第十六話 この世界のお家騒動あるある
実際の経験はないけど、エロゲ由来の知識(※1)だけはあるので、いろいろと試してみた。けれど、うんともすんとも言わなかった。ピクリとも反応しなかった。
気まずい空気が漂う。先輩は、下半身まる出しのまま呆然と椅子に腰かけている。なんだかいたたまれない気持ちになりながら、テーブルに置いていたパーカーとジーンズをモゾモゾと着なおす。
勃起不全。
男性の性機能障害の一つ。EDとも呼ばれている。何らかの原因で男性器が勃起しない、もしくは勃起を維持できない状態を指す。そんな一般知識はあるけれど、専門家ではないので詳しくは分からない。ただし、いろいろと察することはできる。
ちょっと前までファンクラブメンバーとセックスしていたので、生まれもって勃たないってわけではない。年齢的に加齢が原因ではなさそうだし、見た目からして外傷が原因でもなさそう。
となると、心因性――心の問題、かなぁ(※2)。
……”主人公”くん先輩にざまぁされたことか、お嬢様”ヒロイン”ちゃん先輩に振られたことか、どっちもか。私に思い当たる原因はそんなところだ。
ついでに、取り巻きの中で親しい二人の次に、私が呼ばれた理由もなんとなく分かった。一度も抱いたことのない相手なら目新しさから勃起するかもしれない。そんな経緯だろう。
となると、わざわざレストランを貸切にして、フロアの人払いをした理由は……勃起不全を他の誰かに知られるのを恐れてってこと?
――ハッ! ドロドロの相続争いの気配がする……!!
世界的にも歴史的にも子どもが生まれにくいこの世界では、お家騒動のタネがだいたい性機能障害だ。前世と違って、種をバラまくことより、種が無いことの方が大きな事件になりがちだった。
跡継ぎが無精子症かどうかを確認するために、男児が精通するとすぐ、出産経験のある未亡人を側室にあてがう習慣があったくらいだ。こういうところ男性向けエロゲっぽいよね。ちなみに、種無しだと判断されると、相続から外された。
ただ、この考え方は現代においてあまりにも時代錯誤で古くさい。はずなのだけど。
たしか、取り巻きハーレム先輩のご実家はかなり古いお家なんだっけ。そういうお家となると、勃起不全によって相続争いが揉めるとかなんやかんやあるのかもしれない。大変そうだなぁ。
床に落ちているボクサーパンツを拾い上げ、取り巻きハーレム先輩の足に通す。このままの格好で放置するのは、その、あまりにも哀れなので。私にだって、それくらいの情はある。
先輩はされるがまま。がらんどうの目でボンヤリとしている。股間にぶら下がっているおちんちんが、無感動にぷらりと揺れた。
……ん? 先輩は勃起不全なだけで、無精子症じゃないよね??
あの噂が事実なら、勃起不全は相続争いの問題にならないはずでは?
「えっと、先輩……その、精子を凍結保管とか……してるんですか?」
ズボンを履かせながら、そう聞いてみた。先輩は慣れた様子で腰を上げながら、気だるげに頷く。うわー、やっぱりそうなんだ。
この世界のネットで、そういう噂をよく見かけるのだ。上流階級の人間は精通したらすぐに精液検査を行うし、精子を定期的に凍結保存していると。やっかみ半分のホラ話だと思っていたけど、まさかマジ話だったとは。
「なら、ほら、人工授精とか体外受精とかありますし……」
軽々しく大丈夫とは言えないけれど、そこまで落ち込むこともないと思う。そんなニュアンスを含ませてみる。先輩は、椅子の肘掛けを拳で叩いた。ガツッと痛そうな音がする。
「そんなことはどうだっていいんだよ!」
急に罵声が飛んできて首をすくめた。このままだと蹴られそうなので、慌てて距離をとる。
それにしても分からない。勃起不全で苦しんでいるっぽいのに、子どもができるかどうかは問題じゃない? 相続争いにまつわる何がしかで悩んでるんじゃないってこと?
「こんなオレはオレじゃない。オレは完璧でなければならないんだ。完璧なオレに戻れば、すべて、すべてすべて上手くいくんだ! あの女は戻ってくる!!」
んんんん?
血を吐くような悲痛な叫びだけど、先輩の言っている意味が分からなくて首をひねる。もう一回言ってもらっていいですかね??
※1 エロゲの性行為はファンタジーです。エロゲの知識を元にセックスをするのはオススメできません。
※2 勃起不全の原因としては、この他にも、神経や血管・筋肉などの異常、ホルモンの分泌異常、薬剤の副作用、男性器の長時間の圧迫などいろいろありますが、『私』の知識にはないため言及していません。




