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短編集

仲間に見限られたのはブラコン妹の陰謀だったので、セカンドライフを謳歌できない!

作者: 緋色の雨

 この国には魔物の発生源となる様々な形式の迷宮が存在する。ダンジョンと呼ばれるそれらは、放っておくと大氾濫(スタンビード)が発生する危険な存在である。


 だが、同時に魔物がドロップする魔石やアイテムは非常に有用で、人々の生活を大きく向上させた。ゆえに、人々はダンジョンの近くに街を作り、管理するようになった。

 いまではほとんどのダンジョンの側に町や村が作られている。


 しかし、町や村を作れないような危険な地域にもダンジョンは存在する。

 それらのダンジョンを放置すると大氾濫(スタンビード)が発生するために、定期的に誰かが魔物を狩りに行く必要がある。それを引き受けるのが遠征パーティー。

 四人で構成されるパーティーで、実績を残した冒険者だけに参加資格が与えられる。


 俺はそんな遠征パーティーの一つ、緋色の雨と呼ばれるパーティーのメンバーだ。

 殲滅力が高く、魔物と出会うたびに緋色の雨を降らせる。

 そんな理由から名付けられた俺達のパーティーは、遠征パーティーの中でも上位数パーセントの実力があるといわれている。


 冒険者ギルドで知り合って以来ずっと、パーティーを組んでいるジーク。聖騎士のジョブを持つ最高のタンクにしてアタッカーだ。


 途中から仲間になったラナ。彼女は格闘家にしてシーフのジョブを持つ、ダンジョン攻略の要ともいえる。


 幼馴染みのフェリス。彼女は強力な回復魔法の使い手で、聖女としてあがめられている。慈悲深く、愛らしい。俺にとって大切な幼馴染みだ。


 そして最後は俺。エンチャンターのジョブを持つ。自分一人では活躍できないが、付与魔法だけなら誰にも負けない支援特化型だ。


 それに、俺は生活面でも仲間達を支えていた。物資の調達や、次に果たす依頼の交渉を初めとした事務を引き受け、誰よりも仲間のためにがんばっていた。

 ――はずだった。



「アレン、お前はもう必要ない」


 ある日、俺の部屋をジークとラナが訪ねてきたのだが、出し抜けにジークがそんなことを言った。唐突すぎて、俺は最初、なにを言われているのか理解できなかった。


「俺が必要ないって、どういうことだよ?」

「言葉通り、お前はもう俺達のパーティーに必要ない。お前をパーティーから追放する」

「なっ、嘘だろ!?」


 ――追放。

 それは除名よりもずっと酷い処分だ。

 除名は性格やジョブの相性の不一致でおこなわれるものだが、追放は裏切り者に対する烙印のようなもの。追放された者は冒険者としての信用を失うことになる。

 除名でも納得できないのに、追放なんてどう考えても受け入れられない。


「理解したらさっさとパーティを出て行け」

「待ってくれ! 俺はなにひとつ手を抜いていないし、不正だってしていない。旅や交渉のサポート、それに戦闘でだってちゃんと貢献しているだろ。なのに追放ってなんだよ!?」

