ヒロインをいじめてきていた悪役令嬢の好感度が限界を超えている件
「リーリア、君との婚約を破棄させてもらう!」
そんなどこかで聞いたことのあるようなセリフを吐いて、顔立ちの整った青年はいかにも決まった、という表情を浮かべていた。
場所はだだっ広いパーティ会場のようなところ。周りにいるのはそこに合わせたように、ドレスやタキシードに身を包んだ者達ばかり。
言われた私はと言うと……ほんの少し前に気付いたらこの状況に立たされて――そして、やはりこのセリフと目の前に立つ青年の姿を見て、完全に思い出したことがある。
ここは、私の知る『乙女ゲームの世界』であるということ。
そして、私はこのゲームの主人公である――リーリア・ヴィレントになっているということを。
どうしてこの状況にあるのか分からないが、状況は至ってシンプルだ。
私――リーリアはゲームにおいては主人公であり、弱小貴族でありながらも王太子に見初められ、婚約者の立場にあった少女。
王太子はつまり、目の前に立つ青年――フィレン・カーティネルのことだ。
だが、彼はゲームの世界では『悪役』の立ち位置になってしまう。否、悪役にさせられてしまったというのが正解だろうか。
その元凶となるのが、今彼の隣に立っている少女……エレナ・シェイキンス。
長い金色の髪は綺麗にロールしていて、いかにも『悪役令嬢』という雰囲気のある立ち居振る舞い。そして、私の方を見て、にやりと笑みを浮かべて勝ち誇っている――正真正銘、ゲームの世界での悪役だ。
エレナはリーリアのことを陰でいじめていたが、その事実を隠蔽。
そして、逆にリーリアがエレナのことを執拗にいじめていたと、事実を捻じ曲げたのだ。
そんな理不尽が可能となるくらい、エレナ・シェイキンスという少女は権力を持っていて、本来ならばそんなことをする必要のない少女のはずだ。
だが、王太子の婚約者――その立場を狙ったために、主人公へと悪事を働くようになり……そして、破滅することになる。
私の中ある記憶に間違いがなければ、エレナはいずれ破滅するのだ。
どうして職場と家を行き来するだけで、趣味はそれこそゲームをするくらいしかない私が、よりにもよってゲームの世界にいるのか分からない。
もしかしたら夢なのかもしれない――そう思ったけれど、あまりにリアルな感覚は、ここが現実であるということを無理やりにでも理解させてくる。
……そして、ここがゲームに準拠した世界であると分かってしまうのは、先ほどから二人の上に見る『好感度』だ。
フィレン・カーティネル――好感度、『-50』。
私にも分かる数値で分かる。
『-50』とはすなわち、私のことを完全に嫌っているレベルにあるということ。
ハートのエフェクトにはヒビが入り、その視線からも分かるように私への『愛』など微塵もない。
婚約者であるというのに、リーリア――つまり、今の私のことなどまるで愛していないということだ。……まあ、それはゲームの世界でも同じ。
彼のルートは存在しないために、そもそも好感度などという数値に意味はないはずだ。
問題は隣に立つ少女――エレナ・シェイキンス。
リーリアのことをどこまでもいじめ抜いて、そして婚約破棄の原因を作り、この後も事あるごとにリーリアへと『悪事』を働く彼女。
果たして彼女の好感度はどれほどに低いものなのか……そう考えていた私の考えとは裏腹に、エレナの上に表示される好感度の数値は、『10000』だった。
……そう、『10000』なんですよ。
いや、ゲームだと好感度って最大で100なのだけれど、その100倍の好感度を、彼女がリーリアに抱いているということ。
『-10000』とかの方が、まだ物凄く嫌われている――そう理解できたのだが、『10000』だと可愛さ余って憎さ百倍的なノリなのだろうか、という純粋な疑問しか浮かんでこない。
故に、私はこの状況への混乱よりも、なにより彼女の好感度の高さへの疑問が強すぎてただ呆然としているのだった。
そんな私を見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、エレナは言い放つ。
「わたくしは悲しいですわ……。ただ純粋に貴女と仲良くしたかっただけなのに……このような形で、貴女がフィレン様から婚約破棄を言い渡されることになるなんて。でも、安心して。わたくしは貴女のことは全く恨んでいないわ」
「何を言う、エレナ。リーリアは君のことを――」
「フィレン様、わたくしはただ……貴女様の隣に立つには、『今の』この子は相応しくないと、そう思っただけですもの。だから、本当は二人の関係を壊すつもりはなくて……うぅ」
泣くような仕草を見せると、フィレンがエレナを案じてそっと抱き寄せる。
そして――ちらりとエレナが私の方を見て、またにやりと笑みを浮かべた。
……いや、これが好感度マイナスではないのは何故だろう。やはり、リーリアのことを嫌っているのではないだろうか。そう思っていると、エレナがフィレンから離れて、私の方へと向かってくる。
「ねえ、リーリア……今の貴女は一人。誰も、貴女のことは助けてくれない」
そっと優しく手を握って、いかにも『優しく諭しているかのように』しながら、けれど――誰にも聞こえない声のトーンで静かに語りかけてくる。
