四十三話 ランクアップテスト その⑥
翌日。
トーナメント二日目が幕を開けた。
試合数は半分になる訳だが、昨日よりも観客が増えて更に熱狂しているようにも見える。
出場するブレイブは無傷で勝ち抜いた人もいれば、激闘の末に大きなダメージを負ったまま次の戦いに挑まなければならない人もいた。
それでも戦いが続くのがトーナメントの大変なところだろうか。
そんな中、二回戦第一試合。
僕こと、クズゴミ・スターレットVS傭兵屋のブルースのカード。
試合前にトトカルチョの賭けをして来たが、昨日ほどではなかったにしろ、やはりオッズはかなり偏っていた。
誰も僕が勝つとは思ってないのだろうか。
「ところで何で傭兵屋がブレイブの試合に出てんだろう?」
控え室にて、昨日ですっかり慣れ、試合前なのに全く緊張感がない僕はそんな疑問を呟く。
ブレイブだって半分は傭兵みたいなものだから兼業することもないと思うが。
するとエーテルが答えてくれた。
「この大会で優勝したブレイブの所属ギルドには多額の賞金が贈られるらしい。それにギルド同士のマウント取りにもなってんだろ。だから腕のいい傭兵を雇って優勝させ、表面上は自分ギルドのブレイブだが、終わればすぐやめる契約とかだろう。考えられるとすればそんなとこか」
「なるほど」
汚いことを考える人もいるもんだ。
それに優勝したら賞金が出るのは初耳だ。
ギルド長め、黙ってやがったな。
まあ決勝では最低でもスピアちゃんと当たる筈だから僕の優勝はないも同然だが。
と、たわいもない話をしていると控え室のドアが開く。
「スターレット選手、時間なので入場ゲートへ向かって下さい」
大会スタッフに言われ、僕は立ち上がる。
再び、戦いの時来れり、か。
「もう棄権しろとは言いません。どうか無事に戻ってきて下さい」
「ヤバいと思ったら躊躇うな。早く降参しろよ。怪我の少ない内にな」
カオリンとエーテルが心配そうに声を掛けてくる。
でも昨日の流れからして、日和った態度を見せたら手のひら返して無理やり出ろとか言ってくるんだろうな。
「心配し過ぎだって。実は僕がめちゃくちゃ強いって可能性もあるだろ?」
「そういうのいいから。変にカッコつけようとして無駄な足掻きするじゃないわよ? 終始身を守ってなさい。そんで三分くらい耐えたら降参するの。それだけ保てば御の字よ」
舐めたことを言うアティナだが、数分後にはそんな口も叩けなくなるを知ってると特段思うこともなく聞き流せる。
実際に戦ったらその通りなのは認めるが。
「あとそうだクズゴミ。はいこれ、私のお手製の白旗。声が出せなくなったら使ってね」
「あ、ありがと」
更に、馬鹿にしてるのか親切なのか分からないアティナからの選別も貰い、僕は戦いへと赴いた。
白旗を使うことはまず無いけどナ。
そして試合。
熱狂の渦の中心にいるが、リラックスした気分で僕は闘技場に立っていた。
まだ相手の傭兵屋は来てないのに観客から待ちかねた様子の声援があがっている。
僕は見てないから知らないけど前回の試合はかなり凄惨だったらしく、血の気の多い観客にとっては盛り上がるショーだったらしい。
それで今回の試合にも期待が集まっているようだ。
血を見せろ血をってやつか、なんて恐ろしいんだ。
『ーーさあ続く入場は! 冷酷! 残酷! 故に強い! 折り紙付きの実力は既に証明されている! 再び血の雨が降りしきるのか!? Bランクブレイブ、サンブックギルド所属、ブルースゥゥーー!』
実況の紹介コールに合わせて観客が沸いた。
期待の選手、ブルースの登場に注目が集まる。
ーーーーが、しかし。
そのブルースが現れる気配が微塵もない。
ざわっ……!
それにはどよめく観客達。
困惑する実況。
慌てる大会スタッフ達。
内心、ほくそ笑む僕……!
