第三十二話 エロゲの世界のカレシとカノジョ
「カレシができたってほんと!?」
「言ってよ!!」
「立ち直れてよかったね~~!」
お昼ご飯の会で使っている空き教室のドアを開いた途端、みんなにワッと囲まれた。どうやら、昨日の公園デートをうちの学園の誰かに見られていたらしい。回りまわってお昼ご飯の会のみんなが知るところになった、と。……普通に恥ずかしいが?
あとはもう、根掘り葉掘りよ。
ただ、話せば話すほど、みんなのテンションは下がっていった。最終的に言われたのが「ないわ~……」だ。しかも、会長だけでなく、みんなそう思っていると来た。
――これはチャンスだ!
自分の中のTS予定イケメンくんに対する好感度を下げられるかもしれない!! ということで。さっきまでとは逆に、根掘り葉掘り「ないわ~……」の理由を聞いていく。
みんなの話をザックリまとめると「ないわ~……」の理由は四つになった。
◆
【ここがダメだよ! TS予定イケメンくん!!】
①デートの回数の少なさ
「二週間に一回は少なすぎるでしょ!!」
「学園が違うから、毎日は会えないってのは分かるけどさぁ」
「最低でも週三はデートしたい! できるなら毎日イチャイチャしたい!!」
「でも、デート場所のチョイスはいいと思う」
「わかる~! 人気のお店にいっしょに並んでくれて、しかもイヤな顔しないってのはポイント高い!!」
二週間に一回のデートは少ない。思いもよらない意見に目を丸くする。TS予定イケメンくんがまともに付き合った初めてのカレシだから、あれが普通だと思っていた。
……ただなぁ……私、プライベートで人と会うと疲れるタイプなんだよなぁ。ほぼ毎日、カレシに会いたいかと言われると……うん。二週間に一回くらいでいい気がする。
TS予定イケメンくんと毎日会うのも……ムリだ。たぶんドキドキしちゃって心臓がもたな――やめろバカ。自分から「それって好きってことなんじゃね」ポイントを発見しに行くんじゃない。次に行こう。
②親友”主人公”くんトーク
「ひたすら知らない人の話されるって何? ほかの話題ないの??」
「つまんない」
言われてみれば、たしかに。親友”主人公”くんトーク=知らない人の話=興味ない・つまらない話になるのか。
私が親友”主人公”くんトークを楽しめるのは、エロゲが大好きだから。だって、親友”主人公”くんトーク、ほぼエロゲイベントなんだもん。聞いててものすごく面白い。
「あと、トークアプリを日程調整以外に使ってないのが地味にヤバい」
「えっ通話もほぼないの? 夜に話したくなったりしないの??」
あ~~……これはTS予定イケメンくんのせいじゃない。どっちかというと私のせいだ。
オタクは基本的に夜、忙しいから。スマホの通知を切ってるので、反応がめちゃくちゃ遅くなる。自然と日程調整以外にしかトークアプリを使わなくなったんだよねぇ。
私みたいにカノジョらしい対応ができていなくても、カレシでいてくれるなんて、TS予定イケメンくんいい人――はい、おしまい。この話題おしまい! つぎ!!
③親友”主人公”くんファーストの対応
「友だちから呼び出されたから途中でデートを切り上げるってなに!?」
「しかも、今まで8回デートして、途中解散5回!?!?」
「ありえない!!!!」
「なんで許せるの!? ムカつかないの!?!?」
「聞いてるこっちがムカつくんだけど!!」
ムカつかないんだよなぁ、これが。
だって、TS予定イケメンくんは”主人公”の友だちポジションの”サブキャラ”だから。絶賛エロゲイベント中である親友”主人公”くんのサポートに奔走するのは当たり前でしょう(※1)。
――などという男性向けエロゲ的解釈は、口が裂けても言えないので、あいまいに笑っておいた。
たぶん、みんなのお怒りポイントは『カレシにとっての一番がカノジョではない』だ。これ、ものすごく新鮮な反応だった。
私にとっての一番は、趣味だ。
いまは年齢的にも金銭的にも購入できないけど、この世界のエロゲをプレイする日を心待ちにしている。だから、TS予定イケメンくんにとっての一番が自分じゃなくても気にならないってのもある。自分にできないことを、他人に求めるのはちょっとね。
ただ、もし、TS予定イケメンくんにとっての一番が自分だったら……うれしい、かも――はいやめー! この話題もやめ! やめろ!! おばか!!!
④付き合って三ヶ月になるのにセックスなし
「ほんっとに、ほんとにもう! ありえない!!」
「体の相性の確認なしに三ヶ月もよくもったね!?」
「わたし、途中解散よりもこっちの方にビックリした! そんな人いるんだ!?」
「ねえ、そのカレシ、大丈夫? その、アレ的な意味(※2)で……」
…………そういやここ、男性向けエロゲみたいなことが起きる世界だったなぁ。
前世との価値観の違いっぷりを目の当たりにして、なんか、改めて実感してしまった。
この世界は、昔からずーっと出生率が低い。なので、自然と試行回数が多くなる。何回もしなければいけないのなら、気持ちいい方がいい。そんな一般常識があるので、誰かとお付き合いする時は、なるべく早めに体の相性やセックスの良し悪しを確認す、る――
そうだ。
そうだった。
セックスするのがフツウなんだ。
浮かれていた頭がスッと冷える。TS予定イケメンくんとのデートがあんまりにも少女漫画していたから、前世基準でカレシカノジョを考えていた。
今世基準で言うならば、TS予定イケメンくんの対応は、たしかにおかしい。
じわりと、嫌な予感がにじむ。
いや、展開としては悪くない。三ヶ月も経っているのだから、私の方からセックスしようと誘っても問題ない。ガツガツしているとは思われないだろう。
セックスして、それで、おしまいだ。
胸がちくりと痛む。
――何もしなければ、このままずっと一緒にいられるんじゃないか。
かすかに浮かんだ気の迷いを打ち消すように、自分に言い聞かせる。何度も何度も繰り返す。
TS予定イケメンくんはいずれ”ヒロイン”になる。相手はたぶん、親友”主人公”くんだ。何もしなくても、別れはいずれやってくる。ならば、自分の目的をしっかり果たして、後腐れなく別れなければ。自分のために。
――そうやって自分に言い聞かせないといけない時点で、だいぶ好きでは?
せやな。
※1 まれに、鬱陶しかったり裏切ったりする友だち(?)サブキャラもいるけれど、TS予定イケメンくんはそのタイプじゃないと思っている。
※2 勃起不全のこと。お昼ご飯の会の会長と副会長は取り巻きハーレム先輩が勃起不全になってしまったことを知っている。




