攻略対象は原作開始前に舞台から離脱していました
3話です。ゲームの舞台の次は、ゲームのキャラクターに異変が起きます。
学園が創設されない、ということは☆学をプレイしていた私にとっては大ショックであったが、それ以上に私の死亡フラグである、隣国ウォートリアの侵攻を止めるのが難しくなったことを意味していた。
☆学の原作では、ヒロインが学園で絆を深めた攻略対象たちと協力して侵攻してきた隣国を撃退する。しかし、ヒロインが誰とも絆を深めないバッドエンドでは、帝国は滅亡する。
ウォートリアが侵攻してきた時に、何か理由を付けて侯爵領を離れていれば、生き残ることは出来るだろう。しかし、帝国が滅亡してしまうなら、どちらにせよ私の未来は暗い。「亡国の貴族令嬢」がどんな扱いを受けるのか、想像するのも恐ろしい。
その絶望感から、私はしばらく寝込んでしまい、アナや父を大いに慌てさせた。
しかし、病床の中で私はこう考えるようになった。私が攻略対象たちと仲良くなって、ウォートリアを撃退してもらえばいいのだ。
その考えは良いように思える。バッドエンドになることがありえるヒロインに任せるのではなく、私自身が能動的に動けばいいのだ。そのためには、攻略対象たちに接触する必要がある。
しかし、私はまだ社交界に出ることを許されていないので、何かしら上手い口実を見つけないと門前払いを食らうだろうし、父にも止められるのは目に見えている。対象を絞って動かねばならない。
まず、皇太子ユリウスと帝弟エーリッヒは皇族であり、会うのは非常に難しい。幼少からユリウスの話相手に選ばれていた、などの理由があれば会えたのだろうが、私はこれを断ってしまっていた。エーリッヒは武官として宮中で勤務しており、未成年の私には会う口実は無い。
次に、騎士総長の息子であるフリードも、ユリウスの護衛として、たいていは一緒にいるだろうからこれも会うのは無理だ。それに、まだ11歳のはずなので杞憂かもしれないが、原作でフリードは女好きで知られていた。あまり会いたくはない。
そうすると、私が接触できるのは宰相の息子であるカール・フォン・ペンドラルと、帝国教会の枢機卿の息子であるルーク・バルディに限られることになる。
そして、私はルークに狙いを定めることにした。彼は、正式に司祭という聖職に就いている。その職務上、教会について聞きたいことがある、あるいは自分と同年代の司祭様に話を聞いてもらいたい、などと言えば会えるはずだ。それに、カールは腹黒キャラなので、会うのは少し怖い。直情的なルークの方が好ましい。
ルークの個別ルートでは、ヒロインの説得を受けたルークが、忌み嫌っていた教会の権力を利用し、帝国へ侵攻したウォートリア王ベルトランを破門する。そして、ウォートリア軍内の信徒たちを切り崩すことでウォートリア軍を弱体化させ、最終的にルークは信徒たちを集めて「神の軍団」を組織してこれを撃破するのだ。
ベッドから出た私は、すぐに父に、教会の教義について知りたいことがあるので聖職の方に会って話を聞きたい、出来れば自分と同年代だと聞くルークという司祭が良い、と言ってみた。父は快諾してくれて、帝都にある教会の本拠、首座大聖堂へと手紙を送ってくれた。
1週間ほど経ってから、私宛に手紙が届いた。内容は、「ミリア様、お話を伺いました。貴方のような聡明な方からの質問には是非ともお答えしたいと思います。是非、帝都の首座大聖堂までお越しください」というものであった。ただし、なぜか差出人がルークの父、帝国教会の大幹部であるアドレット教義枢機卿になっていた。
もしかしたら、まだ幼いルークを心配して、枢機卿が同席してくれるのかもしれない、と考えた私は、その申し出を受けることにした。
私が初めて領地から出る、ということで父は心配してしまい、出立は半年も後になってしまった。私は父が強制的に付けてきた護衛百余名、従者数十名を連れて、大名行列のような集団に囲まれながら1週間を掛けて帝都へ向かった。
初めて訪れた帝都は、☆学で見ていたよりも荘厳な都市であった。周囲を城壁に囲まれ、正門から入ると、正面遠くに白亜の王城が見える。道は石畳で舗装され、多くの馬車が絶え間なく行きかっていた。
私は帝都で滞在することになる、ハーフロンド侯爵家の帝都屋敷に向かい、そこで久しぶりに会う兄のヘルマンや母から大変な歓待を受けた。
到着から4日ほどを帝都観光に充てた私は、10人近い完全武装の護衛(来るな、と言っても付いてきた)とアナを従えて、周囲の人々に何事かと驚かれながら☆学の聖地巡礼を行なった。しかし、メインの舞台となる学園があるはずの敷地には何も無く、更地として放置されていたのが残念だった。
帝都到着から数えて5日目、私は目的のルークに会うべく、首座大聖堂へと向かった。