「黙れ! お前を追放って言うのは、俺達の中ではもう決定事項だ!」

「俺達の中で……って、まさか」


 今更ながらに気付く。こんな理不尽な通告がされているというのに、同席しているラナがなにも反論していない。


「な、なぁ、ラナ。まさかお前も同意見なのか?」

「そうだよ。あたい達に前衛を任せて、あんたは後ろで見てるだけ。それをあたいはずっと気に入らなかったんだ」

「それは……」


 たしかに戦闘中の俺は役に立っていない。

 だが――武器や防具にエンチャントを施して、戦闘が始まる直前に強化魔法を一通り使用する。俺の戦いは戦闘が始まる前に終わる。

 最低限の自衛しか出来ないから、自分やフェリスを護って待機しているのが最善なのだ。


 だが、二人はそんな俺を必要ないといった。

 支援魔法の援護はもちろん、人間関係でもずっと上手くやっていた。そう思っていたから、こんな風に言われるなんて夢にも思っていなかった。


 信じていたものが一瞬で崩れ、膝を屈しそうになる。

 だが――まだだ。

 フェリスは、フェリスだけは違うはずだ。あいつと俺は幼馴染みで、誰よりも長く一緒にいた。あいつが俺を不要だなんて言うはずがない。

 俺は部屋から飛び出し、フェリスのもとを訪れた。


「フェリス、聞いてくれ!」

「ふえっ!? ア、アレンくん? ノ、ノックくらいしてよ!」

「あ、あぁ、すまない。だが、聞いてくれ。ジークとラナが、俺をパーティーから追放するって言うんだ。おかしいと思わないか?」

「つ、追放? アレンくんを!?」


 フェリスが目を見開いた。

 俺はそんなフェリスの反応に少しだけ安堵する。少なくとも、フェリスはこの話に関わっていないと、そう思ったからだ。


「あぁ、除名でなく追放だって。フェリスはおかしいと思うよな」

「それは……」


 フェリスが言葉を濁した。即座に同意せず、言葉を濁したんだ。

 俺には、それだけで十分だった。


「……そっか、おまえも同じか」

「ち、違うよ。私はアレンくんが誰よりも頑張ってること知ってるよ!」


 フェリスが慰めてくれる。

 頑張っていても、結果を出していなければ意味がない。あえてそう口にしないのは、フェリスの優しさなのだろう。

 俺がフェリスを困らせている。その事実に胸が苦しくなった。


「……ごめんな、答えにくいことを聞いて。俺、今日中にパーティーを抜けるよ」

「アレンくん。待って――」

「――お前との冒険、楽しかったよ」


 俺は部屋を飛び出し、その足で街から逃げ出した。



 その後、俺は遠征に参加するまで活動拠点にしていた街へとやって来た。


 風の噂によると、緋色の雨パーティーは遠征のために旅立ったらしい。ダンジョンに近い大きな街であらたな仲間を加え、難易度の高いダンジョンに挑戦するそうだ。

 そして、それに参加していない俺が、緋色の雨から追放されたのだと知れ渡っていた。


 だが、不幸中の幸いと言うべきだろうか?

 この町の連中とは付き合いが長く、俺の働きぶりを認めてくれている者も多い。だから、追放は不当だと主張してくれている。

 おかげで、俺自身が蔑まれるような事態にはなっていない。俺は同業者に慰められながら、冒険者ギルドの酒場で飲んだくれる毎日を過ごしていた。


「なぁアレン。俺達のパーティーに欠員が出たんだ。良かったらうちに来ないか?」

「……悪いな。他の奴らと組む気にはなれないんだ」


 中にはこんな風に誘ってくれるやつもいたが、俺はそのすべての誘いを断っていた。

 みんな気の良い奴らで、実力だってちゃんとある。

 だけど……俺にとっての仲間はフェリス達なのだ。裏切られたって、追放されたって分かってるけど、俺はあいつらとの日々が楽しかった。


 フェリスと一緒に冒険者になってダンジョンに潜り、やがてジークやラナとも仲間になった。もちろん大変なこともあったが、あいつらとの冒険は本当に楽しかったのだ。

 今更、他の誰かと組むつもりにはなれなかった。


「ま、無理には誘わんよ。しばらくは仲間を捜しているから、気が向いたら声を掛けてくれ」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 気の良い冒険者を送り出し、俺は再びエールをあおる。

