表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

1-4

重力コントロール装置のすぐ横の床が開き、機械の腕が伸びてきた。

その腕はまるで老人の手先のように動き、リナの首元に露出したフィグツリーのメイン回路を取り外しにかかった。


「あなたのこと、なんて呼べばいいかしら」

「ああ……、そうじゃな。tu ラリーと……puedes llamar……」

「ラリーと呼べと言ってるの? ラリー、また言語機能が混線してるみたいよ?」

しばらくの沈黙があった。体を動かすことができないので見えなかったけれど、きっとラリーはまたさっきのように手のひらをこちらに向け、「ちょっと待ってくれ」とジェスチャーをしているに違いないとリナは思った。

「すまんすまん。思わぬ質問をされると、意識が集中できなくなるようじゃ」

「思わぬ質問?」

「ああ。名前を聞かれたのなんて、二十年ぶりのことでな」

「名前は特に意味がない?」

「ああ。ここで交わされる会話に、名前を知ることになんて、意味がない」

「でも、私は必要だって思ったわ」

「そうじゃな。名前を知る。それは相手個人に興味を持つと言うことじゃ。面白い。とても面白い」

「よくわからないけれど、それは特別なことなのね?」

「ああ、特別だ。特別だとも」

「それでは、そうね、私の名前も教えるわ。リナと言うの。私の名前よ?」

「リナ、そうかリナ。わかった、そう呼ぼう」

「これも特別なこと?」

「ああ、そうだとも。特別だ。とてもとても、特別なことだ」


皮肉なことではあるけれど、戦争は時に、技術進化の起爆剤となる。

2500年代、技術革命が起こり、いくつかの不可能と言われていた技術が現実のものとなった。

反重力、宇宙でのワープ航法、それを利用した瞬間的な移動、人の意識のコンピュータへの完全移植など。

フィグツリーもまた、その一つだった。


「ところでそう、?Donde encontraste……、ソれ……、ミツケタ……、フレンチ Doll of the 明治 era?」

「それをどこで見つけたかって聞いてるの?」

「To attends……、い、いや、ちょっと待ってくれ……、また……、う……、うん。これでいいだろ。どうだ? ちょっとはマシかな?」

「ええ、だいぶましよ」

「で、変わった物を持ってるね」

「アンドロイドのこと? こんな小さいものは珍しいとは思うけれど、そんなに変わった物かしら」

「ああ、変わった物じゃよ。それにそれは、アンドロイドではないんだ」

「アンドロイドではないの? 部屋の片隅に置いてあったのよ。壊れているから、直してもらおうと思ったの」

「壊れているわけではないんじゃよ」

「そうなの? けれど動かないわ。話すこともない」

「もともとそう言うものなんじゃ」

「もともと、動かないって言う意味かしら?」

「ああ、そうだよ」

「動かない物を、作ったって言うこと?」

「ああ、そうだよ」

「わからないわ。なんのために?」

()でるためにじゃよ」

「愛でる? 初めて聞くわ」

「可愛がり、愛するってことじゃ」

「それは……、わからない」

「感情の一つなんだが、今はもう存在しないものなんじゃよ」

「そう……、つまり、『嬉しい』や、『悲しい』の、一種なのね?」

「そういうことじゃな」

「そう……。では、その動かないアンドロイドを持っていれば、私にも『愛でる』ってことが理解できるかしら」

「もしかしたら、あるいはな」

「もしかしたら、あるいは……」


フィグツリーからメイン回路が取り外されると、リナは体中の力が抜けるのを感じた。

意識は明瞭であるのに、身体は指一本動かすことができない。

「心配ないよ。フィグツリーは脊髄を介して身体の運動機能にも影響しているから、メイン回路を取り外すと、一時的に身体の感覚が無くなるんだ」ラリーはそう説明した。

「ええ、大丈夫よ。ただちょっと、不思議な感じがしただけ」


子供たちは、大人になるまでほとんどの時間を自分の部屋で過ごすことになる。そのため身体機能が向上せず、心身の発達が望めない。それを助けるため、フィグツリーは定期的に身体の筋肉や神経に刺激を与え、必要な運動量をまかなう役目も果たしていた。


「ところでそれは、アンドロイドではないんじゃよ」

「アンドロイドではない。では、それはいったいなんなの?」

「人形と言うんじゃ」

「ニンギョウ?」

「ああ。だいぶ昔の子供のおもちゃさ。ずいぶん昔のな。アンドロイドができるよりずっとずっと昔のな」

「アンドロイドのできるより昔?」

「ああ、その通り」

「アンドロイドがいなかったってこと?」

「アンドロイドがいなかったってことじゃよ」

リナは少し考えて答えた。「そんなの想像できないわ。それでは、いったい誰が食事を用意してくれるの?」

「お母さんじゃよ」

「お母さん? お母さんが、食事を?」

「ああ、そうさ」

「わからない。お母さんなんて、ホログラムでしか見たことないもの」

「ああ、そうじゃな。お母さんなんぞ、ホログラムの中にしかおらん」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