第二十四話 目と目が合わない
いつもの稽古のクセで、朝早くに目が覚めてしまった。のどがカッサカサに渇いている。うわ、冷房つけっぱなしでキャミとパンツだけで寝てたのか。
「ぁあ゛~~……げほっ」
起きてキッチン行くかぁ。ついでに、朝ご飯の準備もはじめてしまおう。たぶん、眼鏡”主人公”くんと”ヒロイン”ちゃんたちはギリギリに起きるだろうし。
そういえば、昨日の無差別媚薬事件、お孫さん師範代と私に中和剤を用意してたってことは、合宿前から準備してたのかな? なかなかに計画的な犯行だなぁ(※1)。
……ふと思ったけど、4Pをこなす眼鏡”主人公”くん、体力も精力もヤバいな。いや、媚薬がスゴかったのかも?
「あれ?」
キッチンに行くと、炊飯器のタイマーがセットしてあった。たぶん、お孫さん師範代がセットしてくれたんだろう。……だよね? メシマズ三人娘じゃないよね??
ちょっと不安に思いつつ、冷蔵庫から食材を取り出す。今日の朝ご飯はハムエッグと納豆と玉ねぎのお味噌汁! ちなみに、明日の朝ご飯も同じ!!
◆
「すみませんでしたーーっ!」
「すまなかった!」
「ごめんなさい」
「ごめんなさぁ~~~いっ!」
案の定、ギリギリの時間にダイニングルームへやってきた四人は、いっせいに頭を下げた。その後ろから、お孫さん師範代が顔を出す。どうやら、ギリギリに起きたのではなく、ギリギリまで叱られていたようだ。
「こいつらには、おれからもよく言って聞かせましたんで!!(※2)」
眼鏡”主人公”くんの謝罪を聞きながら、ずらっと並んだ四つのつむじを眺める。
――言いたい。
四人に、「ゆうべは おたのしみでしたね」って言いたい。けど、この世界でそのネタは通じないし、今のタイミングで言ったら単なるイヤミだ! がまん!!
「謝ってくれたので許ーす! でも、もう同じことしないでね?」
無難な落としどころを口にする。本音を言うと、今日の晩ご飯にも媚薬を盛ってほしい。私も乱痴気騒ぎに混ぜてほしい。口にも態度にも出さないけど。
ちょうどいいタイミングでご飯が炊けた。陽気なメロディーがダイニングルームに流れる。パンと両手を叩いて、話を切り上げた。
「じゃあ、朝ご飯にしよっか」
あ、そうだ。炊飯器のフタを開ける前に確認せねば。
「あの、炊飯器のタイマーをセットしてくれたのって……」
「……自分だ」
やっぱりお孫さん師範代だった。よかった。
「……手は、しっかりと洗った……」
「えっ? あ、はい」
まあ、料理をする前に手を洗うのは大事だよね? でも、なんでいま報告した?? 不思議に思いながら、お孫さん師範代の顔を見上げる。
……あれ? なんか、いつもの師範代と違う感じが?? ……でも、何がどう違うのか分からんな。
◆
さて、気を取り直して朝ご飯だ。
おっとり不思議系”ヒロイン”ちゃん以外の面々で、お皿をテーブルの上に並べていく。彼女のウッカリは、その、世界レベルだそうなので。朝ご飯をひっくり返されないよう、テーブルに着いてもらっている。
私はご飯を盛る担当だ。無口クール系”ヒロイン”ちゃんからお茶碗を受け取り、ご飯を少なめによそう。
「このくらい?」
「うん」
手渡すと、小さな声で「ありがとう」とお礼を言われた。
「――ねえ」
「ん?」
「からだ、大丈夫?」
無口クール系”ヒロイン”ちゃんの顔を見る。ちょっと目が泳いでいる。たしか、媚薬も中和剤も、彼女が作ったんだっけ? 薬の副作用とかを気にしているのかな?
「うん、大丈夫だよ? 中和剤がちゃんと効いたみたい」
「えっ?」
無口クール系”ヒロイン”ちゃんは驚きに目を見開いている。
えっ、なに? 何に驚いてるの?? 中和剤に効き目があったこと?? あれって、そんなあやしい薬だったの???
「…………先生に、もう一回あやまる」
へ? この話の流れで、なんでお孫さん師範代が出てきた? 理由を尋ねる前に、無口クール系”ヒロイン”ちゃんは師範代の方へ走って行ってしまった。
ペコリと頭を下げる無口クール系”ヒロイン”ちゃん。顔色一つ変えず、何かを言うお孫さん師範代。その様子を眺めていると、不意に師範代と目が合った。目を逸らされた(※3)。
もう一度言おう、お孫さん師範代に、目を逸らされた。えっ、うそでしょ……あの師範代が?! 目を逸らした!?!?
――ハッ、さっき感じた違和感の正体、これだ!
お孫さん師範代と、目が合わない!!
えっ、なんでだ? 私、何かやらかしたっけ?? たぶん何かしたんだろうなぁ~~! お孫さん師範代と私だったら、どう考えてもやらかすの私だもんなぁ~~!! でも思い当たるふしがまったくない……!(※4)
※1 合宿一日目に仲直りして突発的に実行したので、計画性はまったくない。媚薬は、無口クール系”ヒロイン”ちゃんが他の二人を出し抜くために持ってきていた。
※2 ”ヒロイン”ちゃん三人は、仲直りのキッカケになってくれた『私』への好感度がかなり高く、昨晩の乱交に混ざってもらう気満々だった。彼女たちなりのお礼も兼ねていたのだが、お孫さん師範代と眼鏡”主人公”くんから「自分が好きなものを他人も好きとは限らない」と説教されて反省した。
※3 媚薬の効果である性的興奮を鎮めるために、ほぼ一晩中、自慰していた。基本的に”無”だったのだが、疲れで油断した瞬間に、弟子のあられもない姿を思い出してしまった。しかも思い出したタイミングでフィニッシュしてしまい、死にたくなるほどの罪悪感に苛まれている。
※4 昨晩、お孫さん師範代から中和剤を渡されたとき、キャミとパンツだけしか着てなかったことに気づいていない。