 緋色の雨が旅立ってから数週間。俺はずっとここで飲んだくれているが、幸いにして蓄えは十分にあるので無理に冒険者稼業をする必要はない。


「あ~あ。いっそのこと、どこかの田舎で――」

「フィーネと一緒に暮らそうよ、アレンお兄ちゃん!」


 言葉尻を奪ったのは、聞き覚えのある愛らしい音色。驚いて横を見ると、そこには銀髪の美少女――俺の妹が座っていた。

 だが、さっきまでそこには誰もいなかったはずだ。


「お前は一体いつからそこに居たんだ……?」

「フィーネの得意な魔法、忘れたの?」


 フィーネは特殊なジョブを持っていて、優れたアタッカーでありながら、精神干渉の魔法も得意とする。

 周囲の者達の認識を阻害して、自分を認識されないようにするなどお手の物だ。


「もちろんそれは覚えている。そのうえで、いつからそこに居たんだと聞いているんだ」

「……いつからだと思う?」

「質問に質問で返すのは止めろ」


 ほっぺたを摘まんで引っ張ると「やぁん、お兄ひゃんのおしおき、ひさひぶりでうれひい。もっひょしてひょぅ」とその身をくねらせる。この変態妹め。


「良いから答えろ。いつからそこに居た。というか、いつから俺の側に居た」

「それは――」


 フィーネが答えようとしたそのとき、酒場の入り口から冒険者が飛び込んできた。


「おい、聞いたか! さっき北のダンジョンから帰ってきた奴から聞いたんだが、緋色の雨の連中、さっそくしくじったらしいぜ!」

「マジかよ!?」

「マジだって! なんでもダンジョンの入り口で、ボロボロになって撤退してきた連中を見たって話だぜ!」

「ぎゃははっ、マジかよ! アレンを追放しておいて、さっそく失敗かよっ!」


 酒場が一気に騒がしくなり、俺のかつての仲間達が笑いものにされている。ざまぁ――という気にはまったくなれなかった。

 というか、俺は思いっきり焦った。


「おい、フィーネ、もう一度聞くぞ。いつから俺の側に居た?」

「お兄ちゃんがパーティーを追放される前から、だけど?」


 俺は思わず天を仰いだ。


「まさか、とは思うが、あいつらに精神干渉の魔法を掛けたのか?」

「掛けられたことに気付かない方が間抜けなんだよ?」

「掛けたんだな?」

「……まあ、そうとも言うかな?」


 フィーネは明後日の方向を見ながら呟いた。


「言え、一体なにをした」

「ちょっぴり、彼らのお兄ちゃんに対するマイナスの感情を増幅しただけだよぅ」

「ほほぅ。ちょっぴりって、どれくらいだ?」

「ほんの100倍くらいだよ。その程度でお兄ちゃんを追い出すなんて、最低だよね。一緒にいる資格なんてないよ」

「おーまーえーはーっ!」


 マイナスの感情を100倍に増幅ってどんだけだよと突っ込みたい。むしろのその口に両手の親指を突っ込んで、左右に思いっきり引っ張る。


「ひゃぁん、おにいひゃんの指が、フィーネの、中にぃ……」

「うっさい! というか、なんでそんなことをした!」

「らっへ、お兄ひゃんをどくへんひたから、その報いらよ」

「お前、そんな理由で……」


 俺とあいつらを引き裂いたのかとぶち切れそうになる。

 だが、まだだ。まだ切れるのは早い。妹はこう見えて頭が良く、魔法の腕だって一流だ。こんな馬鹿なことを言っているが、なにか理由が在るのかもしれない。

 俺はフィーネの口から手を放した。


「それで……なにか言うことは?」

「あはっ、超有能なお兄ちゃんが居なくなって緋色の雨パーティーはぼろぼろだよ。ざまぁ」

「お前のせいだろ!? お前のせいなんだよな? お前のせいだって言えよ!?」

「そうだよ?(きょとん)」

「ちょっとは反省しろおおおおおっ!」


 心からの思いを乗せて絶叫した。

 いきなり俺が声を荒げたことで周囲の連中が何事かと俺を見ている。


 落ち着け。

 色々な事実が一気に分かって混乱してるけど、こんなときほど冷静になれ。


 フェリス達はダンジョンの攻略に失敗したとはいえ、死んだわけじゃない。

 謝りに行く必要はあるが、そっちは後回し。

 まずは、仲間達の悪評が誤解だと伝えるのが先だろう。


「みんな、聞いてくれ!」


