挿話② ようやく目が覚めた朝
オレにしては珍しく、朝と呼べる時間に起床した。喉に違和感がある以外は、スッキリした目覚めだった。まあ、あれだけ長時間ベラベラと話していれば、喉も痛めるか。
それにしても、けっきょく何時間くらい話してたんだ? 解散したときはだいぶ日が傾いてた気がする。
適当に身繕いをしながら、昨日の出来事を思い返す。正直、あれこれと話し過ぎて、何を話したかあまり覚えていない。ちょっと、いや、だいぶヤバい話もした気がする。
もし、あの話を知られたとしたら、この家の嫡子として、アイツを処分しなければならない。ならないのだが――どうしてだか、アイツに対してその必要性を感じない。まあ、保身はできるようだから、ウカツなことは言わないだろう。
あれを話した、これを聞いたと、一つずつ思い出す。あんなにくだらない話のどこで笑ったのか、今となっては分からない。けれど、とにかく楽しかった。
――ああ、そうだ。別れ際に約束を交わしたんだった。
◆
『そうですね。いろいろ話しちゃいましたし、いろいろ聞いちゃいましたし。お互いのためにも、もう会わない方がいいと思います』
実際その通りなのだが、改めて言葉にされると何とも言えない気持ちになる。
『ただ、何かの偶然で、もう一度出会ったら。その時は――』
アイツは、ゆるく握った拳を顔の前に掲げた。オレにも同じことをするように促す。
『友だちになりましょう』
拳と拳が、コツンとぶつかった。
◆
ふと、窓ガラスに映る自分の顔が気になった。オレはこんな顔をしていただろうかと、変なことを疑問に思う。
洗面所へ移動し、まじまじと鏡を覗き込む。驚きに目を見開く自分の顔と対面した。あの女の目の輝きが、自分の瞳の奥に見えた。かすかではあるが、間違いない。オレが見間違えるはずがない。
オレは、この目が欲しくて欲しくてたまらなかったのだから。
あの女と初めて会ったのは、五歳のころ、ウチの家で開かれたガーデンパーティーでだった。家同士のつながりを強めるためと、同い年くらいの子どもたちが集められた一角にあの女はいた。
ピーチクパーチクとやかましい雛鳥の中で、あの女はひときわ美しく、そして、ひときわ浮いていた。見覚えのある虚ろな目で、ニコリともせず黙って立っている。
薔薇ヶ咲家のご令嬢だと紹介され、目と目があった瞬間に理解した。何もかもを手にしているはずなのに、何もかもに価値を見出せない。果てのない飢えと渇き。
――なんてつまらない存在なんだ。
顔が美しかろうが、家が良かろうが関係ない。そんなつまらない女に興味が湧くはずもなく。それきり、記憶の片隅に放り込んでしまっていた。
だというのに――
あの男と出会ってから、あの女は変わった。
変わってしまった。
キラキラと目を美しく輝かせ、蕾がほころぶように微笑む。そんな姿を見ると、頭の中がグチャグチャになった。訳も分からず胸が締め付けられ、ドロドロとした感情が溢れて止まらなかった。あの女がほしい。あの目が欲しい。
――欲しくて欲しくてたまらない。
『へー、そうなんですね!』
アイツの声が聞こえた。昨日、よく聞いた合いの手だ。ワクワクと好奇心に満ちた声で、話の続きを催促する。
『えっ、なんでですか? 何があったんです??』
なんで? ……なんでと、聞かれても。
――……だって、あの女はオレだ。
「――っ!?」
ぞわりと鳥肌が立つ。今まで目を背けていた感情に言葉が与えられ、カタチになる。
――オレはあの女だ。
オレはあの女だから、このしがらみばかりの淀んだ世界を一人きりで生きていくのだと、信じて疑っていなかった。
――なのに、どうしてお前だけ。
――裏切り者。
――ずるい、ずるいずるいずるい!
だから、オレがいるところまで引きずり下ろしたかった?
心のどこかが「違う」と答える。
……オレは、そんなつまらない女には、興味が湧かないんじゃなかったのか?
――おいていかないで。
ガキの自分が泣いている。必死に手を伸ばしながら、あの女の背中を追いかけ泣いている。
「バカだなぁ、オレ」
分かってしまえば簡単だ。オレは、あの女がいる場所に、自分も行きたかっただけだ。……いいや、変に言葉で飾るのは止めよう。
みんなが楽しそうにしている輪に、自分も入りたかった。
それだけだった。
「ほんとにバカだ……」
古くから続く名家の嫡子。由緒ある家柄のしがらみやら何やらで歪み、モブ女子取り巻きハーレムでふんぞり返っている性格の悪い金持ちイケメンになった。良くも悪くも素直。ものすごく反省した。
男性向けエロゲで例えると、恋人や愛人、ハーレムなど、セックスする相手がすでにいるサブキャラ(男)の類型。
プレイ時間的にそろそろエロを挟みたいけど、主人公サイドがエロできる状況じゃねえ!という時や、主人公とヒロインにサブキャラのセックスを目撃させて強制的にエッチな雰囲気にさせてぇ!という時に、輝くタイプ。




