学園モノなのに学園が創設されないらしいです
2話です。各キャラクターの紹介など、設定の部分が多くなってしまいました。
それから、6年間、私は努力に努力を重ねた。
付けてもらった家庭教師から私が勉強熱心なのを聞いた父は喜び、更に家庭教師が増やされ、現在では、哲学や文学、能書術などの教養、史学や政治学、弁論術など貴族としての実学、ダンスや裁縫、礼儀作法など淑女としての嗜み、さらには護身術、帝国法学、天文学など何に役立つかわからないことも含めて多くのことを学んでいる。
既に教師たちは、私が一人前の貴族としての能力を備えている、と認めてくれている。教えることがなくなった、と去っていく先生たちもいた。そろそろ勉強は少なめにして、私の死亡フラグ回避のための生存戦略に取り掛かってもいいだろう。
性格についても傲慢にならないように、なるべく謙虚であろうと努めた。前世での社畜の経験から、労働者の大変さはよく分かる。使用人や領民たちには労わるように接し、失敗があっても文句は言わず、注意に留めるようにした。その甲斐もあってか、彼らからの評判は上々だ。
贅沢好きな母は、私がドレスや宝石をねだらないようになり、勉強熱心になったのを驚いてはいたが、歓迎してくれた。そして父に私の分もドレスや宝石をねだるようになった。たまりかねた父は、帝都にある侯爵家の屋敷に母を送り、宮中で文官を務めるしっかり者の私の兄、ヘルマンが母を監督しているらしい。
まだ社交界に出ていない私は、侯爵家の領土から出たことはなく、攻略対象たちに接することはなかった。しかし、攻略対象たちは既に頭角を現しているらしく、その情報は噂話や父との会話の中で耳にした。
☆学の攻略対象は6人おり、そのうち1人は隠しキャラである。
まず1人目は、帝国の皇太子であるユリウス・フォン・アレンディナ=ヴァレンディア。輝くような金髪で、理想的な王子様の雰囲気を備えたキャラだ。既にユリウスは聡明で知られ、王宮に務める学者たちと喧々諤々の議論を行なえるという。ユリウスは後でミリアと婚約することになる。
次に2人目は、帝国宰相であるガトレント侯爵の息子、カール・フォン・ペンドラル。銀髪に眼鏡を掛けていて、非常に知性的だが、性格は腹黒く、目的のためには手段を選ばないところがある。彼は既に父である宰相の職務を非公式ながら輔弼する立場にあるという。
3人目は、帝国騎士総長であるレーベン子爵の息子、フリード・フォン・ベルガー。赤髪で、戦闘能力は随一だが、いつもどこかふざけており、多くの女性との交友関係の噂が絶えない。いわゆるチャラ男キャラだ。☆学では皇太子ユリウスの護衛を勤めていたが、しょっちゅう抜け出して女遊びをしていた。今は、帝都で行われた闘技大会に特例で参加を認められ、3回戦まで勝ち上がった、と父親が言うのを聞いた。
4人目は、帝国教会の重鎮、アドレット教義枢機卿の息子、ルーク・バルディ。黒髪で、聖職にあることから常に法衣をまとっている。堅物で生真面目、しかし情に篤い、というキャラだ。今は史上最年少で帝国教会の司祭資格を得て、巡回司祭として各地で説法を行なっているという。
5人目は、学園の校長であるエーリッヒ・ビトリウス。緑髪で温和な老人である彼は神出鬼没で、学園内でトラブルがあるたびに突然現れて、騒ぎを収める。その正体は現皇帝アルフレド2世の年の離れた弟であるエーリッヒ・フォン・アレンディナ=ヴァレンディアであり、継承権争いを避けるために身分を隠し、20代後半でありながら老人の様な変装をして、熱心に教育に取り組んでいる。今、エーリッヒは宮中に高位の武官として勤めているが、後に学園が設立されると、離宮に隠棲するという名目で姿を隠し、平民エーリッヒとして学園長になる。
そして最後の6人目の隠しキャラ、隣国ウォートリア王国の国王ベルトラン1世、あだ名は黒騎士王。30代後半の彼は共通ルート最後で帝国へと侵攻するウォートリア王国の国王である。ヒロインが個別ルートに入り、帝国がウォートリアに勝利した後は王位を弟に譲り、自らは人質として帝都に滞在することになる。他5名の攻略対象のルートを全てクリアしていると、隠し選択肢が現れて、ルートが開放される。今はまだベルトラン王子である彼は、ウォートリア王国最精鋭の黒色騎兵隊の指揮官として、反乱貴族の討伐などで、既に名が知れ渡っていた。
隠しキャラであるベルトランを除いた5人のメイン攻略対象は、☆学開始時点で何らかの心の闇を抱えている。
まずユリウスは自分の人生が、父親の敷いたレールにしたがっているだけだと不満に思っており、父親である皇帝が勝手に決めた婚約者であるミリアへも憎しみのような感情を抱いている。しかも、そんな気持ちを表に出さないように努めているため、強いストレスを感じている。
次にカールは知性があるだけに、人間の心の汚さに気付いてしまい、表面上は友好的だが、いつも何処か突き放すかのような態度を取ってしまう。一方で、そんな自分に対しても絶望していて、自虐的な言動を多くする。
