#004 『星空に思いを馳せて』
西暦2029年11月3日 午後7時10分
あたりはすっかり暗くなってきた。
人々は相変わらず騒がしく、ここは魔境だったが、各々に夜空を見上げ何かを思う。
だが、まだ流星は見えない。
折角だからアレだよなぁ。何か星に願いを叶えてもらいたいよなぁ。
人間というのは基本的に煩悩の塊だ、大抵の人は手に入るのならば、いくらでも欲しい物があり、その望みは基本的に叶わないから高望みをしなくなったり、多くを望まず慎ましく生きてゆくのだ。
だけれども、今日はそういう〈普通の日〉ではない。
例えるならーなんだ?
そうだなぁ……【突発性流星群】がいきなり流星なんだからー……クリスマスがいきなり来たような――
――なんか違うなぁ。もっと、こう非科学的な。
というか、空飛ぶサンタクロースがプレゼントを持ってやって来るという話自体は、すでに非科学的だけど、何かもっと、もっとファンタジーなやつ。
あれだ、星のついた石を7つ集めて、龍を呼び出す話のような。
いやいや、それじゃ、願いは早い者勝ちで、みんなの願いは叶わないな。
どっちかと言うと七夕の方が近いか、いきなり七夕が来て、それは、毎年訪れる七夕とは違っていて、みんなのもとへ「願いを書いても良いんだよ」って特別な短冊を渡されたような、そんな状態。
「さぁ、願いを言え。どんな願いも全員まとめて聞いてやろう」
まるで、そう言われているような、大自然のイリュージョンとも呼べる、天体ショー付きのイベントがこれから始まるんだ。そりゃ国民の多くははしゃぎもするさ。
メディアでもそういう方向で誇大広告を打ち煽っていた。
まぁ、誰も不幸にならないならこういう誇大広告も悪くはないか。
そう思って、今頃お金をかけまくった特番も急遽組まれている事だろう。
他の報道番組や事件の実況インタビューと違って、実際メディア批判する人も少なかった。
動画配信者の中でもお祭り騒ぎである。
既に目の前で情報端末で自撮りし、実況配信している、なんか見たことある気もする配信者が、わちゃわちゃカメラに向かって何やら喋っている。
「と、いうわけで評価、チャンネル登録よろしくお願いします! ――おっと、すいません!」
「あ、はい……」(ってもうあっち行ったし)
今なんか、周りが見えていない配信者がぶつかって来て謝られた。
見えないが、きっとこの辺一体、こんな人達が送る動画情報やSNS通信で電磁波の嵐だろう。
もっとも、現場の公園がこんな感じじゃあ、動画のリアルタイム実況にどれほど価値があり、視聴者が集まるか甚だ疑問が残るが。
北半球で夜なら、見上げれば、ほぼ同じものが見えるんだから。
そうしているうち、また誰かぶつかって来た。
「はわ! いたいでしょうよー!」
いやいや、それはコッチの台詞である。
なにやら、中学生か小学生みたいな子供?が激しく体当たりしてきた。
桃色のショートヘアにモスグリーンのパーカーを着た可愛らしい女の子だ。
(この子の格好、浮世離れした派手さだな……なんかのコスプレか?)
「はわ! ねぇねぇ。しってる? ほしのかがやきはねー、そのぜーんぶにねがいがこめられてるでしょうよー」
「……うん? うんうん、そうなんだ。へぇー」(何をいってるんだ?こいつ)
どうやらなにか、俺は変な子に絡まれだした。
「はわわ!? あんた、めずらしい〈ほし〉を持ってるでしょうよー!」
星?カバン付いてるキーホルダーの事か?こんなのどこでも売ってるやつだが……
「すごーい! ちょっと、ソレほしいでしょうよー!」
(いや、やらんし。……何なんだコイツ)
さらに変な喋りのコスプレ少女が絡んでくる。
「……えーと、この〈星〉は、あげられないんだゴメンね」
「はわ! はわわ! めずらしい、ヤバイ、ヤバーイ! ヤバイでしょうよー!」
変な少女はそう言い放って、全力で走って行ってしまった。
急いでいたせいか、彼女は何かを落としていった。
「チョコボーロ……」
そのチョコボーロは食べかけで封があいていた。
変なコスプレ女が落とした、シュールに地面に転がるチョコボーロ達。
「しかも、金のエンジェル付いてる……」
ウケる。
「ヤババーーーーーイ!」
遠くから彼女の声がまだ聞こえる。
(……ヤバイのはお前の方だよ。しかし、なんつーインパクトだ)
内心そう思ったが、頑張って忘れることにした。
街灯が少なく、空が見やすいようにと思って広い大きな公園に来たが、これ失敗だったか。
人が多すぎて、むしろ狭い気がする。なんだこれ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
西暦2029年11月3日 午後8時00分
ついに、その時が来た。
地球に迫りくる5000万年に一度の【突発性流星群】とやらが目の前に現れる。
最初に見える光の筋が確認できてからは、もうずっと、周りは大歓声だった。
「……すげぇ」
無意識に声が出るくらい、夜とは思えないほどに、本当に空が明るく、とてつもない光景だった。
夜空を見上げる角度からして、だんだん首が痛くなってくるが、そんな事お構いなしにずっと、ただ、突っ立って星空に見入っていた。
本来、流れ星とは、たまたま地球に辿り着いた数ミリから数センチの小さな星屑が、大気圏の空気摩擦で燃え尽きる時に発する光が見える。という現象である。
これは、普通の流星群が来て沢山の星屑が地球に来ますよーって時でさえ、一般的に1分間に数個とかの単位でしか見えない。
厳密には、その頻度は星屑の密度で変わるので偏りはあるが。
それが、全然数えられないくらいの流星が無数に夜空を飛び散らかしているのだ。
そういえば、流星はよく見るイラストだと、放物線を描いてる物があるが、あれは間違いである。
厳密には重力で多少は軌道が変わるので放物線になるのだが、同じ方向から沢山の星屑が飛来する一連の流星群をもし、全部同時に一枚の絵で書いたなら、人間の目にはある一点から広がる放射状に見える。光の軌跡は直線だ。
例えではなく、もう、これは〈こいぬ座〉の方角から広がる〈星屑のシャワー〉なのだ。
その方角、こいぬ座に内包する一等星〈プロキオン〉が見えるが、有名な冬の大三角を形成する、最も明るい星のひとつに数えられている。
その星がいまや、霞んで分からないほどの光が降り注いでいる。
伝わるだろうか。
今、夜空の景色としては、昔見たタイムワープしてる宇宙飛行船の演出みたいな事になっている。
地球という宇宙船はどこかへ向かってワープしてるんじゃないかと、そんな錯覚におちいる。
そのスピードは、現在進行系で加速しているようだ。
「まじかよ……」
これはヤバい、引く、正直ちょっと怖いくらいだ。
大学受験した時、情報理工学系研究科に入ってしまった為、別に天体の専門家というわけでもないが、天文学にも興味があり勉強したかったので、ある程度の知識はある。
それが、こんな形で役に立つなんて考えもしなかったけれど、仕事に役に立たない趣味での勉強も今思うと無駄では無かったなと、決して届きはしない宇宙に思いを馳せてみるというのは、感慨深いものがある。
もう、このまま仕事も、積みゲーも、浅い付き合いの人達も、終わらない奨学金返済の事も、もう何もかも捨てて、この宇宙のどこか遠いところへ行ってしまいたい。
そんな、究極の現実逃避とも言える感情に浸りながら、輝く夜の空を眺めていた――