#006 『願い』
西暦2029年11月3日 午後9時27分
「お前、どーしてくれんだよ。いきなりだったから、始末に昨日買った〈洗顔シート〉全部使っちまったぞ」
厚手のやつで助かった。ほんとに。
まさか、ズッ友宣言した直後に下の世話をさせられるとは思わなかったが、かばんに入っていた物で何とか事なきをえた。
「っておい、コラ! ネクタイを噛むな!」
俺のお気に入りの水色の肉球柄のネクタイを咥えて離さない〈犬〉。
こんなにはしゃいで、遊んでほしいのだろうが、俺の今の精神的余裕の無さでは、これを笑って受け入れるのは難しい。
今日は仕事だったから、ワイシャツにネクタイだが、別にうちの会社は設立時からネクタイの着用義務はない。
ただ、俺が好きでオシャレで付けているだけだが、そのネクタイが今、犬に噛み千切られ、ボロボロになっている。
以前言った事は撤回しよう。
こいつはきっと、頭が悪い〈犬〉だ。賢そうに見せかけている分、余計たちが悪い。
犬は飼い主に似るというが、そんな所を咄嗟に寄せてこなくても結構である。
先が思いやられるぜ。
もしかして俺が餌をあげたせいか?……まぁいいや、そんな事。
あーそうだ、そうだ。犬にかまけて忘れていた。星に願い事言わないとな。
えーと、願い願い。欲しい物?んー?ん?
欲しいものは一杯、それこそ星の数ほどあるけれど。
あると思うんだけど。
周りから聞こえてくる皆みたいに〈一息で叫ぶ〉となると、なんだろうな。なんか絞れないな。
俺、身長が163cmで微妙だから、平均目指してもう10cmくらい欲しい?
いや、切実すぎるだろ。星に願うにしてはなんかロマンがないし、自分でそれを空に叫んでるの想像して悲しくなったわ。
友達。……駄目だ。こればかりはなんか、他に頼ってはいけない気がする。友達を天に願うその時点で敗北者だ。絶対に駄目。
んー不老不死とか?いやーそんなんいらんな。
富か、地位か、名誉か。無難ー。いやコレ欲しいけど候補。保留!
やっぱ力か。多少力強くても現代科学の前ではなぁ〈大いなる力には大いなる代償を伴う〉とか偉い人が言ってた気がするし。英雄とかめざしてないしな。変に目立つと恥ずかしいし。
土地?世界の半分をもらって、世界征服的なーって半分しか征服できとらんやんけー。
…………。
空を自由にとびたいなって、それはドラ○もんに頼むわ!ベタかよ!
……やっぱ俺、馬鹿かもしれん。
我ながら変態極まりない。容姿こそ整っているとは思うが、中身が凶悪だ。
けっこうな自己中だが、そんな事問題にならない、コンマ数秒の瞬時にこの思考が出てくるこの〈変人〉さ。他人と考えがすれ違い、思考と言動の同期が取れず誤解され、まったく話が噛み合わないボッチの原因がここにある。
俺の頭の中、一見高速回転してるようで、無駄情報が満載だわ。
正確に測れているか怪しいIQ139も実生活にイマイチ役に立たない。思考整理が苦手にも程があるぞ。
馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ。紙一重で馬鹿の方に測り針が指し示しているのが見える。
えーい!バカバカ!俺のアホー!
がんばれーがんばえーがんばー俺の脳みそー!
「よし!」
俺は何かを思い出したかのように、懐から手帳とペンを取り出し、今考えたことをメモしだした。
頭の中だけでは整理しきれない事もある。
望みっていうのは案外、紙に書いたり、情報端末に入力してみたり、音声情報として口にしてみないと駄目なのかもしれないな。勉強になったわ。その勉強すら、すぐ忘れるからメモるんだが。
「……できた」
俺は手帳を駆使し色々頑張って、5分くらいで一息で口に出来そうな〈願い〉ができた。
手帳は相当使い込まれており、革製のカバーの中に数種の小さなノートがクリップや紐で結ばれ挟まっている状態である。これは海外製の手帳を買ってカスタマイズした物であり、俺のお気に入りだ。
それのとあるページは元々白かったものが、びっしりと書き込まれ、遠目に見ると中央に向かって黒くなって見えるほど書き込まれ、その〈願い〉は完成した。
「はぁ……ふぅ」
足元の〈犬〉を撫でながら再度周りを見渡す。
外からみたら、「なんであのリーマン冬なのにあんなに汗をかいてるのかしら?」と思うことであろう。
答えは、俺が本気を出すと、例え一歩も動かずとも、一瞬で異常にカロリーを消費して体が火照る〈変態体質〉だからだ。まいったか。
普段ならこの症状は、非常に恥ずかしいので封印するべき所だが、もうそんな小さな事で臆する俺ではない。
この〈願い〉を叫んだら、俺はこの混沌の渦巻く公園から逃げるようにダッシュで帰って、たまには朝まで沢山寝るのだ。キッチリ8時間以上寝るのだ。そう決めたんだ。
(お前がいなかったらここまで辿り着けなかったかもしれない、助かったぞ)
そして、いぜん星降る夜空に向かって、深呼吸をし息を整え準備する。
「すぅ……はぁーーーすぅーー……」
「この野良犬のように! 自由に何処へでも行けて! 金銭的、時間的自由と! 輝かしい未来が欲しいっ!」
「わん! わん! わん、わん!!」
やってやったぜ、と言わんばかりの勢いで叫んだ〈俺の声〉と足元の〈犬の鳴き声〉を発した時、偶然にもその瞬間、まわりが急に静まり返った。
上空は大自然が瞬き、地上は人々で溢れかえる異様な夜の公園にその〈願い〉は響き渡った。
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