当然、ブルースがここに現れることはない。
なんせ僕の『オーバー・ザ・ワールド』と『ベネフィット・スターズ』の能力のコンボで、僕ですらどこか分からない程この街から遠く遠く離れた山奥に転移して置いてきたからな。
一瞬でいつの間にか見知らぬ場所に居るのだから、奴は今頃パニクってるだろう。
もちろんのこと、あと五分でここに戻ってくることは絶対に不可能。
一回戦に引き続き、巧妙且つ確実な盤外戦術が炸裂したという訳だ……!
『タ、タイムアップです! 何ということでしょうか……! ブルース選手、タイムアップのため失格! よって勝者はクズゴミ・スターレット選手ーーわ、わ! 魔法を撃つのはおやめ下さい!』
実況がタイムアップを宣言すると同時、会場中から大ブーイングと空き缶かわりに今度は魔法が飛んでくる始末となった。
「ふざけんなぁ! 二連続で不戦勝なんてあるかっ!」
「ブルースを探して連れてこいよスタッフ!」
「責任者出せっ!」
怒号と魔法が飛び交う中、巻き添えを喰らう前に僕はその場をそそくさと後にした。
これを収めるスタッフの人は実にご苦労なことだと同情してしまう。
もちろん僕には関係ないがな。
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「くそっ、ブルースの野郎どこに行きやがった!?」
「あのクソ傭兵め! 前金だけ受け取ってトンズラしやがった!」
僕が控え室に戻る途中、そんな感じで声を荒げながら走り回る相手のギルドの人達が目に入った。
汚いことをするからバチが当たったんだと思う僕。
そして控え室のドアを開けると、
「クズゴミっ! あんたなんかやったわね! やったんでしょ! やったと言いなさい!」
「おいおい、何の話だアティナ」
見苦しく半狂乱な状態のアティナがすごい剣幕で掴みかかってきた。
そういえば賭けで相手のブルースに張ってたんだっけ。
結果このザマで、またもや金を失ったという訳か、気の毒な奴だ。
「とぼけるんじゃないわよ! あんた相手にお金かなんかで八百長でも持ちかけたんでしょ! それじゃなければ二回も不戦勝なんてあり得ない!」
「とんだ、言いがかりだナ」
まあ確かにアティナの言うことはもっともなところ。
しかし相手は運良く傭兵。
それが意味することをエーテルに投げかける。
「アティナ、八百長なんてあり得ないって。そうだろエーテル?」
「あ、ああ。傭兵連中にとって信用ってのは命だからな。金で寝返る様な真似で約束を反故にした日には、その話が広まって信用は失墜。傭兵生命は終わったも同然だ。だからクズゴミが取引を持ちかけてこうなったとは考えられないぜ……多分」
そう説明を聞いたアティナは、またもや乾いた笑いと共に絶望の淵に沈んでしまった。
「そ、そーなの……はは」
ブルースを雇ったギルドは、大会には傭兵とは申告してなかったようだが、有名な傭兵故に観客達には素性は知られている。
すなわちエーテルが説明した内容を観客達も心得ているから、僕が何かしたと疑われるおそれは無いということだ。
それには関してはラッキーだったナ。
つまりそうなると、ブルースは何も落ち度がないにも関わらず傭兵屋としての人生は終わってしまったという訳か。
実に残念だ。
もちろん僕には関係ないがな。
ていうかアティナはもし本当に八百長だったら僕の反則負けでも推すつもりだったのだろうか。
「とにかく二回戦突破だ。いやぁ、実に運がよかった。またもや不戦勝なんて。日頃の行いが良いことの証左だよ。悪いね、せっかく特訓して貰ったの今のところそれが活かせてなくて」
「別に、どうかお気になさらず。きっとどこかで役に立つ日が来ますよ」
「まあ……運も実力の内って言うからな。その悪運もいつまで続くかだがよ」
足組んで椅子に腰掛けるエーテルと、体育座りで落ち込むアティナを慰めるカオリンは、なんか引っかかったような感じでものを言う。
