挿話④ 君が好き 後編
体育の授業中、ヒロといっしょに短距離走の順番待ちをする。吐く息が白い。
「なあ、明日のクリスマスパーティーだけどさぁ……って、そっか」
ヒロは途中で話を切ると、モゴモゴ言葉を濁して頬をかく。
「あ~~……クリスマス・イブはカノジョの家で、だったっけ」
なんでヒロが赤くなってるんだろう。
「うん、クリスマス当日はデートする予定」
「いや~、毎年お前とクリスマス過ごしてたから、うっかりしてたぜ」
ヒロの家と僕の家は隣だから、小学校の時から季節のイベントはだいたいヒロといっしょだった。言われてみれば、クリスマスを別々に過ごすのは初めてかもしれない。
「にしても、カノジョとクリスマスか~! いいな~!!」
このこのと肩をぶつけられる。けっこうな勢いで、思わずよろけてしまった。
「ま、俺は俺で楽しむからさ! お前も楽しんでこいよ!」
「う、ん……」
カレシとして真摯であろうとすればするほど、いつも通りがいつも通りじゃなくなっていく。でも、それが当たり前で。きっとあのコと一緒にいることが、僕のいつも通りになっていくのだろう。
隣に並んで立っているのに、ヒロと僕の距離が遠く離れてしまったような気持ちになった。
――さみしいな。
思わず浮かんだ寂寥感を振り払うように空を見上げる。チカと、遠くで何かが瞬いた。白と黒と灰色のエネルギーが激しくぶつかり合いながら降ってくる。
「ヒロ! あぶない!!」
考えるよりも先に体が動いていた。
「は?」
呆けているヒロの体を思いっきり突き飛ばす。次の瞬間、僕の体は光の束に貫かれていた。
◆
――それは、死ぬ間際に見る走馬灯だったのかもしれない。
小学校高学年に上がってすぐくらいのころ。ヒロは隣の席の女のコに恋をした。けれど、そのコは僕のことが好きだった。
『お前がいると俺にいっしょうカノジョできねーじゃん! お前の近くにいるのヤだ!!』
今から思うと、初恋に破れたヒロの八つ当たりだったんだと思う。
ただ、当時の僕はこう思った。それは困る。僕はヒロといる方が楽しい。ヒロといっしょにいるにはどうすればいいんだろう。
浅はかだった幼い僕は、短絡的な解決方法を思いついた。
そうだ、カノジョを作ればいいんだ。僕にカノジョがいれば、僕のカノジョになりたいって女のコはいなくなる。ヒロといっしょにいられる。
――そのうちにキッカケを忘れて、僕は女のコにカノジョでいてもらうことを求める人間になった。
◆
目が覚めたら、放課後で、僕は女のコになっていた。
「お、お兄ちゃんが……お姉ちゃんに……」
連絡を受けてやってきたらしい妹が、保健室の入り口で呆然と立ち尽くしている。
「たいっへん申し訳ありませんでした!!」
「さすがのアタシでも謝るわ! スマン!!」
アンジェとイヴィルは半泣きになりながら、ベッドサイドで頭を下げた。話を聞くと、彼女たちは、異世界からやってきた狂った神と交戦中だったらしい。その戦いの余波に、僕は巻き込まれてしまったのだとか。
そして、二つの神力と魔力が複雑に絡み合っているせいで、元に戻るのは難しいと告げられた。
――僕は……僕は、安堵していた。
女のコになったから、もうカレシをがんばらなくていいんだ。いつも通りに戻っていいんだ。……ヒロの隣に立っていていいんだと、思ってしまった。
◆
「別れてほしい」
クリスマス・イブの日、向かい合って座る彼女に、僕はそう言った。自分から別れを告げるのは、初めてのことだった。
「僕は、その、女の子になってしまったし……このまま付き合い続けるのは難しいと思うんだ」
どこかボンヤリした様子だった彼女は、たどたどしく口を動かす。
「わ、たしは……性別なんか、関係なくて……」
ゆっくりと顔を上げ、しっかりとぼくを見据えた。
「きみのことが……」
その目には輝くような強い意志が宿っていた。
「――すき」
思ってもみなかった言葉に息をのむ。すき……好き?
――僕のことが、好き?
聞き返そうとして、言葉を飲み込む。飲み込んだ言葉が胸の内に広がっていく。
僕は、初めからずっと間違えていた。僕がしなければならなかったのは、カレシらしく振る舞うことじゃない。彼女のことを知って、彼女を好きになることだった。けれど――
僕が好きなのは。
好きという言葉で思い浮かぶ相手は。
「ありがとう」
ちゃんと彼女の目を見つめる。
「ごめん」
彼女の目にじわりと、涙が浮かぶ。怯みそうになる自分を奮い立たせる。彼女に――いや、自分の気持ちに、向き合わなければいけない。
この気持ちが、家族としての好きなのか、友情としての好きなのか、恋愛としての好きなのか。そんなことすら分からない。けれど、僕の心に、好きという気持ちがはじめて生まれたんだ。
「いま、はじめて気がついたんだけど……」
僕は今から、僕の都合だけで、彼女を傷つける。
「僕、好きな人がいるんだ」
君のことを、好きになれなくて、ごめん――
◆
「ひっ、ひぐっ……ぐすっ……」
頭から毛布をかぶり、震える手でスマホを操作する。僕には、もう彼女しかいなかった。藁にも縋る思いで、コール音を聞く。通話に出た彼女に名前を伝え、返事を聞く前に自分の気持ちを吐き出す。
「ふ゛ら゛れ゛た゛」
『ええ~~~……』
※1 付き合い始めてから別れるまでの日数のみのカウントで、実際に会った回数はもっと少ない。
※2 根本的な原因を本人も周りも理解していないから。原因の詳しい内容については「エロゲの世界のカレシとカノジョ」を参照のこと。
※3 話の内訳の7割がヒロの話、2割が妹の話、1割がアンジェとイヴィル関係の話。
※4 デートを途中で切り上げて、ヒロや妹の元に行くときのことを言っている。