 俺は立ち上がって声を張り上げた。

 緋色の雨パーティーの失敗を笑っていた者達が一斉に俺を見る。


「あいつらはなにも悪くない。悪いのは(妹を野放しにした)俺だ! それに、俺にとってあいつらはいまでも大切な仲間なんだ。だから、悪く言うのは止めてくれ!」

「おぉ……自分を追放した相手になんて寛大なんだ! さすがアレンだぜ。それに引き換え、こんな良い奴を追放したあいつらはまったくもって度しがたい!」

「まったくだ!」

「アレンが慈悲深い分だけ、あいつらの最低さが際立つな」

「いや、だから違うんだって!」


 慌てて否定するが、なぜか俺の株が爆上げされていく。

 妹の陰謀で、むしろあいつらは被害者なのに、評価が取り返しのつかないことに! 罪悪感、罪悪感っ! 罪悪感がぁっ!

 俺はバンバンバンとテーブルに頭を打ち付けた。


「お兄ちゃん、どうしたの? 大丈夫? フィーネのおっぱい揉む? そんな風にテーブルに頭をぶつけると怪我するよ?」

「せめて突っ込みどころは一つにしろやっ!」

「えぇ? そんなこと言われても、フィーネの穴はみっ――いひゃああああああ、のびひゃうっ。フィーネのおくひ伸びひゃうからぁ~~~~っ」


 フィーネの口に両手の親指を突っ込んで左右に引っ張るが、まるで反省の色がない。俺はぎゅううっと口を引っ張りながら、これからどうするかを考えた。




 俺が仲間のフォローをしても、俺を良く知っている連中は慈悲深い俺が仲間を庇っているとしか受け取ってくれない。

 俺を知らない連中には、そもそもフォローをしても意味がない。


 結局、俺と仲間達の和解が唯一、悪評を打ち消すための方法だって結論に至った俺は、フェリス達が敗走したダンジョンの近くにある街へと向かうことにした。


 むろん、俺と仲間の関係を引き裂いたフィーネは連れていない。

 たしかにあいつは俺の大切な妹だが、それでも越えてはならない一線がある。フィーネはそれを越えてしまった。

 だから、おまえなんてもう知らないと置いてきたのだ。


「それじゃ、次の街へ出発だよ、お兄ちゃん!」

「なんでおまえがいるんだよっ!?」

「もちろん、お兄ちゃんを待ってたからだよ?」


 街を出たところで、なぜかフィーネが待ち構えていた。

 昨日あれだけ罵ったのに、まるで傷ついた様子がない。そもそも、俺はフィーネと別行動を取った後、フィーネに知られないように旅の準備をして街を出た。

 なのに、なぜ俺の行く先に待ち構えていたのか意味が分からない。


「お兄ちゃんの行き着く未来(さき)はフィーネのところなんだよ?」

「そんなわけあるかぁっ!」


 全力で否定したけど、実際に行き先で待ち構えられていたからちょっと恐い。


「とにかく、俺はおまえを連れて行くつもりはない」

「どうして?」

「俺にしたことを忘れたとでもいうつもりか? 面白半分に仲間との関係を裂くなんて最低だ。おまえなんて、もう妹じゃないっ!」


 軽い冗談なら、もしくはすぐに反省するのなら、許そうという気にもなった。だけど、フィーネは反省の色すら見せない。そんなフィーネを許す気にはなれなかった。

 俺は決別するつもりで、フィーネを容赦なく罵った。


「でもお兄ちゃん、一人で戦えないでしょ? 旅の途中で魔物や盗賊と出くわしたらどうするつもり? お兄ちゃんの言う、仲間に会う前に死んじゃうかもよ?」

「そ、それは――」


 フィーネのいうとおり、俺には戦闘力がない。

 ただしくは、エンチャンターのジョブには攻撃に関する補正がない。

 自分に強化魔法を掛けることは可能だし、エンチャントを施した装備を身に付けているが、攻撃手段や基礎能力が一般人と変わらないのだ。


 しかも、エンチャントの効果は、基礎能力が高いほどに効果がある。

 だから駆け出しの戦闘系のジョブを持つ相手にすら苦戦する。ましてや数の暴力には決して勝つことが出来ない。それが、エンチャンターである俺の限界だ。


「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはフィーネのことが嫌いかもしれないけど、フィーネはお兄ちゃんのことが大好きだよ?」