「このままだと貴女は婚約を破棄されて、この国に居場所はなくなるわ。助かる道は一つ……このわたくしに、『この場で許しを請う』こと。跪いて、わたくしに許しを請いなさい。そうすれば、わたくしは貴女を許します。貴方はわたくしの傍にしかいられなくなるけれど……わたくしの傍にずっといるから、大丈夫よ。ふふっ……言っている意味、分かるかしら?」
「え、えっと……」
「動揺しているのね。でも、貴女はすぐにでも答えを決めなければならないわ」
困惑しながら、けれどエレナは私の手を優しく握って言ってくる。――そこで、私は彼女の目的を理解した。
エレナがフィレンとリーリアを婚約破棄させようとしているのは、フィレンと一緒になるためではない。
そう、『リーリアと一緒になりたい』からだ。
リーリアがフィレンと一緒になってしまえば、いずれは王妃となり立場も逆転してしまうことになる。それは、リーリアと気軽に会うこともできなくなってしまうということ。
つまり、エレナはリーリアから婚約者を奪うために行動しているのではなく、婚約者からリーリアを奪うために行動しているのだ。
そう考えれば、今の彼女の好感度も理解できる。
異常すぎる数値は、愛しているが故に――婚約破棄をさせるというとんでもない方法に出てしまったのだ。
そうして、私はこのゲームにおける『いじめ』を行ってきたエレナのことも思い出す。
好感度がなければ、ただ純粋にエレナはリーリアのことをいじめているだけにしか見えない。けれど、それが『好き』の裏返しだとすると……まるで男子が好きな女子にちょっかいを出す時の『あれ』を思い出してしまう。
私の目の前にいるこの『悪役令嬢』は、何とそんな子供じみたことをしていた、ということになるのだ。
「え、えぇ……うわ、重。……重いけど、なんかそう思うと急に尊い感じがしてきた……」
「? 重い……? 貴女、なにを言っているの?」
エレナが私の言葉を聞いて、表情を少し曇らせる。
まあ、私の言っていることが分からないのも無理はない。
私も『女の子同士の恋愛』――いわゆる、百合にはそんなに理解があるわけではない。
けれど、嫌いというわけではない。むしろ、好きだ。
ゲームでは全く感じられなかった、エレナとリーリアの百合が、今ここに完成しようとしている。……めちゃくちゃ重すぎるけれど。
「……!」
そこで、私はもう一つの事実に気付く。
これから起こる出来事は、リーリアが彼女に追い詰められて――隣国の王子に助けられるのだ。
ちらりと視線を向けると、すでにこの会場内に見知ったキャラがいるが分かる。
好感度はさほど高くはないが、『正義感』で行動する青年の姿が。
追い詰められたリーリアを助けて、それから二人は恋に落ちる――そんなルートの一つ。
そして、エレナはそんなリーリアを愛する者達によって追い詰められていき、破滅する。
そんな『終わり』を知っているからこそ、私は近づいてくる『正義』が行動を起こす前に、身体が動いてしまっていた。
「エレナ! 私のこと、許してほしい。だから、一緒にいたいの!」
「エレナ……? それが謝る態度か、彼女を呼び捨てにするなど!」
後ろに立つフィレンに指摘され、私は思わずハッとする。
そうだ、彼女の方が上の立場なのだから、エレナ様と言うべきだった。焦っていて、キャラの名前を呼ぶつもりで言ってしまった。
だが、怒りを見せるフィレンをバッと制止するように手を挙げたのは、エレナだ。
「エレナ……?」
「いいのです、これで。リーリアはただ、焦ってそう呼んでしまっただけ。そうよね? わたくしは、わたくしは……」
震える声で、エレナは私の方を見る。
フィレンは、そんな彼女を憐れむ表情で見据えた。
――エレナがリーリアを頑張って許そうとしている。そういう状況に見えるのかもしれないが、正面から見た私には、全く別の光景が見えていた。
「う、うぅ……ふ、ふふっ……」
うわぁ、めっちゃ嬉しそう……。
それも、相手を屈服させて嬉しい、とかそういうのではない。
「い、いきなり呼び捨てなんて、うふふ。思わぬサプライズ、ですわ……。油断して思わず喜んで叫んでしまう――ではなく、こほん。ふふ、とにかくこれで、貴女はわたくしのモノ……ですわね?」
ほしくてほしくて、たまらなかったものが手に入った時の、歓喜の笑みだ。
これでエレナが破滅することはなくなるのかもしれない。
そう考えて、ホッとすると共に、私はある一つの事実に気付く。
……これ、エレナがリーリアに対して重すぎる愛を抱いているのはいいんだけど、肝心のリーリアは私本人なんだよね。
「あ、あの――」
「さあ、リーリア。少し二人でお話がしたいの。これから、わたくしの部屋に行きましょう? 大丈夫……わたくしは貴女の全てを許したわ。だから、何も怖がる必要はないの。わたくしと、ずっと一緒にいましょうね?」
「はい」
――これは逃げられない。
そう判断して、私は諦めたように天井を見上げた。
これから私は――エレナがリーリアを手に入れるために『悪役令嬢』になる道を選ぶほどの『重すぎる愛』を受けることになるのかもしれない。
全く私の知らないルートを、生きることになる。……色んな意味で、生きていけるのだろか。
『悪役令嬢の重すぎる愛』をテーマに久々に短編を書きました。
好きすぎるから婚約破棄させるし、独占欲半端ない悪役令嬢と、この後部屋で二人きり……!
きっと何も起こらない!