第十七話 吐くとラクになることもある
「オレは……今のオレは、そう、完璧じゃない。完璧じゃないんだ。だから……だから、元に戻る。そして、完璧になったら、あの女は戻ってくる。だって、オレのものだから」
そこまで言うと、取り巻きハーレム先輩は大きくため息をついた。
「……同じことを何回言わせるんだよ」
「申し訳ないです。ちょっと気になって」
追加でいくつか確認して、それでようやく分かった。
まず、『お嬢様”ヒロイン”ちゃん先輩は、取り巻きハーレム先輩のものじゃない』というのは、いったん脇に置く。ここは取り巻きハーレム先輩にとって”事実”らしく、触れると火傷じゃすまない感じがする。
私が引っかかったのは『完璧なオレに戻ったら、お嬢様”ヒロイン”ちゃん先輩が戻ってくる』というところだ。
取り巻きハーレム先輩の中で認識がねじれて、因果が逆転している。
聞き取りした話から考えると、『”ヒロイン”ちゃん先輩にフられたから勃起不全になった』が事実だ。なのに『勃起不全だから”ヒロイン”ちゃん先輩にフられた』になっている。
だからこそ、『勃起不全が治ったら、すべて上手くいく』という考えになる。
違う、そうじゃない。
分かりやすくて直しやすい欠点にすがりたくなる気持ちは分かる。そうでもしなければ、もうどうしようもないくらい追い詰められているんだろう。
けれど、先輩本人もそれが事実ではないと心のどこかで分かっている。ところどころ言葉に詰まるし、自信なさげに目が泳ぐし、自分に言い聞かせるような口振りになる。
ふむ。
――これ以上、踏み込んでいいものか。
今ならまだ、引き返せる。何も見なかったし聞かなかったことにして、「そうなんですね、お疲れ様です」と言って、さっさと帰ればいい。それでおしまいだ。
けれど、私の精神年齢がそれを押しとどめる。
たしかに、取り巻きハーレム先輩は、”ヒロイン”ちゃん先輩と”主人公”くん先輩に、酷いことをした。でも彼は、それが酷いことだったということすら、理解していない。
”先輩”と呼んでいるけども、彼の心はまだまだ子どもで。
”後輩”という立場だけども、私の心の方がだいぶ年上だ。
だからというかなんというか。転んで、立ち上がり方すら分からずに泣いている子どもを、自業自得だという事実で突き放すことが、どうしてもできなかった。
余計なお世話と言われれば、それまでだけど。
とにかく、精神年齢 (ピーッ)歳の私には、今の取り巻きハーレム先輩が立ち上がるために必要なものがなんとなく分かるので、やるだけやってみよう。……うまく行くといいなぁ。
「よし。先輩、ちょっといいですか?」
「なんだよ……」
何回も同じ話をさせられたからか、先輩の返事はくたびれていた。
「このレストラン、いえ、このフロアには、誰も人がいませんよね?」
「そうするように言ってある」
よしよし、人払いはバッチリ、と。先輩は「それがいったいなんだって言うんだ?」と、怪訝そうに眉をしかめている。
「先輩って、私の名前、覚えてます?」
「覚えてるわけないだろ」
ですよね。アドレス帳にファンクラブの会員番号でしか登録されていないのは、メンバーのみんなが知ってる。そのことに関して、特になんとも思っていない。なぜなら、かく言う私も――
「奇遇ですね。私も先輩のお名前、覚えてないんです。名字も名前も。なんかご実家がスゴいらしいとしか知りません」
自分より上の学年の生徒には、とりあえず先輩って呼べばオッケーだから助かるよね!
「……は?」
先輩は、思ってもみなかったことを言われたようにポカンと大口を開けている。
「お互いに名前を知らないだけじゃありません。私たちは、先輩の勃起不全のおかげ男女の関係になることがありません。さらに、先輩は学園から転校したので、これから先、顔を合わせることもありません」
「なに? お前、遠回しにケンカ売ってるわけ?」
いやいやそんなそんな。これは、私たち二人の立場を明確にしているだけだ。
「つまり、ここにいるのは相手のことをよく知らない二人! これはチャンス!!」
ガタッと立ち上がり、堂々と宣言する。
「――第一回! チキチキぶっちゃけ話&愚痴大会を開催します!!」
「はあ!?」




