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森はどこまで歩いてもその景色を変えなかった。

どこまで歩いても、森は森だった。

「暑い……、暑いわ」リナは独り言を言った。

暑さはフィグツリーの体験プログラムで経験していた。

けれどそれはあくまでプログラム内での疑似体験だった。

プログラムが終了すると、またいつもの空調の管理された部屋にいた。

喉も乾かなかったし、汗一つかいてはいなかった。

それはただ、現実に限りなく近い夢を見ていただけだった。

「水を探しましょう」ソフィが言った。

「水?」

「ええそうよ。知ってるでしょ?」

「ええ、知ってるわ」

「本物は見たことがないのね」

「ええ、ないわ」

「生きていくのに、一番必要なものよ」

リナは両腕でソフィを抱きかかえ、ゆっくりと地面を見ながら歩いた。

様々な感触が足の裏に伝わってきた。

踏みしめた腐った落ち葉の柔らかさ。

冷たく絡みつく見知らぬ植物の葉。

岩の硬さ。

木々の根に何度か躓いた。

朽ちて倒れた木をまたぐとき、触れた木の下から何匹ものムカデが地を這った。

それを踏むまいと足を大きく踏み出した勢いで転んだ。

ひざをひどく擦りむき、しばらく動くことができなかった。

頭上で見知らぬ鳥が、まるで何かの警告を発するようにクアーーーっ! と、けたたましく鳴いた。

顔一面に蜘蛛の巣が絡みつき、その細く見えない粘着物はぬぐってもぬぐっても顔や髪のどこかに残って取り切れなかった。

何かの死体を踏みつけた。

ぐちゃりとした感触を足裏に感じたが、気が付いた時には遅かった。

鼻を衝く腐臭とともに、何十匹ものハエが脚に絡みつくように舞い上がった。

慌ててその場を立ち去ったが、足裏にいつまでもその感触が残った。

木々の間から太陽が照り付けた。

もう泣く気力も失っていた。

立ち止まる気力も失っていた。

歩く足をどう止めればいいかわからなかった。

森は、どこまで歩いても森だった。


「川の流れる音がするわ」ソフィのその言葉に、リナはただひたすら通り過ぎる地面だけを見つめていた顔を上げた。

「川と言うのは、水の流れる場所ね」

「ええ、そうよ。水を飲めば、喉を潤せるわ」

その言葉を頼りに、リナは川の音のする方へ歩いた。

木々がやがて減り、大きな河原に出た。

足の裏が擦りむけてひりひりと痛んだ。

何かが刺さったような鋭い痛みもあった。

何かの死体を踏みつけた時からだった。

リナは早く水にたどり着きたかったが、踏みしめる石は焼けたように熱かった。

そして不安定で、なかなか歩くことを許してはくれなかった。

鹿の親子が木陰で休んでいた。

リナの様子が気になるのか、大人の鹿が首をもたげてじっとこちらを見つめていた。

河原には、川の流れの横にいくつもの水たまりがあった。

リナはしゃがんで、その水に手を差し入れようとした。

「それは飲んでは駄目よ」ソフィが制した。

何匹もの黒いオタマジャクシが隠れる場所もないのに水たまりの中を逃げ惑った。

「溜まっている水は飲んでは駄目。流れている水を飲んで」

ソフィの言葉通り、リナはまた立ち上がり、ゆっくりと川の流れに近づいた。

鹿は相変わらずじっとリナの様子を窺っていた。

浅い川の流れに足をつけると、赤い血が漂った。

振り返ると、リナの歩いてきた石の上に、赤い足跡が残っていた。

見ると、左足の裏に何かが刺さり、傷が開いていた。

それまで何も感じなかったのに、急に痛みを感じて水の中に座り込んだ。

足の裏を押さえ、けれど痛みに耐える以外、どうすればいいのかわからなかった。

「さ、水を飲むのよ」

ソフィのその言葉に喉の渇きを思い出し、リナは手に掬って水を飲んだ。

始めて飲む、純粋な水の味だった。

耐え切れず、リナは寝そべるように四つん這いになり、泥が漂うのも気にせず水に顔を浸し、喉に流し込むようにその水を飲んだ。






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