#053 『涙の迷子坂』
地球と同じ深緑の木々が生い茂るここルビアレス。
背中に乗った梟の囀りを聴き、声高い兎のダンスを横目に歩く道中は逃亡中という現実にさえ目を向けなければ楽しい冒険のさなかと言える。
死闘があってから丸一日特に危険な事もなく、図太くなった精神のおかげで睡眠もよく取れて快調だ。
近頃は犬の体にも慣れてきて、片足をあげておしっこが出来るという技も身につけた。
あくびをして背伸びをし、朝日と浴びて元気を補給して進む犬の散歩。
小高い山を越え、ゆるい下り坂を歩いてゆく。
順調に思えた旅路だった。
そう思いたかった……
「つーか、どこだよここ!?」
「ウム、知らん!」
本当は大自然の中で絶賛迷子になっている獣三匹であった。
「なぁ、あれ見ろよバウム。なんかあっちの山、火事になってない?」
「ウム、燃えておるの」
向かっている方角の方をよく見ると山火事で一帯が燃えまくっている。
空へ昇る大量の煙が雲と途中で合体して不思議な景色になっていた。
「こっちまずいだろ行ったら。絶対迷子だこれ。 例の目で見てくれよ」
「嫌だあれは疲れるんだの。それに方角はだいたい合っとる。ウム」
「ピエーン」
喋れないエクレアはこんな時、もちろん何の約にもたたない。
始めから期待してない分、解決策を持っているバウムの方がたちが悪い。
「ウム。しかたないの。大サービスで気分を上げるために歌ってやろう」
「どうしてそうなるんだよ!」
「ウム、では……コホン」
「まいごのまいごのわんこちゃん~♪ あなたのおうちはどこですか♪ おうち~を――」
「ねぇよ! おうち無いから! 気分上がらないからそれ!」
「ピエーーーーーン!」
その歌を聞いてエクレアは泣き出してしまう。
それも当然だ。つい先日家を失って、この旅をするはめになっているのだから。
「ウム、上がらないかの。明るい歌なのだが」
「チョイス! 歌のチョイスが悪い」
バウムは知識があり頭も良いが、単に冷徹なだけではなく空気も読まない上にどこかズレていた。
「ピェーピエェーーーーーン!」
更に号泣するうさぎ。体積を無視した涙が溢れ散り、空には虹がかかってあたり一面水たまりになってゆく。
通称、宝涙うさぎの名のもとに物理法則を捻じ曲げて乾いた大地に天気雨をふらしていくエクレア。
その小さな魔獣は時と場所さえ間違えなければ、神がかった優秀な力を持っていた。
「ほら見ろ、エクレア爆泣きしてんじゃんよ。サイコパスか!」
「ウム、いや、このあとお巡りさんがの……」
「知ってるよ! 困ってしまってわんわんわんだろ? 解決しないからその歌。救われないから!」
「なんだ知っておるのか。つまらんの。ウム」
(てか、日本と同じ歌まであるのか。どういう事だよ)
俺はそう一瞬疑問が浮かんだが、目の前はそれどころではなかった。
「うわ、え!? もう川みたいになってるじゃねーか」
さっきまで水たまりだったエクレアの周りはすでにそこを起点とした涙の道が形成されており、山の下り坂にそって流れる小川となって続いていた。
「なんとかしろよバウム」
「ウム、じゃあ別の歌を……」
「やめろ」
「ヒ゛エ゛ェ゛ェ゛ーーーーーーーー!」
より一層泣きわめくエクレアの目からは大瀑布となって涙が周囲のあらゆる物を押し流す。
「うわぁぁぁ! 洪水だぁ!」
もし『面白い』『続きが気になる』と思ったらブックマークと、広告下にある【☆☆☆☆☆】マークを選んで応援してね!
感想も待ってます。




