2章 ゴブリンと呼ばれた召喚者
「召喚者殿をお連れいたしました!」
王の間に入ると騎士たちが左右一列に並び、真ん中の玉座に装飾きらびやかなおっさんが座っている。
なるほど。こいつが王様か。
王の左右に他とは違った騎士と大臣風のおっさん。
こういうのは定番だよな。アニメとかみたいに片膝ついて畏まった感じを装えばいいんだろ?
台詞も考えた。さぁ、行くぜ!
堂々と王の前まで行き膝をつく。
「ふむ、召喚者よ。まず貴殿の名を聞こう。」
おっさんもとい王は俺をじっと見つめた後ゆっくりと告げた。
「我が名は諒。遠く異世界より召喚に応じ馳せ参じました。」
どうよ?かっこ良くね?
王を真顔で見つめる。
「ふむ、なるほど。リョウか。良い顔つきじゃ。さぞ異世界でも高名な者であったのだろうな。では貴殿にふさわしい職を見定めよう。」
王は大げさに頷き目を細める。
いよいよか。さぁ、何でも来い!
「ん…?なん…じゃ…と…?」
王が目を見開く。
どうした?あまりにも強い力を持ちすぎてビビったか?まぁ、HPだけ無駄に1000あるしな。
ワクワクしながら次の言葉を待つ。
だが…
「貴様…使用していた武具はなんじゃ?いや、これは。まさか本当に…」
「ん?武具?」
なんだろう、なんか思っていた反応と違う。
そもそも使用する武具って何言ってんだ、このおっさん?俺のいた所日本だぞ?
武具なんて持っていたら銃刀法違反だろうが。
日本拳法だから面と胴とグローブ?いや、多分そういうことじゃないよな?
首をひねる。
「えーと…私は異世界にて徒手格闘術を行っておりました。大会にて優勝の経験もございます。また杖術を少々扱えます。」
「ジョウジュツ…?何じゃそれは…?」
「杖を用いた武術でございます。」
「杖…メイスか。やはり…なんという事じゃ。まさか聖職者とは…騎士や剣士ですらないものを招いてしまうとは…」
王が右手で顔を覆う。
え、何そのリアクション。
凄く感じ悪い…
しかも聖職者?え、俺、無宗教だけど?
「くく、素手ですと。何て野蛮なのでしょう?」
「ぷ、くく、しかしメイスに素手とは。まるでゴブリンがこん棒振り回しているようではございませぬか。」
周りからは笑いが漏れ出ている。
その声を聞きながら口元が引き攣るのがわかる。
いやぁ、マジで苛つくね。人をいきなりゴブリン呼ばわりってこいつら何なの?
とりあえず何人かぶっ飛ばしてやろうかな…
そう思った時だった。
「静粛にせい!王の御前であるぞ!」
王の間を揺るがすような怒声。
王の隣にいる男。騎士団長だろうか?身長は185cm程。筋骨隆々としたその逞しさは他の騎士たちとは違う威圧感を放っている。
なんだよ、まともな奴いたのか。とりあえず良かった。
安心して大きく息を吐く。
「して、王よ。この者如何致しましょう?」
「もう良い。いくらか金品を用意し帰ってもらえ。」
「御意。そこの召喚者よ、王が金品を御用意して頂ける。それを受け取った後早々にここを立ち去るがよい!」
なるほど。金をくれてやるから帰れ、と…いや、待て。俺どうやって帰んのさ!?
「少々お待ちを!」
あまりの展開に思わず声を張り上げる。
「なんじゃ?他に何か欲しい物でもあるのか?」
欲しい物なんて特にないが、これだけは聞いておかないといけない。
「私は如何にして元の世界に戻ればよろしいのでしょうか?」
シーン…
え?
おいおいおい、今度は周りの奴ら気まずそうに顔背けましたけど!
ナニコレ?カエレナイノ?