「……それがなんだって言うんだ?」

「フィーネは決してお兄ちゃんを裏切らない。護衛としては適任じゃないかな?」

「俺と仲間の関係を引き裂いたやつが、裏切らないって言えるのか?」

「それは、お兄ちゃんが良く分かってるはずだよ?」


 俺の問い掛けに、フィーネは透明な微笑みを浮かべた。

 ……たしかに、フィーネが俺に、直接的な危害を加えることはないだろう。

 フィーネは性格に難があるためにソロで活動しているが、その戦闘能力はジークやラナを圧倒する死神と呼ばれる特別なジョブを持つ。

 もし危害を加えるつもりなら、とっくにやっているはずだ。


 そして、フィーネの基礎能力の高さもまたずば抜けている。エンチャンターである俺と相性が良いのは事実だが……


「ほらほら、フィーネを連れて行くと安心な旅が保証されるよ? それに、夜にムラムラしたときも安心、お兄ちゃんのお世話は上から下までお任せだよっ!」


 こいつを連れて行くのか……?

 たしかに優れた護衛ではあるが、それ以外の意味で危険すぎる。


「おまえを雇うくらいなら、他のやつを雇った方がマシだっ!」

「やだなぁ、お兄ちゃん。フィーネがそう言われて諦めると思う? お兄ちゃんが護衛を雇ったとしても、フィーネはお兄ちゃんについていくよ?」

「ぐぬぬ……」


 見える。精神干渉を受けて、フィーネに味方する厄介な敵が増える未来が見える。


「……分かった。おまえを連れて行く」

「ホント?」

「ああ、ただし条件がある」

「うん、夜のお世話はお任せだよ!」

「違うっ! 護衛は任せるが、俺を襲おうとするな。これが絶対条件だ」


 俺が力説すると、フィーネは人差し指を口元にそえてちょこんと首を傾げた。


「性的以外の意味で、だよね?」

「むしろそっちの話をしてるんだよっ!」


 こいつまるで分かっちゃいねぇと天を仰ぐ。

 それから俺は懇切丁寧に、性的な意味で俺を襲わない。夜に許可なく寝床に入ってこない。俺の側でいきなり服を脱いだりしない。などなど、身の安全を守るための条件を並べ立てた。