フリードは子供の頃に母を失い、父からは突き放されるように育てられたことで、孤独感を抱いている。そのために、不真面目になり、家族のぬくもりを求めて女遊びを繰り返している。
ルークは最年少の司祭として周りから賞賛されているが、一方で権力者である父のおかげで司祭になれたのだ、と陰口を叩かれており、そのために教会の権力を忌み嫌っている。
エーリッヒは、学園長としてやりがいを感じているが、皇族として育ってきたために、自分のやっている事が皇族として正しいのかを疑ってしまい、それを誤魔化すように学園の職務に取り組んでいる。
ヒロインは☆学のストーリーの中でそんな各キャラクターの心の闇を晴らし、彼らとの絆を深めていくのだ。
私は現在、11歳になった。☆学のストーリーが始まるまで、残りは4年のはずである。しかし、気になることがあった。学園が創設された様子がないのである。
☆学のゲーム内では、学園が創設されたのはヒロインたちが入学する5年前とされている。つまり私が10歳の時のはずだ。その目的は「貴族の子弟に平等な教育を施し、また子弟たちの結束を高めて、帝国の統治を磐石とする」とされている。一応、入学させるかどうかは各貴族の自由意志に任されてはいたが、高級貴族や帝国の要職者の子弟たちは、全体の模範として半ば強制的に入学させられていた。しかし、今のところ、そのような布告や勅令が発せられた様子は無い。
学園の創設とともに武官職を辞し、身分を隠して学園長になるはずのエーリッヒも、武官のままだ。父から借りてきた最新の帝国重職者名簿にも、「帝国給馬長官 エーリッヒ・フォン・アレンディナ=ヴァレンディア帝弟殿下」とはっきり記されている。
学園の創設のタイミングが多少ズレても問題はないと思うが、気がかりである。私は帝国重職者名簿を父に返すついでに聞いてみることにした。
「お父様!」
父の執務室に入って、仕事に集中する父に声を掛ける。
「どうした、私の可愛いミリア」
いかめしい顔で仕事をしていた父は、私を認めるとニヘラと表情を崩し、猫なで声を答えた。
ドレスや宝石をねだらなくなり、また熱心に勉強するようになった私に対して、父は激甘になった。前に帝都から、「ミリア嬢を皇太子殿下の話し相手として招聘したい」との要請があった時も、私が「お父様の助けになれるように、勉強を優先したいのです!」と言ったら、大喜びで断りの手紙を書き出したほどである。
「貴族の子弟を集めて教育する「学園」というものが出来ると聞いたのですが?」
「それはどこで聞いたんだい?」
父に学園についての疑問をぶつけると、父は一瞬キョトンとした顔をした後、不思議そうに聞いてきた。
「分かりません、家庭教師の先生方の誰かが言っていたような気がします」
私がそう言うと、父は納得していないような顔をしていたが、「あまり口にすることではないから、大っぴらに話さないで欲しいのだが……」と勿体つけた後、おもむろに口を開いた。
「一昨年くらいに宮中でそんな計画が持ち上がったが、中止になった」
「え!?」
「計画を主導していたルーベラン伯爵という人物が、公金を横領していたのが発覚して失脚したんだ。今では、「学園」なんて言葉を口に出すものは宮廷では誰もいないよ」
付け加えるかのように、小声で伝えてくる。
「そんな……」
父が言ったことが消化しきれていない。頭の中がグルグルとしてくる。
動揺しているのを父に見られると心配されてしまう、と頭のどこかで思う。
「私は関わっていないが、それでよかったと思っているよ。ミリアが帝都に行ってしまったら、私とはなかなか会えなくなってしまうからな」
父が何かを話しているが、処理できない。とにかく、一刻も早くここを離れて自室に戻ろう。
「教えてくださってありがとうございます、お父様。あ……、これは借りていた物です」
ずっと手に抱えていた帝国重職者名簿を父の執務机の上に置く。
「うむ。またいつでも、何でも聞いてくれ」
私の様子には気付かなかったらしく、父は仕事に戻った。
私は、何とか平静を装って執務室から出た。廊下を歩く間にも顔から血の気が引いていくのを感じる。
「お嬢様、どうなされました?」
よっぽど酷い顔をしていたのだろう。自室に戻ると、衣装ダンスの整理をしていたメイドのアナが私に声を掛けてきた。
私はそれを無視し、アナの横を通り過ぎる。
着の身着のまま、私はベッドに倒れこんで、目を瞑った。
次話は1月26日午後9時に投稿予定です。
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本話投稿の1時間後に、本作とは何の関係もないSF短編を投稿します。
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