#007 『犬の名は』
西暦2029年11月3日 午後――時――分
!? あーーーーやっちまったー!
頭を抱えて、その場にうずくまる俺。
俺の周りの雰囲気と煩さに便乗して、こっそりと心の願いを、渇望を口にする計画は、そうれはもう、盛大に失敗した。
あとはこの場から誰にも気づかれず、こっそり脱出するだけだったが、これでは間違いなく注目の的である。
そもそも、公園に入れて良いのか怪しい上に比較的珍しい〈黒柴犬〉とか連れてるしなぁ。最悪や。
つーか、今何時だ。現在の時刻はーっとあれ?
腕時計の表示がバグっていて時間がわからない。壊れたか?今?
確かちょっと前まで見れてたよな。
携帯端末の方をみると、そっちも表示がおかしくなっている。
しかも、しかも電波も駄目だ。5G通信が途切れている。
なんだ?こんなこと滅多に無いのに……
ん?
何かおかしい。
まわりはまた、騒がしくなったのだが、何やらさっきまでと様子が違う。
誰ひとり、俺の方など気にも止めていない。
その理由は、うずくまった状態から立ち上がって空を見た時、一瞬で理解した。
「……まじかよ」
そこには流星の中にひとつ、〈明らかに大きな物体〉が輝いていた。
輝くという表現があっているのか、瞬いて一瞬で消えてゆく星屑と違って中心は黒く、鈍く輪郭を光らせる物が空に鎮座している。一瞬で落ちてくるとか、そういう様子ではない。
きっとまだ、かなり距離があるからだ。
とにかく肉眼でも確認できる大きな〈何か〉が見えている。
さっきまでは確かに無かった。
いや、おかしい。気づくはずだ。あんな物。
あれがもし〈小惑星〉とかの〈天体〉だとしたなら、とっくに人工衛星が観測している。
昼過ぎの時点で飛来する彗星は地球の重力圏から、かなり離れた場所を通る事がすでに確認が取れていたはずだ。
そうでなければ、皆こんなお祭りさわぎで公園で楽しんではいない。
突然飛来したUFO?いや、そうは見えない。
……そんな馬鹿な。まさか……な。
誤情報だった?
軌道計算をミスした?
いや流石に人類はそこまで馬鹿ではない。何度も何度も精査したはずだ。
「事実を隠した」……その線はありえる。
だが、そんな事。数多く居る天体専門家をすべて黙らせ、隠しきれるだろうか。
とにかく〈あれ〉はヤバい。
肉眼で見えているにも関わらず、この時間でその見える大きさがそこまで変化していない。
これは、その物体まで距離がある程度あり、かつ、とてつもなく大きい事を意味する。
だが、確実に近づいている。
ここですぐ正確な時間までは割り出せないが、見えている時点で、もうそんなに時間は残されていないだろう。
もう一度確認したが、ネットワークが死んでいて現在起こっている情報を手に入れることも出来ない。
これも今の状況と無関係ではないだろう。
おそらく人類がまだ、体験したことのない巨大隕石が地球へ落ちようとしている。
まさしく緊急事態だ。
昔インターネットで調べた情報だが、約6600万年程前、メキシコのユカタン半島に落ちた巨大隕石は恐竜絶滅の原因になったそうだ。
その時の巨大隕石のサイズが直径10~15キロメートルと言われている。
あくまで俺の知る情報での分析だが、見えている隕石はどうみてもそれより大きい。
ここまでを聞いたら、このあとどうなるか、中学生でも理解できるだろう。
今、唐突に人類の歴史が終わりを告げようとしていた。
まわりはもう当然パニックだ。
事態を察し、俺同様呆然と空を見上げ立ち尽くす人、とりあえずこの場から離れようと逃げ惑う人々。
精神がぶっ壊れたのか、ただ笑ってる奴。まぁ今の状況なら分からんでもない。
各々の行動で性格がある程度分かる。
だが、こうなっては今更どこへ逃げようと無駄だ。
これなら何も知らないほうが幸せまである。
日本の軍には無理として、NASAが何とかするだろうとか思うかもしれないが、核兵器で隕石を壊すみたいな話はあれは映画だけの話だ。
実際は巨大隕石は現在人類が作り出せるエネルギーで何とかなる代物ではない。
それこそ星に願いをかけて奇跡の力でなんとかするしかないのだ。
皮肉なことにその星そのものが諸悪の根源で脅威なのだが。
……笑えねぇ。
(はぁ。駄目だ、これは。終わった)
「……すまんな。わん公。どうやら、お前を飼うことはできなさそうだ」
「クゥーン」
「でも、ずっと一緒の約束は果たそう」
「わん!」
上司ともメールでしかやりとり出来ないコミュ障の俺が、犬とは会話できるんだな。
もっと早く知りたかったぜ……
こうしている間にも、終わりの時は刻一刻と近づいていった。
……今思うと、なんであんな〈願い〉本気で考えてたんだろう。
さっきまで絶対叶うつもりでノリノリでやってたよな俺。恥ずかしい。
俺はもう服が汚れるのも気にせず、地べたに座って抱え込むように犬を抱き、犬の頭を撫でた。
「あー。そういや、お前〈名前〉付けてなかったよな」
「クゥ?」
「そもそも、俺の名前も教えてなかったな。俺の名前は〈レイト〉っていうんだぜ」
(クンクン)
何やら〈犬〉は俺の懐の匂いを嗅いでいる。
「……それでだ。考えたんだけど。……やるよ、俺の名前。お前に」
「もう使わないし、誰にも呼ばれないだろうしな。お前が使え。天国とか?どこか遠くの世界で」
俺はそのまま、独り言のように犬に呟き、話しかけた。
「俺は多分、地獄行きだから一緒には行けないかな。俺そんなに良いやつではないんだ。変人だし、嘘つきだしな」
「よし! お前は今から〈レイト〉だ!」
「ワン!」
――このあと
俺は脳が直接焼けるような灼熱を感じとり、生まれてこのかた体験したことのない強い光に包まれた。
この時、せめてあの〈犬〉、レイトの〈願い〉は叶うといいな……そう〈願い〉直したんだ。
もう、熱いのかどうかすら分からない。
もう、光でまわりは何も見えない。
もう、痛みも感じない。
最後に残った感覚は、目を閉じても、ずっと、ただ、ずっと眩しかった――
【次回予告】
飛行船から飛び降りた俺達は未知の領域、星海をゆく。
そこでちょうちんが照らし出すものとは?
「次回! ちょうちんわん公がゆく 第8話『わん公、星海を照らし』 今度も甘くないぜ」