「……お兄ちゃん、面倒くさい」

「面倒くさいのはおまえの存在だっ!」


 とにもかくにも、俺とフィーネの旅は始まった。

 ……始まって、しまった。



 だが、俺が警戒していたせいか、はたまたすぐに問題を起こしたら俺が容赦しないと分かっているせいか、フィーネはひとまず大人しい。

 ちゃんと護衛の仕事もこなしていて、ときどき現れる魔物も瞬殺していく。


 更には、食材として優秀なホーンラビットなどの魔物をどこからともなく狩ってきて、野宿としては最高レベルの食事を提供してくれる。

 これで余計なことをしなければ、最高の妹なのにと俺が思う程度には優秀だった。


 そんな、なんとも言い難い旅を続けること数日。

 俺達は次の街へとたどり着いた。


「よし、まずはこの街で緋色の雨パーティーの情報を集めよう」

「それに、香辛料や物資も心許ないから補給した方が良いよ」

「……たしかに」


 緋色の雨パーティーでは俺の仕事だったのだが、なにやらすっかり役目を奪われている。

 考えてみれば、こいつはソロで活動していた。パーティーで必要とする大半の作業は一人で出来る訳か。実は有能だったんだな……


 とにもかくにも、俺達は冒険者行きつけの雑貨屋を探した。

 冒険者ギルドがあるような町には必ず一カ所はある、冒険者が旅をするのに必要商品を中心に取りそろえている便利なお店である。


「……見つからないな、どこだろ?」

「お兄ちゃん、あそこにあるよ」

「お、どこだ――って、馬鹿。あれは連れ込み宿だ」

「もぅ、ダメだよお兄ちゃん。せっかくフィーネが分からないフリをして、連れ込みやすいようにしてあげたのに、お兄ちゃんの意気地無し」

「うっさい」


 フィーネに突っ込みつつ、俺は雑貨屋を探す。

 ほどなく、俺は冒険者ギルドと提携している雑貨屋を発見した。


 俺達が店に入ると、店番の少年が出迎えてくれた。

 少し緊張した面持ちで、どことなく初々しい。そんな彼の背後に落ち着きの店員がいるところを見ると、見習が店番を任されているのだろう。


「いらっしゃいませ、なにをお探しですか!」

「あぁ、えっと……」

「塩とこしょう、それに干し肉をひとかたまり。あとはたき火を熾す魔導具の魔石を三つ。それからそれから――」


 一瞬言い淀んだ俺の代わりに、フィーネがテキパキと必要な物を揃えていく。……もう良いや。フィーネがいるあいだは、物資の管理はフィーネに任せよう。

 こいつの方が、絶対に俺より優秀だ。


 この場は任せようと二人のやりとりを見守っていると、同じように見守っていたおっちゃんと目が合った。


「兄ちゃん、ずいぶんと尻に敷かれてやがるな」

「待て、誤解だ。俺とこいつはそんな関係じゃねぇ」

「そうだよ。毎晩組み敷かれてるのはフィーネの方――」

「おまえは黙って必要なものを買いそろえてろ」


 速攻で黙らせるが、おっちゃんにはお熱いこってと呆れられてしまった。

 酷い既成事実化である。

 後で覚えてろよとフィーネを睨みつつ、本来の目的を果たすことにする。


「緋色の雨パーティーについてなにか知らないか?」

「あぁ、もちろん知ってるぜ。最近メンバーが入れ替わったって話だろ? それでいきなり遠征を失敗したってんで、色々噂になってるな」

「らしいな。その後、どこへ向かったかとかは知らないか?」

「いや、知らんな。だが、ボロボロになったって話だ。いまは療養中じゃないか?」

「……ふむ、そうかもな」


 とは言ったものの、あのパーティーには聖女と呼ばれるフェリスがいる。

 傷を癒やしても、体力が戻るまで数日かかることはあるが……噂の伝達速度を考えても、俺達がたどり着くまで療養している可能性は低いだろう。

 ひとまず、目的の町まで向かってみるしかなさそうだ。



 そんなこんなで、買い付けを終えた俺達は宿に向かった。今夜はこの街で一泊して、念のためにもう少し情報を集めて、明日の朝に出発する予定だ。

 ちなみに、フィーネが連れ込み宿? 連れ込み宿だね? 連れ込んでよ! とかいってたが無視。普通の宿を目指して歩いていたのだが――


 少し人気の少ない道を歩いていたそのとき、路地から女性が飛び出してきた。少女は俺達を見つけると、「助けてください!」と俺の背後に隠れる。


「……なんだ、どうしたんだ?」

「お兄ちゃん、あれ」


