「うん! 妹にしてもらった!!」
ほぉ~、妹ちゃん、ナチュラルメイク上手いなぁ。前世の私が同じ年頃のころは……う~ん、日焼け止めはね! つけてた!!
それはさておき。もともと可愛いTS”ヒロイン”ちゃんにナチュラルメイクが合わさり、最強に可愛くなっている。
「えらく気合い入ってんねぇ~」
「そりゃそうだよ!!」
腰に手を当ててエッヘンと胸を張る。私よりも大きな胸がゆっさりと揺れた。でかい。
「そうだ。これ、もらってきたんだ」
TS”ヒロイン”ちゃんは、カバンから紐を取り出した。20~30㎝くらいだろうか。
「ちょっと手を出してくれる?」
素直に手を差し出すと、私の手首にその紐を結わえる。金糸と銀糸が混じった紐に、横向きの8の字――無限マークのパーツがついている。
「これって、ミサンガ?(※1)」
TS”ヒロイン”ちゃんも、同じデザインのミサンガを身に着けていた。
「そう。これを身につけてると、魂?的な何かが高められて、自分に相性の良い人を引き寄せてくれるんだって! 二本もらったから、一本あげるね」
キュッと唇を引き締める。思わず「う、うそくさ……」と言いそうになったのをこらえるためだ。まあ、効果があるかどうかは分からないけど、デザインもかわいいし、くれるんならもらっとこう。
「ありがとう。でも、ものすごく高そうだけど、タダでもらってもいいの?」
「大丈夫。僕も迷惑料としてタダでもらったから」
……それ、騙されてない? ほんとに大丈夫??
◆
TS”ヒロイン”ちゃんの『ドキドキ♡逆ナン大作戦』は、早々に頓挫した。そもそも、逆ナンせずとも、歩いているだけで向こうがバンバン声をかけてきた。
初めは機嫌よく応じていたTS”ヒロイン”ちゃんだったけど、昼を回る頃にはウンザリとした様子で相手をあしらっていた。しまいには、私のと交換したロングコートで服を覆い、サングラスとキャスケット帽で顔を隠すことになった。
ちなみに、私はその様子を透明人間になった気持ちで見ていた。どうやら、ナンパ男くんたちには隣にいる私の存在が見えていないらしかった。まあ、お互いにモブだからね。TS”ヒロイン”ちゃんのオーラに目を焼かれて、彼女しか見えなくなるのもさもありなん。
今は、くたびれたので休憩中。おしゃれなカフェの奥まったテーブル席でのどを潤す。TS”ヒロイン”ちゃんは、水を一気飲みすると、机に突っ伏して長々とため息をついた。
「僕、男に声をかけられても、ぜんっぜんうれしくない……」
う~~ん、すっごく根本的な問題だぁ!
なお、性別が変わってから三ヶ月も経つのに今まで気がつかなかった理由は、繁華街へ出かける時はいつも親友”主人公”くんがいっしょだったからだそうな。めっちゃ気を遣ってもらってますやん。親友”主人公”くん、相変わらずいいヤツだなぁ。
「……性別が女のコに変わったから、男を好きになるようになったんだと思ってたけど、違った……」
「あ~~、あれかぁ『君だから好きになったんだ!』って感じ?」
「それ~~~~!」
TS”ヒロイン”ちゃんはガバッと顔を上げると、眉をへんにゃり下げた。目じりにじわっと涙が浮かぶ。
「いま泣いたら、メイクが崩れて顔がたいへんなことになるからガマンしなね」
「うぐぅ」
かなりの薄化粧だけど、マスカラつけてるしアイライン引いてるから泣くのはヤバい。TS”ヒロイン”ちゃんは、ぎゅううっと眉根を寄せて泣くのをガマンしている。それはそれでファンデが崩れそうだ。
メイクの話は置いといて。つまり、TS”ヒロイン”ちゃんにとって恋愛対象は親友だけってこと? ……なんて前途多難な。TS”ヒロイン”ちゃんに良いことがあるように祈っとこう。
「どうする? もう帰る?」
TS”ヒロイン”ちゃんがだいぶ疲れてそうだったのでそう提案したけど、彼女は「せっかく休日にここまで出てきたのに、もう帰るのはなぁ」と悩んでいる。そういうことなら、当初の予定を達成させてもらおう。
「じゃあ、買い物しない? 私、春服が見たいんだよね」
「うん、そうしよう! ファッションはよく分からないから、僕は見てるだけだけど」
「あれ? 今日の服は?」
「妹が選んでくれた」
妹ちゃん、メイクもファッションもいけるんか。マジでスゴいな。
※1 異世界からやってきた天使と悪魔が協力して作ったミサンガ。二人の髪の毛が入っている。もちろん効力はバッチリ……かもしれない。




