第二十六話 ミッション ポッシブル
――お孫さん師範代と”主人公”くんたちが、出発時にカチ合うことなく『研究所』へ向かう。
これが、今日の夜に私がなすべきミッションになる。まあ、インポッシブルというほどではないのでサクサク行こう。
もちろん、お孫さん師範代と”主人公”くんたち、どっちからも頼みごとをされてるってのはナイショだ。どっちにも打ち明けるつもりはない。……前世でエロゲをプレイしてきた勘が理由です、なんて言えないし。
頼みごとの理由について(私が一方的に知ってるだけで)聞かされてないから、黙ってるのはお互いさまということで。
寝る準備を済ませて、眼鏡”主人公”くんの部屋にお邪魔する。”ヒロイン”ちゃん三人もすでに来ていた。
表向きは、四人でカードゲームをするため。その実は、眼鏡”主人公”くんたちの頼みである『お孫さん師範代が寝たのを確認する』ための打ち合わせだ。
「じゃあ、22時過ぎで解散して、おれらはいったん寝たフリする感じで。先生が寝たのが確認できたら連絡してくれな」
眼鏡”主人公”くんがこれまでの打ち合わせの内容をまとめてくれた。この寝たフリで、師範代の頼みである『就寝まで見張る』も達成できるって寸法だ。いえーい、一石二鳥。
「アナタは念のためだから。確認できなくても一時間後には出発する」
無口クール系”ヒロイン”ちゃんが、淡々とそう言った。突き放すような冷たい言葉に目を丸くする。眼鏡”主人公”くんが、無口クール系”ヒロイン”ちゃんの肩をツンツンとつつくと、ハッとした後、彼女はモゴモゴと口ごもる。
「……だから、気負わなくていい。無理はよくない」
かっ、かわいい~~~! いやもう満面の笑みですよ、これは!! ホッコリしちゃった。
「うん、了解。心配してくれてありがとう」
実のところ、確認に関しては問題ない。このコテージ、壁が薄めだし。それに、寝たことを確認して連絡するわけじゃないしね。
「――ムムッ! 打ち合わせは終わりだな! 終わったな!?」
待ってましたと言わんばかりに中二病ロリ”ヒロイン”ちゃんが立ち上がって声を張った。隣にいるおっとり不思議系”ヒロイン”ちゃんの腕には、これでもかとカードゲームの箱が抱えられている。二人とも、お目目がキラッキラだ。
「ヨーシ! キサマら、刻限まで遊興にふけるぞ!!」
「わぁ~い、あっそぼぉ~!」
無口クール系”ヒロイン”ちゃんも懐からスッとカードゲームの箱を取り出す。眼鏡”主人公”くんは、頭を抱えていた。
緊張でガチガチになってるよりいいと思うよ?
◆
22時を過ぎたあたりでゲーム大会(※1)を切り上げて解散し、各々の部屋へ引き上げる。帰り道の途中、お孫さん師範代の部屋に立ち寄って、みんなもう寝ることを伝えた。やっぱり目は合わなかった。
自分の部屋に戻ってドアを閉める。室内の電気を消してから、ドアの前に座り込んで耳をすませる。このコテージ、ドアの前を通る人の足音が聞こえるんだよね(※2)。
――15分くらい経っただろうか。
何かかすかな音が聞こえた。集中していなければ聞き逃しそうなくらい小さな音だ。規則正しいその音は、ドアの前を通り過ぎて行った。たぶん、お孫さん師範代が物音を立てないように歩いた音だろう。
――そのまま、さらに10分待つ。
さて。
そっとドアを開いて廊下に出る。目的は隣の二人部屋A――お孫さん師範代の部屋だ。
コテージの各部屋は普通の室内ドアになっている。中からは鍵をかけられるけれど、外からは鍵をかけられないタイプ(※3)。なので、部屋の中に誰もいなければ――こんな風にドアが開く。ざっと部屋の中を見回す。人の気配はない。
お孫さん師範代の外出、確認よし!
そそくさと自分の部屋に引き返し、眼鏡”主人公”くんに連絡を入れる。これで任務完了だ。あとは、なんかいい感じにことが運ぶことを祈っておこう。
「…………」
パジャマを脱いで、普通の服に着替える。ベッドの脇にスニーカーを揃えて、枕元に財布やスマホなどが入ったショルダーバッグを置く。
いざとなったら即座に逃げる、準備よし!
なんてったって『研究所』だし。なんらかのハザード的なことになる想定はしておこう。
もぞもぞとベッドに潜り込む。起きたら、みんなが無事に戻っていますように。何ごともなく朝を迎えられますように。そんなことを祈りながら眠りに落ちた。
※1 おっとり不思議系”ヒロイン”ちゃんがめっっっちゃくちゃ強かった。次いで、無口クール系”ヒロイン”ちゃんと眼鏡”主人公”くんがいい勝負をしていた。その後に私。中二病ロリ”ヒロイン”ちゃんは……ムラッ気がスゴい。勝つのも負けるのも派手。
※2 昨日、お孫さん師範代が中和剤を私に来てくれた時、ドアを閉じた後も廊下を歩く音が聞こえていた。
※3 10円玉で外側から開けられるタイプの鍵付きドア。戸建てを丸々レンタルするコテージなので、個室に鍵が必要ないとの判断だろう。