 フィーネが指差した路地裏から女性の後を追い掛けるように、いかにも柄が悪そうな男達が抜き身のナイフを持って飛び出してきた。


「……あいつらに追われてるのか?」

「そうなんですっ! お金を出せって脅されて逃げてきたんです!」

「……ふむ」


 女性もそれほど裕福そうには見えないんだけど……相手の男達はもっとみすぼらしい。もしかしたら、スラムの住人による追い剥ぎかなにかかもしれない。


「あぁ、なんだてめぇは。俺達の邪魔をするってのか? 死にたいのか?」


 三人組のリーダーっぽい男が詰め寄ってくるが――


「はあ? お兄ちゃんに対して、なんなの、その口の利き方。……殺すよ?」

「んだと、てめぇ……ひっ」


 フィーネが男の首に漆黒の鎌を掛けた。

 いわゆる死神の鎌。そのあまりに極悪な見た目から、普段はアイテムボックスにしまっているフィーネの主力武器だ。


 こうして見ていると、男達とフィーネ、どっちが悪人なのか分からない。いや、武器も言動も明らかにフィーネの方が極悪である。


「フィーネ、やりすぎだ」

「はーい」


 フィーネは死神の鎌をクルリと回転させて手元に引き戻すと、アイテムボックスへと収納した。返事が気楽すぎて逆に恐い。


 死の恐怖から解放された男がふらつき、他の男達に支えられる。そして、覚えてやがれとお約束のセリフをのたまうと、物凄い勢いで走り去っていった。

 物凄くあっけないが、追い剥ぎならそんなものかな。


「助けてくれてありがとうございます!」

「おっと……」


 さっきの女性が腕に抱きついてきた。

 素朴な町のお姉さんといった外見だけど、質素なワンピースを押し上げる胸が大きい。抱き寄せられた俺の腕が、彼女の豊かな胸に埋もれている。


「……あのさ、あなたを助けたのはフィーネなんだけど?」


 フィーネが不機嫌さを隠すことなく言い放ち、ぐいぐいと俺達のあいだに割って入ると、俺からお姉さんを容赦なく引き剥がした。


「も、もちろん、あなたにも感謝しています。ありがとうございました」


 お姉さんはぺこりと頭を下げたが、その顔が少し引きつっているように見えるのは、たぶん気のせいじゃないだろう。

 これがなければ、フィーネも良いやつなんだけどな。


「フィーネがすまない」

「むぅ、どうしてお兄ちゃんが謝るの?」

「おまえがいつもやりすぎるからだよっ」


 不満気なフィーネを睨みつける。

 そんな状況に耐えかねたのだろう。お姉さんが慌てた様子で「い、いえ、私は平気ですから」と仲裁するようなことを口にした。

 これ以上は返って気を使わせそうだと判断して、俺はお姉さんへと向き直った。


「それで……どうして追われていたんだ?」

「実は……」


 お姉さんは目をそっと伏せ、事情をぼそぼそと語り始めた。

 それによると、お姉さんは露店を開いていたのだが、さっきの連中にみかじめ料を払えと脅されて追い掛けられたそうだ。


「家にはお腹を空かせた妹が待っているのに、私、どうしたら……」

「ええっと……露店でなにを売ってたんだ?」


 あまりの境遇に見かねて尋ねると、お姉さんは中古の短剣を取り出した。ほかの者は全部置いてきてしまって、それだけなんとか持ってきたらしい。


「もしよろしければ、銀貨3枚で買って頂けませんか?」


 ……銀貨3枚。あまり手入れされていない短剣としてはちょっと高い。ただ、こういってはなんだけど、俺にとって銀貨3枚はたいした額じゃない。


 これもなにかの縁だし、買ってやっても良いのだけど……このお姉さん、再び俺の腕を軽く抱き寄せている。

 狙ってるのか天然かは分からないけど、フィーネが不満気に睨んでるから逆効果だ。


 少し離れるように言った方が彼女のためかもしれない――と思ったのは少し遅かったようで、フィーネが肩をポンと叩き、振り向いたお姉さんの瞳を覗き込んだ。

 お姉さんの瞳から光が消え、次の瞬間には憎悪に染まる。


「……ったく、なんであたいがこんな、苦労もしたことがなさそうな金持ちに媚びなきゃいけないんだよ! まったく、やってられないよ」


 物凄い変わり身である。

 俺は思わず呆気にとられてしまった。


「なんだい、その目は? あたいが本気で感謝してるとでも思ってたのかい? あたいはただ、同情を買ってあんたに短剣を買って欲しかっただけだよ」

「ちょっと、落ち着けって」

「触るんじゃないよっ! あんたらみたいな連中、ホントは大っ嫌いなんだよ!」