そびえ立つ7つの尖塔に囲まれ、巨大なドームを有する首座大聖堂は、前世の大教会にも劣らぬ雰囲気を持っている。信徒や法衣に身を包んだ聖職者たちがひっきりなしに出入りしていた。
中に入った私は、大きな宗教画が飾られた部屋に案内された。会議室のような感じで、巨大な円卓を囲うように椅子が配置されている。私が連れてきたアナと護衛の騎士、そして教会の衛兵が部屋の端の方に立つ。
しばらく待っていると、よく肥えた聖職者が1人で入ってきた。彼の顔は☆学でも見たことがある、ルークの父であるアドレット教義枢機卿だ。近くにルークの姿を探したが見当たらない。
枢機卿は、私が座る椅子の隣の椅子に座った。
「お待たせして申し訳ない。会議が白熱していまして……私がアドレットです」
近くで見ると、☆学よりもやや痩せている様子であった。顔も青白く、頬が少しこけている。なんだか体調が悪そうだ。
「はじめまして、枢機卿閣下。ハーフロンド侯爵の長女、ミリア・フォン・バーレンツと申します。閣下に謁見叶いましたこと、たいへん嬉しく思います」
型どおりの挨拶を済ませる。結局、ルークには会えないのだろうか。
「いえ、ミリア嬢。貴方のことは、貴侯爵領の司教ベラクリウスより聞いています。幼いにも関わらず、慈悲深く、また聡明でいらっしゃるとか。そんな御方とお話をできるのはこちらとしても光栄です。それで、教義について質問があるそうですが……」
とにかく話を聞くのは後だ。まずは、私が口実に使った、教義についての質疑を済ませてしまおう。
さすがに、「教義枢機卿」の座を冠するだけあって、彼の知識と思慮は驚くほどだった。私もルークのことを忘れて、楽しく議論してしまった。
「ミリア嬢、貴方は聞いていたよりも素晴らしい才覚の持ち主だ。11歳とはとても思えない。私も議論に熱中してしまいましたよ」
議論が一段落し、枢機卿は笑顔を浮かべていた。血色も良くなっている。
「いえ、閣下の学識にはとても及びません。さすがです」
(そうだ、ルークのことを聞かなきゃ)
「そういえば、閣下には私と同年代の息子さんがおられるとか。何でも、既に司祭として活躍していると聞きましたが」
私がルークの話を出すと、枢機卿の笑顔が固まった。その様子に、私はビックリする。
「申し訳ございません、閣下。聞いてはならないことを聞いてしまったようで……」
私はとりあえず謝ることにした。なにか☆学では描写されていない家庭の問題が在るのかもしれない。
枢機卿は目を落とし、落ち込んだような表情をする。
「……いえ、いいのです。ミリア嬢。貴方は最初、年が近いルークと話したいとおっしゃっていた。隠し事をすることでもないのです。伝えるべきでしょう」
彼は、顔を上げて、私の方を見つめる。
「実は……ルークはもう、この国にはいないのです」
「え?」
「息子は半年以上前に司祭の地位を捨てて、東方への宣教修道会に加わってしまいました。いつ帰ってくるのか、いや、帰ってくるのかどうかも分かりません」
「え?」
枢機卿が話すところによれば、以下のような経緯であった。
1年ほど前に、新たに選出されたミヒャルド帯剣枢機卿という人物が帝都にやってきた。彼は東方の異教徒相手に戦い、また布教を行なってきた経歴を持つ、この首座大聖堂では珍しい実践的な人間だという。彼が語った、自分の東方でも武勇譚にルークは夢中になった。
その後、教会の方針をめぐって、アドレット教義枢機卿とミヒャルド帯剣枢機卿は対立した(詳しい内容は語られなかった)のだが、ルークはミヒャルドの側についてアドレットを批判するようになったという。
アドレットは、最初はルークを説得しようと努力していたが、ルークの態度は頑なになるばかりだった。そこでアドレットは教会中枢部の対立からルークを切り離して、頭を冷やさせるために、どこか地方の教会に勤務させようと考えた。だが、ルークはそれを察知し、ある日、司祭階位を返上する旨の置手紙を残して逃亡、後で宣教修道会から「ご子息をお預かりいたします」との連絡が来たという。
修道会は教会の傘下にはあるものの独立色が強く、本人が希望して入ったならば無理に出すことは出来ない。そのため、アドレット枢機卿でも手出しをすることが出来ず、息子のことを日々案じながら過ごしているという。
徐々に血色を失いながらも、以上のことを話し終えたアドレット枢機卿は、「体調が悪くなってきたので……」と部屋を辞していった。後には、呆然とする私1人(と部屋の隅にいるアナと護衛)が残された。
次話は1月28日午後9時に投稿予定です。
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