ふぅ、と王が大げさにため息をつく。
「そんなもの知るはずがなかろう。西方にエルフの国がある。エルフなら何か知っているかもしれん。早々にここを立ち去りエルフに協力を要請すればよかろう。さぁ、もう良いな?」
王は頬杖をつきながら面倒くさそうに俺を見下し、その横では騎士団長が金の入った袋を手に近づいてきていた。
「さてさて、遥々お越しいただいたゴブリン殿には申し訳ありませんが、もう退出して頂いて結構ですぞ。さぁ、こちらをどうぞ。」
騎士団長であろうそいつがニヤニヤしながら俺に袋を突き出した瞬間、王の間にドッと笑いが響いた。
ブチッ
渡された袋を手で払いながら王を睨みつける。
ジャラジャラと中から盛大に金がばら撒かれたが見向きもせず俺は言葉を発した。
「あー、ちょっといいですかねぇ。あんたら何様っすか?」
「な…無礼だぞ貴様!」
騎士団長がいきり立つが知ったこっちゃない。
何て奴らだ。呼び出したはいいが自分の希望じゃないからポイだと?
こちとらた〇ごっちじゃねぇんだぞ、ふざけんな!
「王だか何だか知らねぇけどな。勝手に呼び出して勝手に落胆して、挙句に金やるからどっか行けだ?てめぇらが呼び出したんだから、帰すのもてめぇらがやるもんだろうが。知らねぇなら調べろ!何調子ぶっこいてんだ、ハゲ!」
そのまま王に対し怒鳴りつける。
「ハ…ハゲ…じゃと!」
「なっ…き、貴様。王に対してなんという事を!」
王が絶句し、騎士団長が剣に手を伸ばすがどうでもいい。
そのまま騎士団長に視線を移す。
「おいおい、この国の騎士様ってのは丸腰相手に剣向けんのか?こっち素手なんだから、てめぇも素手でかかって来いよ。それとも何か?態度と図体でかいくせに武器がなけりゃ何にも出来ねぇのか、あぁ!?」
「き…貴様ぁ!我を近衛騎士団長ガルノフと知っての言葉か!」
俺の挑発にガルノフと名乗った男が叫び返した。
「知らねぇよ。今名乗ったのに知ってたわけねぇだろ、馬鹿ルノフ!」
「ぐっ…おのれ、許さん!」
ガルノフの額に青筋が浮かぶ。
今にも剣を抜きそうなそいつを諫めたのは王の一喝だった。
「止めんか、ガルノフ!剣を抜く必要などない。そこの田舎ゴブリンに素手でも敵わぬことを思い知らせてやれ。」
「御意!」
ガルノフがこちらを向いたまま叫び、剣と鎧を外す。
「田舎ゴブリンめが。後悔するなよ?」
「どっちがだ。てめぇの面ゴブリン以下にしてやるから覚悟しろや。」
予想通りの鍛え上げられた肉体。
足を止めて打ち合うのは分が悪いか…
構えを取り、じりじりと近づきながらガルノフの動きを冷静に観察する。
先に動いたのはガルノフだった。右の大振り。
「はぁ!」
後ろに跳ね回避。
「であぁ!」
続いて左の大振り。
ブォン
相手の左に回り込み避ける。
「たぁ!」
ハイキック。
上体を逸らして避ける。
…?
何だこいつ。大振りだけのゴリラか?