 止める暇もなく、お姉さんは悪態の限りをついて走り去っていった。俺はなんとも言えない気持ちでその後ろ姿を見送り、じろりとフィーネを睨む。


「……なにか、言いたいことは?」

「お兄ちゃん、女の人に騙されて、可哀想……」

「お前が精神干渉したんだろうがっ!」


 ほろりと目元の涙を拭うフリをしたフィーネを本気で怒鳴りつけた。


「おまえ、いいかげんにしろよ。護衛として同行を認めたけど、これ以上他の奴らに迷惑を掛けるなら、これからの旅には絶対連れて行かないからな?」

「……お兄ちゃんが認めなくても、フィーネはついていくよ?」

「好きに言ってろ。俺は認めない」


 吐き捨てて、俺は歩き始める。


「お兄ちゃん、どこへ行くの?」

「さっきのお姉さんを探して、短剣を買ってやるんだ」

「えぇ? あんな人、放っておけば良いじゃない」

「そう思うならおまえはついてくるな。先に宿に行って、これからどうするか考えておけ」


 俺はフィーネを置き去りにして、お姉さんの後を追い掛けた。

 だが、フィーネと話している時間が余計だったのだろう。角を曲がった先を覗き込むが、さきほどのお姉さんの姿は見えない。


 まいったな……と、俺はため息をついた。

 正直、なにがなんでも短剣を買って助けてあげたい、みたいな気持ちがあったわけじゃないし、お姉さんのおっぱいに釣られたわけでもない。

 というか、おっぱい程度で誘惑されていたら、とっくにフィーネに堕とされている。


 だが、フィーネが迷惑を掛けた。

 認めたくはないが、フィーネは俺の妹だ。その妹が迷惑を掛けた以上、せめてものわびを入れるのが兄としての務めだと思うのだ。


 そんな風に考えてお姉さんを探していると、「ようやく見つけた」と声を掛けられた。振り向いた先にいたのは少年、雑貨屋の見習いだった。

 どうやら、俺を探していたらしい。


「……どうかしたのか?」

「えっと、財布は無事か?」

「……ん? えっと……無事だけど?」


 意味は分からなかったが、取り敢えず確認して答える。だが、なんでこの少年が俺の財布の心配をするかが分からない。


「どういうことだ?」

「実はさっき、店を出て行くあんたを追い掛けていく連中を見かけたんだ。そいつらがたちの悪い奴らでな」


 少年の話を纏めると、スラム街に住んでいる柄の悪い連中で、追われる役の女と、追う役の男に別れて旅人を騙して近付き、女が財布を盗んだり、安物を高く売りつけたりするそうだ。

 ……なんか、物凄く身に覚えのある話である。


「やつら、旅人にしか手を出さないから、役人もめんどくさがって調査もしやがらねぇ。けど、この街の評判が悪くなったら、俺達が困るから警告しに来たって訳だ」

「……なるほど、警告に感謝するよ」


 俺は感謝の言葉とチップを渡して見習いの少年を見送り、思わずため息をついた。

 どう考えても、さっきの女がその一味だ。

 男達の脅迫に屈したら上々で金品を巻き上げ、それが無理なら女がスリを試みる。それさえも無理そうなら、作り話で同情を引いて物を売りつける。そんな感じだろう。


 ……すっかり騙されたな。

 今回ばかりはフィーネのおかげ………………待てよ?


 見習いの少年によると、男達の脅迫の次は、女が財布を盗むといっていた。でも、いくらエンチャンターの俺でも、あんな女に財布を取られそうになったら気付く。


 つまり、あの女は財布を取ろうとしていない。おそらくはそれより前のタイミングで、フィーネが俺とあの女の引き剥がした。

 フィーネが事前に気付いていた可能性は……ある、か?


 ……いや、気付いていたのなら、俺に教えれば良いんだ。そしたら、俺だってフィーネの声に耳を傾けたし、あんな風に怒鳴りつけることもなかった。


 気付いた上で、あえてあんな行動に出る理由は……俺が騙されたと気付いて傷つかないようにするた、とか?

 ………………ないな、絶対にない。


 でも、偶然であれなんであれ、フィーネのおかげで騙されずに済んだのは事実だ。

 色々問題行動を起こすけど、護衛としてはしっかりやってくれている。ひとまずフェリス達を助けに行くまで、もう少し様子を見ることにしよう。

 そんなことを考えながら、俺は宿へと向かった。

 

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