第二十五話 そのための私
無差別媚薬事件のペナルティとして、二日目に予定されていた午前中の息抜きは取りやめとなった。四人は大人しく勉強に勤しみ、レポートもかなり進んだ――のだけれども。
息抜きが無かった反動か、メシマズ”ヒロイン”ちゃん三人が手料理を振舞おうとやたらめったら張りきった。
彼女たちの熱意にほだされて、昼ご飯を手伝ってもらうことにしたのだ、が! ものの数分でレフェリーのストップが入った。お昼? お昼はね、店屋物を食べたよ。おいしかった。
四人が午後の勉強に励んでいる間、お孫さん師範代と私でキッチンの後片付けをしました。師範代とは相変わらず目が合いません。なんでや。
そんなこんなで一日が過ぎ、今は眼鏡”主人公”くんと二人、晩ご飯の準備をしている。
キッチンへ入ろうとする”ヒロイン”ちゃん三人と、それを阻止するお孫さん師範代との攻防がBGMだ。……なんで爆発音が聞こえるんですかねぇ。
「なんかもう、昨日も今日も色々と迷惑かけてごめんな……」
「いいよいいよ、みんなでワイワイできて楽しかったし」
恐縮する眼鏡”主人公”くんに笑って返す。昼ご飯大惨事事件ではついついショックで泣いてしまったけど、実はけっこうエンジョイしていた。あのワチャワチャした感じ、ものすごくエロゲの日常ギャグパートっぽかったので。なんかもう懐かしかったよね。
「話は変わるんだけど、さ。その、きみの部屋って、先生の隣の部屋だったよな?」
「ん? うん、そうだよ」
間取りで言うと、二人部屋AとBが隣り合っていて、三人部屋CとDは少し離れたところにある。
「いや、その……さらに迷惑をかけることになるんだけど、二つ頼みがあって――」
「……え?」
じゅうじゅうと音を立てるフライパンから顔を上げて、眼鏡”主人公”くんを見る。彼は、キャベツを千切りにする手を止めて、私を見ていた。ちなみに、今日の晩ご飯は豚肉の生姜焼きだ。
「頼めるか?」
「いやまあ、構わない、けど……」
「理由は、聞かないでくれると助かる」
「う、うん。……わかった」
「――ありがとう」
眼鏡”主人公”くんはホッとしたように微笑むと、手元に目線を戻した。トントンと、キャベツを切る軽快な音がする。私も、フライパンに意識を戻して豚肉をひっくり返した。
『頼みの一つは、今日の夜、先生が部屋に戻って寝たかどうかの確認。これは、たぶん難しいと思うから、できたらでいい』
『もう一つは……朝になって、おれたちがコテージにいなかったら……先生に伝えて、あと、警察にも通報してほしい』
フライパンの柄をグッと握る。
――眼鏡”主人公”くんには言えないが、実は、ほぼほぼ同じことをお孫さん師範代から頼まれているんだよねぇ!! 午後、キッチンの後片付けをしている時に!!!
『あの四人が就寝するまで、同じ部屋にいて見張ってほしい』
『明日の朝、自分がコテージにいない場合は、四人にその旨を伝えて警察に通報するように』
みんな、今日の夜に『研究所』へ行くんですね!! わかります!!!
行くのかぁ、『研究所』。もう『研究所』っていう響きがヤバいもん。しかも、お孫さん師範代も眼鏡”主人公”くんも、帰れない可能性を考慮してるってなに?? こわすぎるが???
それでもなお、行くのを決めてるってことは……止めても無駄なんだろうなぁ。そこはもう仕方ないとして。……これ、お孫さん師範代と”主人公”くんたちの出発時間がカチあったら、大変なことになるな?
いやまあ、みんなをカチ合わせて『研究所』行きを無理やり止めてもいいんだけど……それは悪手だと、エロゲーマーとしての私の勘が囁く。ロクなことにならない気がする(※1)。
しかも、眼鏡”主人公”くんたちだけで『研究所』へ行っても、お孫さん師範代だけで『研究所』へ行っても、バッドエンド直行な気がする。たぶん、二組が『研究所』内に揃っているのがフラグだ。
これがもしエロゲなら、という頭が湧いた根拠。けれど、ここはエロゲみたいなことが起きる世界。自分が今まで見てきたもの、感じてきたことを信じよう。
となると――
お孫さん師範代と”主人公”くんたちには、タイミングがカチ合うことなく出発してもらわなければならない。
ハッ、なるほど! 私がここにいる理由、それかぁ~~~~っ!!(※2)
「みんなー、晩ご飯できたよーっ!」
なんとなくスッキリした気持ちで、豚肉の生姜焼きを配膳する。やることは分かった。あとはやるだけだ!!
※1 なんやかんやで日本が滅亡する可能性が高いです。
※2 お孫さん師範代は、料理手伝い兼『七不思議研究部』の引き留め要員として雇っています。イベントの進行をスムーズにするためではありません。