その後もガルノフの打撃を冷静に捌きながら、距離を取り続けた。
「はぁ、はぁ…おのれ!」
奴の息が上がったところで構えを解き話しかける。
「なぁ、止めないか?多分あんたの攻撃当たらねぇぞ?あんたと俺じゃレベルが違う。」
一応提案をしてみる。こっちは経験者だ。
いくら肉体的に劣っていても素人に負けるほど弱くないし、正直相手になりそうになくて白けてきた。
「攻撃もせずちょこまかと逃げるしか能のない奴がほざくな!」
はい、無理でした。もっとお怒りになられてます。
「はぁ、仕方ないな…」
ガルノフが再び距離を詰め、右の拳を振り回した瞬間。
前に踏み込み躱しながらカウンターの掌底を顔面に叩き込んだ。
「んぐっ」
ガルノフからくぐもった声が漏れる。
続いて左のボディフック。
拳がめり込む感触とメキッという嫌な音。恐らくあばらが折れたのだろう。
「ぐ…ぉ…」
折れ曲がったガルノフの胸倉を掴み回転。
背負い投げ。
「せやぁ!」
ドンッという音が王の間に響き渡る。
「かっ…はぁ…!」
沈む巨体。
広間が静寂に包まれ、それから動揺した声が王の間に広がった。
「な…なんと…ガルノフ様が…」
「はぁ、だから言ったろ、無理だって。しばらく寝てなさい。」
ガルノフを一瞥し王に向き直る。
「おい、これでも俺が望まれてないって?てめぇら自慢の騎士団長様はこのザマなわけだが?」
王を睨みつけるが気味の悪い笑みを浮かべたまま王は鼻で笑った。
「ふむ、確かにそこそこ強いようじゃの。だが、貴様。それでガルノフに勝ったつもりか?」
「は、何言ってんだ?地面に叩きつけられて動けるわけねぇだろ?ざけんな、そこにぶっ倒れてるのが…え…?」
王の余裕に不気味なものを感じ振り返るとガルノフの身体が淡く水色に輝いている。
「え…ちょ?なんだ…?」
輝きが収束するとともにガルノフは事も無げに立ち上がった。
「マジかよ…ゾンビかっての…」
「ふぅ、なるほど。確かに貴様の格闘術とやらは脅威だ。詠唱が間に合わなければ倒されていたやも知れんな。」
首と腕を回しながらガルノフは俺を見据えた。
「確かに俺が間違っていた。人間である以上ゴブリンに素手で勝てないのは道理。しかし、だ。人にはこういう術がある。」
人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべガルノフが呟く。
「スペルコマンド:ウィンドスペル:クイックスピード」
「え?ぐ…はぁ…」
嫌な予感を感じた時には遅かった。3m程離れていたガルノフが目の前に。
そして奴の拳が腹に食い込み俺はそのまま吹き飛ばされた。
「が…ぐっ、はぁ…なんだこりゃ…」
よろめきながら立ち上がる。どうなってる?速いなんてもんじゃない。
明らかに人間のスピードを超えている。
「ほう、立ったか。まぁ、よい。先ほどの痛み倍にして返してやるから簡単には倒れるなよ?」
ヒュッ
速い!
駄目だ、追いきれない!
「く…っそ!ぐ…が…」
上下左右からガルノフの手足が俺に襲い掛かる。
とてもじゃないが躱せない。
頭を両手でガードするのが精一杯だ。
ドッ、ゴッ、ガッ、ドス…
くそ、何か…何か手を…あ、やば…
ゴッ
顎に衝撃。そのまま視界が眩む。
ドサッ
あぁ、俺倒れたのか…
なんだよこれ?
何で望んでもない世界にぶっ飛ばされた挙句、いきなりゴブリン呼ばわりされてぼっこぼこにされてるんだ?わけわかんねぇ…
「さて、この者如何いたしましょうか?」
「ふん、外にでも放り投げておけ。」
遠くからガルノフと王の話が聞こえる。
く…っそ…
瞼が重い。
視界が強制的に閉じかける。
やば…い…意識が…
サァアア…
冷たい感触に意識が戻る。
雨か…
ぼやけた視界。身体中痛くて動きたくない。いいや、しばらく寝てよう。風邪ひかなきゃいいな…
目を閉じそのまま意識を閉じようとする。
「ちょっと、大丈夫ですか!?起きてください!」
起きてるよ。うるさいな…
「誰か!誰か彼を運ぶの手伝ってください!」
静かにしてくれよ、マジで…放っといてくれよ。
声を出すのも億劫だ。放置しておけば諦めて帰るだろ。
「どうしましょう…やはり私が運ぶしかなさそうです…」
余計な事すんなって。どうせ俺はゴブリンだ。放っておいてくれ。
「ん、よいしょっと。」
ぐっ…いってぇ…何だ…人の腕取ってどうするつも…
「きゃあ!」
グシャ
「あぁ!顔から落としてしまいました!大丈夫ですか!?」
う、ぐ…大丈夫なわけねぇだろ…止め刺すつもりか?
「どうしましょう…そうだ!足引っ張ればなんとかなるかも!」
止めてくれ…もう、静かに寝かせてくれ…
ズルズル、ズルズル…
痛い…全身痛いのに後頭部と背中まで痛い…身体もロクに動かない…
ほんと…俺もう駄目…だ…死んじゃう…
意識が再び遠のく。
ぼやける視界の中よく分からない奴に引きずられ、俺は再び意識を失った。