#013 『兎の正体』
人は運命に抗えず、自分の正体すら知りえない――
「俺が因果律の外にいて未来を変えられるだと!?」
「いやはや、さよう。ポラリスの魔女が魔法で因果律を捻じ曲げるのと違って、レイト君。キミはそもそもその運命の外にいる例外だ」
「例外ったって俺その魔法に巻き込まれるじゃん」
「もちろん他の影響は受ける。だが、キミの〈努力〉は魔法の力を頼らずとも、未来を! 運命を超えてゆけるというのだ!」
「いやいやいや、そんな事言ったら、努力した奴はみんな未来を変えてるだろうが」
「いやはや、言葉だけでは信じてはもらえんか……」
そう言うとトラベラーは口元を抑え目をつむり黙り込んでしまった。
(まったく、何なんだ。タイムトラベルとか、魔女とか因果律とかファンタジーかSFなのか、はっきりしろよ)
「……キミの世界では、努力をしたら人間は〈犬〉になれるのかね?」
しばらくしてトラベラーは、こう疑問を投げつけてくる。
「……!? いや、普通は無理だな」
「いやはや、そうだろう。キミは間違いなく〈特別〉だ」
「ありえない! それも、お前の言った〈アポーツ〉とかいう魔法が」――
――「違う。そう、じゃないんだ。ポラリスの魔女はレイト君をこの世界に呼び寄せた〈だけ〉だ。他には何もやっていない」
「なん……だと……じゃあ、この、ちょうちんは何なんだ」
「いやはや、それは偶然だ。君がここへ来た時、本来ありえない事だった為、偶然、軍事基地で事故にあった」
……なんという事だ。
俺は自分の能力で犬になったとでも言うのか?
いやいや、そんな筈はない。
だいたい、そんな事望んで――
ん? まてよ。
こうなる前、何やってたっけ俺。
流れ星を見て、野良犬抱えて……
脳内で、あの時の様子がフラッシュバックした。
「この野良犬のように! 自由に何処へでも行けて! 金銭的、時間的自由と! 輝かしい未来が欲しいっ!」
……いやー願ったわー俺。
思いっきり夜空の星に願ったわー。
でも、〈野良犬のように〉って言ったよな。
これまんま〈犬〉じゃん。
俺が自爆して〈やっちまった〉って事か?
いやいやいや、ありえんから。
普通、凄い流星とはいえ、星に祈った程度でこうはならんから!
まてまて?……俺の願いで変化が起こったのなら――
そんな脳内会議の末、ひとつの結論に至った。
(俺にそんな力があるのなら、戻る方法もあるはずだ――)
やっとの事で冷静さを取り戻し、状況を受け入れ、前向きに検討することにした。
よし、まずこの世界の情報を探ろう。
生きて、分析して、何か策を探すんだ。
「いやはや。……レイト君?」
「その、ポラリスの魔女ってどこにいるんだ?」
そのためには、この人物〈トラベラー〉からもっと役に立つ情報を得なくては。
「いやはや、それは――」
「ピエー!」
話を続けようとした時、ウサギの鳴き声が聞こえてきた。
草むらからこちらへ飛び出してきたウサギは何かに怯えているようだ。
「いやはや、エクレア君じゃないか! 君もいたのかね」
(!? ウサギの名前? こいつの事も知っているのか?)
「ピエー! ピエー!」
俺に何かを訴えているウサギは初め分からなかったが、よく観察すると〈カニ〉に尻尾を挟まれていた。
(ああ、これか)
俺は犬のちょうちんでそのウサギに取り付いた〈カニ〉を払い退けると、ウサギは騷ぎやんだ。
「ピエェ」
「こいつエクレアって言うのか?」
「いやはや、そうだよ。君と共に居た魔獣で彼女も色々あったようだね」
「彼女?」
「いやはや、今の君は何も知らないんだったな」
それからの俺はこの男を質問攻めにして小一時間程、根掘り葉掘り、あらゆる情報を引き出した。
そこで分かったことでまず、このウサギの名は〈エクレア〉であること。
エクレアは女性で魔獣になる前、そこそこの規模の農園の娘だった事。
頭に埋まっているのは〈宝涙石〉とよばれる魔力の源であることや、融合元の魔獣が〈宝涙兎〉と呼ばれる非常に稀有な魔獣である事。
エクレアの固有能力〈ノイジィ〉が空気と音を操る力であること。
ここは地球とは違う〈ルビアレス〉と呼ばれる世界で同名の〈惑星〉なのだと。
他にも未来を知るトラベラーからはかなりの情報が手に入った。
「いやはや、そういえば、エクレア君の実家は確かこの近くだったな」
「実家!?」
エクレアの家がこの近くにある?
俺はどうやら少し勘違いをしていたようだ。
魔獣になる前は俺と同様に地球のどこかから来たのだと思っていたが、エクレアは元々この世界の人間という事か。
「ピエー!」
ウサギ、いやエクレアがまたカニに尻尾を挟まれて泣いている。
「はいはい」
俺はサクッとカニを肉球パンチで払うとトラベラーとの話に戻った。
「すまない、トラベラー。またちょっと聞きたいんだが、他の魔獣とかあんたとかは、みんなこの世界の人間なのか?」
「いやはや、そうなのだよレイト君。キミだけだよ例外は。転移して来たのはキミひとりだ」
(なんて事だ。地球の話はここでは誰もわからないって事か)
「いやはや、過去に他の〈惑星から来た〉という点では私も同じだがね」
「他の惑星とか……ここは何処の宇宙なんだ」
「ピエーン!」
エクレアはさらにまた全身カニだらけで泣きじゃくり、俺に向かってにじり寄ってくる。
(カニに好かれすぎだろ。……てか、きもちわりぃ)
あきれて、ほぼ作業的に付いたカニを排除しエクレアを解放する。
(なんか話がややこしくなってきたぞ。情報が多すぎて整理しきれない)
頭を擡げていると、今度は浜辺から赤い宝石を中心に光らせる海藻だらけの化け物が寄ってきた。
「うわぁ!? なんだ?」
「ピエエーーン!」
「なんだ、お前かよ」
おれは全身ワカメ的な何かに絡まったエクレアに驚いたが、同時にため息をついていた。
(またかよ。しかたねーなぁ)
しょうがないので口でワカメ的な何かを剥ぎ取っていく時、こんな状況なのに、なぜだか安堵を感じる。
(こういう人生もありか? いや、ないないない。ありよりのなし!)
――ともかく。
このウサギ、〈エクレア〉の正体が分かっただけでも大きな収穫だ。
意思疎通が難しい以上、他の方法でこれを知るのは不可能だったろう。
そうして話し込んでいる内に時間もたち、段々と日が落ちてきた。
【次回予告】
不思議なタイムトラベラーからの話でウサギの名前と正体を知る事となったレイト。
そんな折、その身には異世界に来て初めての夜が訪れようとしていた。
「次回! ちょうちんわん公がゆく 第14話『浜辺の亡霊 前編』 今度も甘くないぜ」




