挿話④ 君が好き 前編
「そういや、今のコと付き合ってどんくらいになるんだ?」
ずいぶんとにぎやかになった昼休みの時間、ヒロの隣に座るアンジェとイヴィルは、いつものじゃれあいに夢中になっている。そんな二人を横目に、ヒロがそんなことを言った。
「三ヶ月くらい、だね」
「マジか! すげー長いじゃん!!」
言われてみれば、たしかに。付き合った期間の最長を更新している。今までの最長は一ヶ月、最短は一日……だったかな(※1)。
「いや~、よかったよかった! 俺、心配してたんだぜ? お前のコイビト関係、なんかフワッフワしてたからさぁ」
ヒロは、まるで自分のことのようにうれしそうに笑う。
「それで、どんなコなんだ? たしか、一個下なんだっけ?」
「うん、そう。ここから数駅離れたとこにある学園に通ってて――」
今まで付き合ってきた女のコは、始めのうちはニコニコとしているのだけど、だんだんと沈んだ顔になっていった。そして、『別れる』と僕に告げる。『思ってたのと違う』『つまんない』『ウチのことなんてどうでもいいんでしょ』『うそつき』『なんで』『どうして』――いつも、泣かせたり怒らせたりしてしまうばかりだった。
このままでは良くないと、ヒロや妹に相談したり、妹から少女漫画を借りて勉強したりしてはいた。けど……女のコから告白されては、女のコからフられての繰り返し(※2)。
いっそ、誰とも付き合わない方がいいのでは? と思ったこともあったけれど……なぜだかそれは選べなかった。
『カレシになってください』
『いいよ』
あの出会いが、偶然なのか必然なのかは分からない。僕に分かるのは、付き合い始めてからのことだけ。
デートの時、あのコはいつも楽しそうに笑っている。
僕の話(※3)をうれしそうに聞いてくれる。別れ際も僕のことを笑顔で見送ってくれる(※4)。そんなことは初めてだったから、すごくビックリした。
――困ったな。
「…………?」
ふって湧いた自分の感情に戸惑う。困ることなんて何もない。あのコとなら、このまま良いお付き合いを続けられる。とてもいいことだ。
僕は、いったい何を――
「っと、悪い。ちょっとあの二人止めてくる」
話が途切れたタイミングで、ヒロは断りを入れると席を立った。アンジェとイヴィルはいつの間にか教室の後ろに移動していて、取っ組み合いのケンカをはじめている。
「ムキーッ! もう許しませんわ!!」
「あはははっ、ムキーッて! サルかよ!! ウケる~」
たしかに、これ以上放っておくと大変なことになりそうだ。
彼女たちが異世界からやってきて、ヒロの周りは毎日が大騒ぎ。ヒロのご両親が異世界で厄介ごとを片付けている間、世話係としてアンジェとイヴィルがやってきたはずなのだけど……どう見てもヒロが二人の世話をしている。
でも、二人に振り回されるヒロは、なんだかんだ楽しそうで。少し前のふさぎ込んでいる姿を知っているから、なおのこと良かったと思える。……僕では、ヒロを引っ張り上げることができなかった。
「ウギギー!」
「ぐぬーっ!」
もみくちゃになっているアンジェとイヴィルの間に割って入ったヒロは、何やら話をまとめたらしく、僕の方を振り返った。
「おーい。今度の休み、近くのショッピングモールに行くことになったんだけど、お前も来る?」
行くと返事をしかけて踏みとどまる。
「ごめん、その日はデートなんだ」
「デート! デート!! お互いの愛を深める素晴らしい行いですわね!! ヒロ様、ワタクシたちもデートしましょう! デート!!」
「おいアンジェ! 抜け駆けしようとしてんじゃねぇ!! ヒロ坊、アタシとデートしよ! なっ!?」
「いだだだ、痛いって! ええい、引っ張るな!! ただの買い物でデートじゃない!!」
三人のやりとりがおかしくて、思わず笑ってしまう。あのコとのデートの約束が無ければ、僕も一緒に行けたのにな。ちょっぴり残念だ。
――でも、別れる理由が無いからなぁ。
「…………は?」
するりと出てきた自分の考えに愕然とする。そして、すとんと腑に落ちた。どうして、今までのカノジョと長続きしなかったのか。
僕は、あのコに――いや、カノジョになってくれた人間に興味が無い。
あんまりな理由にめまいがする。フられて当たり前だ。カノジョたち個人を何も見ていなかったのだから。
――ただ、女のコにカノジョでいてほしかっただけ。
僕は、何を……何を考えているんだ? どうしてそんな最低なことをしなければならないんだ? 理解できない。自分が何を求めているのか分からない。
真っ白になった頭の中に、今まで付き合ってきた女のコの泣いた顔や怒った顔が浮かんだ。どれだけ謝ろうと、もう取り返しがつかない。彼女たちを傷つけてしまった過去はなくならない。
最後に、こんな最低な僕にいつも笑いかけてくれるあのコの顔が浮かんだ。
――まだ、間に合う。
ちゃんと向き合おう。向き合わなければ。僕は、あのコのカレシになったんだから。
「ヒロ、僕はデートだから、ショッピングモールには行かない」
「ん? ああ、うん。聞こえてたぜ。オッケー」
◆
今日は公園でデートをする日。僕たちは、手をつないで遊歩道をぶらぶらと歩く。彼女は気づいていないようだけど、いつもよりもずっと緊張していた。
自分の最低さに気づいてから、今まで付き合ってきた女のコたちにしてしまったことをグルグルと思い返すようになった。
女のコたちが、つまらなさそうな顔や悲しそうな顔、怒った顔をしていた時、自分が何を言ったのか、何をしてしまったのか。申し訳なさに押しつぶされそうになりながら、ひたすらに反芻して、対策を考える。
そして、とにかく彼女の話を聞いて、彼女といっしょにいると決めた。自分が楽しい話ばかりしない。ヒロや妹にトラブルが発生しても向こうに行かない。彼女とのデートなのだから、彼女を優先する。
優先しなければと思っていたのだけど――気がついたらヒロの話になっていたし、妹からの電話に出てしまったし、ヒロたちの元へ向かおうと思ってしまった。
通話は、助けを求める妹の叫び声を最後に切れてしまった。とても心配だ。けど、言わなければ。「デートだから行かない」と「君と一緒にいる」と、言わなければ。だって今はデート中で、僕はカレシなんだから。
「じゃあ、今日はここでお開きということで」
僕が何かを言う前に、彼女はそう言った。つないだ手を離し、穏やかに笑った。なんで。どうして。今までのカノジョは。
――ああ、僕はまた、間違えるところだった。
当たり前のことが頭から抜け落ちていた。彼女は、今までの女のコたちとは違う人間で。過去の記憶を掘り返したところで、彼女と向き合うことになんてならないんだ。
――ちゃんと、ちゃんと向き合わなければ。
僕なりの誠意を込めて、彼女の唇へ自分の唇をそっと重ねる。柔らかな感触。口づけ。恋人らしい行為の第一歩。
少しは、カレシらしいことができたのだろうか。
※1 付き合い始めてから別れるまでの日数のみのカウントで、実際に会った回数はもっと少ない。
※2 根本的な原因を本人も周りも理解していないから。原因の詳しい内容については「エロゲの世界のカレシとカノジョ」を参照のこと。
※3 話の内訳の7割がヒロの話、2割が妹の話、1割がアンジェとイヴィル関係の話。
※4 デートを途中で切り上げて、ヒロや妹の元に行くときのことを言っている。




