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気を失っていたようだった。

横向きになって、川の流れの中に目を覚ました。

寒かった。

凍えるように寒かった。

日は沈んでいた。

西の空がかろうじて赤く染まっていた。

水に浸かっていた方の耳が聞こえなかった。

左足がひどく痛み、怪我をしていたのを思い出した。確かめてみると、血は止まっていたものの、傷は思いのほか深かった。暗くてよく見えなかったが、顔を近づけ、足の指を動かすと、傷口の中に指を動かしていると思われる筋肉が動くのが見えた。

リナはうめき声をあげた。

どうすればいいのかわからなかった。

昼間の暑さが嘘のように寒かった。

寒い……。

寒さは気温だけではなく、身体の中からも感じられた。

寒い……。

けれどなんだか、暑いような気もした。

身体の中が、熱くて寒かった。

眩暈もした。

暗さのせいだと思ったが、そうではなく、目の前に靄がかかったように視界が悪かった。

「水から出た方がいいわ」ソフィにそう言われてなんとか立ち上がった。

けれど、どこに向かえばいいのかわからなかった。

鹿の親子が休んでいた木陰が見えた。

鹿の親子はもういなかった。

そこは酷く心地の良い場所に見えた。

リナは足を引きづり、そこに向かった。

左足に思うように力が入らず、足場を選んで進んだので、目の前に見えるその場所が果てしなく遠かった。

やがてその場所にたどり着くと、リナは再び気を失った。


次に目を覚ますと、もう夜になっていた。

熱にうなされて目を覚ました。

冷たい汗をかいていた。

辺りは暗くて何も見えなかった。

ただ川の流れる音が耳障りなほどうるさかった。

虫の鳴き声も聞こえた。

カエルの声も聞こえた。

けれど右耳からは何も聞こえなかった。

昼間に気を失っていた時、水に浸かっていた方の耳だ。

片耳しか聞こえないのに、すべての音が頭の中で地響きを立てるようにうるさかった。

やがて右耳が痛むことに気が付いた。

聞こえないだけではない。

痛い……。

右耳から血が流れているのではないかと疑った。

右耳を押さえていた手のひらを確かめたが、血は流れてはいなかった。

ただ痛い……。

とてもとても痛い。

何かでふさがれたような感じがした。

水がまだ溜まっているのだと思った。それで聞こえないのだ。

けれど、いくら頭を振ってみても、耳に指を入れてみても、水が出てくることはなかった。

ただ、ひどく痛い……。

熱くて、痛い……。

リナはどうすることもできず、ただ右手で右耳を押さえつけるように塞ぎながら、じっと痛みに耐えた。

そうするうちに、やがて吐き気も襲ってきた。

何かを吐こうとしたが、何も吐き出すことはできなかった。

喉の奥に、なにやら冷たいものを感じただけだった。

リナはフィグツリーに、身体の診断機能があることを思い出し、それにアクセスした。

それを使うのは初めてのことだった。

部屋にいる間、病気も怪我も経験したことがなかった。

頭の中にフィグツリーの声が聞こえた。

フィグツリーがまだ使えることに安堵した。

フィグツリーは、右耳の痛みが外耳炎であること。耳の中がひどく腫れて塞がれ、そのせいで聞こえないのだと言った。また食中毒の症状も出始めていると言った。川の水に含まれるカンピロバクター、大腸菌などが原因と思われる。また、左足の傷による感染症を防ぐため、ただちに治療が必要だとも言った。そして単純に風邪もひいており、それらの総合的な原因により、熱が三十九度を超えており、治療は急を要するとのことだった。

「ねえソフィ、またあの話を聞きたいわ」リナは朦朧とする意識の中で、目を閉じたまま、ソフィに話しかけた。

「あの話?」

「ええ、ミルの話、ヴァレンチンの話を」

「旅の話ね」

「ええ。ミルたちも、こんな苦しい思いをしたのかしら。私は生き残ることができるのかしら」ほんとを言うと、リナはどんな話でも良かった。ただ、ソフィの声を聞いていたかった。

「そうね。ミルたちも、苦しい思いをしたわ。こことは違って、とてもとても寒い場所だったけれど、飲むための水もほとんどなく、ただ歩き続けたの」

「水が……、川はなかったの?」リナは顔を起こし、目を開けたつもりだったけれど、うまく瞼を広げることができなかった。

「あったわ。けれど、川の流れは凍り付いていた。手のひらで掬うことはできなかったのよ」

「そう……、そうなのね……。水は……、水はとても冷たくて、美味しかったわ……」そう言ったきり、ソフィの話を聞くこともなく、リナはまた酷い熱に気を失った。




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