きっと二人もかなり僕を怪しんでるのだろうが、確証がないから追求出来ないのが歯痒いってところか。
まったく、仲間を信じられないとは酷い奴らだな。
「ところでクズゴミ、アティナがクズゴミを叩きまくれば何か白状するかもと取り憑かれたように繰り返し言ってますが」
「耳を貸しちゃいけないよ」
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その夜。
街の酒場にて。
「よっしゃ、どんどん頼め。今日は僕の奢りだからな」
そこで僕とスピアちゃんの二回戦突破おめでとう祝いをやっていた。
スピアちゃん兄妹は他に約束があるということでいつもの四人でやってる訳だが。
「どうしたんだクズゴミ? やけに羽振りがいいよな。昨日も会計もってくれたしよ。お前も賭けやってたのか?」
「いやぁ、そんなんじゃないよ。ただこういう時だからぱあっとやろうと思っただけだ」
エーテルに指摘はされたが、一応は僕が賭けで大儲けしたことは黙ってるつもりだ。
今日の勝ちを合わせるとちょっと人に言えないような金額になったからだ。
店の人もよくこんな大金を用意出来たもんだ。
ちらりと聞いた噂では、必ず回収するから面子の為にも無理やり現金を用意したらしいが、回収出来なかったらお終いとのこと。
確かに僕が金を受け取る時、ただならぬ殺気を放つ怖そうな人が辺りについていた。
それも『ハーミッド・クラウド』で煙幕からの転移で逃げられたから、何の問題もなく全額しっかり持ってこれたのだ。
そうなるとあの店はいったいどうなったのだろうか。
もちろん僕には関係ないがな。
「すいませーん! おかわりくださーい! 今度は樽で!」
人の奢りだからって、さっそくアティナがとんでもない注文をしやがる。
「飲み過ぎですよアティナ。もう少し身体を労ったほうが……」
「いいの、いいのよカオリン、飲まなきゃやってらんないのよえへへへへ」
「良い良い、飲ませとけって。人にはある、そういう気分のときが」
カオリンの心配も意に介さず飲みまくり、すでにできあがる寸前のアティナ。
これで女神なんだから世も末だ。
酔った勢いで無差別吸血事件を起こさないか心配だが、まあ僕と違って大金を擦った後だから気持ちは分からなくもない。
そう思うと少し気の毒になってきた。
命懸けの死線を潜った仲だし、何かしらの救いの手を差し伸べてやるか。
ーーなんて考えていた、そんな時。
急に背後から敵意を感じたと思ったら、やけにやばそうな雰囲気漂う男が数人、僕に近づいてきた、
「おうおう、随分と景気いいなあんちゃんよ……俺らにも奢ってくれや」
……面倒なことに完全に絡まれた。
空気が重くなると同時、アティナたち三人の警戒心がピリピリと伝わってくる。
ここで暴力沙汰になるのはよろしくない。
僕はこういう時はとりあえず友好的な態度でやり過ごすことにしているが上手くいくだろうか。
「……いいっすよ。これ、よかったらどうぞ」
僕はまだ蓋の開けてない酒瓶を一つ取り手渡す。
男はそれを受け取ると、
「おー、ありがとーー」
あ、まずい。
「よっっ、と!」
まずい、と思った次の瞬間、僕の脳天に酒瓶が割れるほど強く叩きつけられた。
ぱりんっ、とガラス瓶の割れる音に、揉め事の気配を察知した周りの客がざわめく。
「……っ」
僕は慌ててアティナの手を抑えていた。
躊躇なくグングニルを出そうとしてたからだ。
下手したら店ごと吹っ飛ぶ。
そんな危機を男は知る由もなく、
「不戦勝で勝った後に飲む酒は美味いか? このイカサマ野郎が。おかげでこちとら大損だ」
「べ、別にイカサマした訳じゃ……」
盤外戦術です、とは言えない。
しかしどうやらこの人も賭けで大損して僕にその八つ当たりをしにきたらしい。
二連続不戦勝というあきらかに怪しい結果だから不正があったと邪推するのも分からなくはないが。
「おい、テメーの運の悪さをうちのクズゴミに当たり散らすのはお門違いじゃねえのか」
エーテルが怒気の含んだ声で男に言い放つ。
