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1-8

「ソフィ、ソフィって言うのね、あなたの名前。素敵な名前だわ」

リナはそっとソフィの頬に触れた。

その感触は人間の皮膚より柔らかで、ほんのりと温かく、触れられるのを優しく拒絶するように、するりとリナの指先を滑らせた。

「くすぐったいわ」ソフィは言った。

「ごめんなさい。けれどあまりにその……、美しくて」

「違うの。もっと私に触れて? 私はそのためにあるのよ?」

「ソフィは、触れられるためにあるの?」

「ええそうよ。触れられ、抱きしめられ、愛されるために存在しているの」

「愛されるため……」

「ええ、そうよ」

眠りから覚めたばかりのソフィの目はどこか虚ろで、けれど覗き込むともうそこから抜け出せないような神秘的なブルーの泉だった。まるで写実的な風景画を額の中に見るように、その向こう側にもまた世界が広がっていた。意識が吸い込まれていくのを感じた。向こう側に行くことを切望していた。初めて気づいた。私は囚われている。胸の奥にある狭い小部屋に(はりつけ)にされている。息苦しい……、いや違う。私は呼吸がしたいのではない。呼吸から解放されたいのだ。この血の巡りから解放されたいのだ。脱ぎ捨てたいのだ。

ソフィ……。リナはその瞳の中に溺れたいと思った。

「さあ、私を抱きしめて?」

リナはソフィに言われるまま、その小さな体を持ち上げ、抱きしめた。

「さあ、いま、どんな気分?」

「わからないわ。なんだか、苦しいわ」

「どんなふうに苦しいの?」

「外に出たがっている」

「何がかしら」

「私……、私がよ」

「あなたはここにいるわ」

「違う……、違うのよ。根源的な何かよ。私を包み隠しているこの体から、解放されたいの」

「それはあなたの心よ」

「ココロ? それは何?」

「あなたをあなたたらしめているものよ」

「私の本質のようなもの?」

「ええ、そうね。体がどんな形になろうとも、老いても朽ちても、あなたがあなたでいることを了知するもの」

「私が、私だと思っているものは、私ではないと言うの?」

「ええ、そうよ。あなたが目で見ているあなた自身は、他人が見ている他人自身と何ら変わりはない」

「では、私は私の存在をどうやって感じればいいの?」

「私を、愛すればいいの」

「愛する?」

「あなたの心を、私の中に……」

「あなたの中に、私の心を差し出せばいいのね……」


外はすっかり明るくなっていた。

霧が出ている。

まるで木々が深い呼吸をするように、霧は時おり方向を変えて風に流された。

やがて木々の隙間から落ちてきた細い光は、まるでそこに命を与えるように金色の矢を放った。

「もう話せるようになるなんて、こりゃ驚いたね。言語機能の成熟は、あと早くとも二週間はかかるはずだったんだが……」ラリーはそう言って目を丸くしながら帰っていった。

リナは椅子に座りながら、ソフィを抱きしめ膝に置き、外の景色をじっと眺めた。

「まだ私の名前を言っていなかったわ」

「あなたの名前はリナ、知っているわ」

「どうして私の名前を知っているの?」

「ずっと見ていたもの」

「そうね……、そうだわ、私たち、ずっと同じ部屋にいたのだものね」

「私はぜんぶ知っている。リナ、あなたが生まれた時から、この部屋で暮らし始めた時、その全てをこの目で見て、この耳で聞いてきたの」




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