見るとエーテルはこれなから鉄拳を使うと言わんばかりグローブをはめているし、カオリンは既に刀の鞘に手が掛かっている。
「はあ〜!? なんだこの女。外野が口出すんじゃねえっ!」
男は声を荒げながらエーテルに向かって手をあげようとしたーー。
そこを僕は割って入る。
「まぁまぁまぁまぁ! も……申し訳ない!」
僕は争う気は毛頭ありませんという雰囲気を醸し出しながら、男に謙る。
アティナたちには、ここはまかせろの意味と取り決めしておいたサムズアップをこっそりしておきながら、だ。
「確かに! 確かに、あんな結果で大損したんじゃ納得出来ないのも頷ける! でも実のところ僕自信もかなり驚いている部分もありまして……なのでひとつ、ここは穏便にこれでなんとか……」
僕は流暢に少し早口でそう捲し立てると、男にしか見えないようにこっそりと金の束を差し出した。
幾ら損したか知らないが、まあまあな額がある。
「……ちっ、せいぜい次はまともにやることだな!」
「はは……そりゃもう」
捨て台詞を残して男は取り巻きを連れて戻っていった。
何とかやり過ごせたらしく、安堵の一息を吐く僕。
「いやぁ、チョロいなあいつ。ちょっと下手にしてやったらすぐに帰りやが……」
しかし振り向くと、三人とも物凄い不満そうな顔で何か言いたげにしていた。
殴られたのは僕だからそんな怒らなくてもいいのに。
「お、お客様、大丈夫ですか……いま警察を呼ぼうと」
「あ、いや、大丈夫です! これぐらいはなんとも! ……あとすいませんけど会計をーー」
その後、いい店だったけどあやがついたので店を変えようと僕が提案し、街を歩いていた。
「何でよ! あんなの簡単に捻って黙らせればよかったのよ! それをあんたは腰抜けな態度を取って!」
「大人の対応と言ってほしいな。それにいいんだよ、あの場はあれで。暴力沙汰で警察を本当に呼ばれたら大変だった」
流石に今度こそお縄になるところだ。
「警察なんて昨日も呼ばれたでしょ! 今更ビビることないじゃない!」
相当熱くなってるアティナがくいかかってくる。
確かに昨日も警察沙汰になったけど。
「……お前さっきまでベロベロに酔ってたのに、もう酔いが覚めたのか?」
「血を司る女神たる私にとって、血液中のアルコールを操作して酔いを覚ますなんて朝飯前ーーって、話をそらさないで頂戴!」
意外な能力を持つアティナを関心する暇もなく突っかかってくる。
「まあ考えてもみろよ。この街で騒ぎを起こすと僕らだけじゃなくランスさんたちも同じ街の人間として一括りにされちゃうもんだ。そうなると迷惑かけちまうだろ。僕は平気だから」
それと今のことはランスさんたちには言うなと、僕は付け加える。
まあ既に悪名高くなってる僕が迷惑かける心配をするのもふざけた話しだと思うが。
「うぅ……もう、分かったわよ」
うんうん唸りながらも無理に自分に言い聞かせて納得した感じのアティナ。
「……だからそんな顔するなよカオリン」
店を出てからカオリンがずっとかげりのある表情をしている。
口に出さないだけで、もしかしたらアティナと同じ心境なのかもしれない。
「……頭の傷は大丈夫なんですか」
「うん、大丈夫だよ。特訓の成果が出たね」
本当はまずいと思った瞬間、すぐさま『ベネフィット・スターズ』第三の能力を使ったから無傷で済んだのだ。
「クズゴミが望むなら……私、暗殺の心得が多少ーー」
「い、いいよ、そこまでしなくて」
物騒なことを言うカオリン。
もしかして一番怒らせたらやばいのはカオリンなのではないか。
「まあ……悪かったよみんな。悔しい思いさせて」
「別にお前が謝ることじゃないぜ」
エーテル……さっき僕が間に割って入らなかったら相手をボコボコにしてたんだろうな。
「っしゃ! 飲み直そう! 良さそうな店見つけてるんだ。アティナ! もちろん樽で飲むんだろ!」
なんか空気がしんみりしてたので僕は思い切って声を上げた。
こういう雰囲気は嫌いだからな。
「そうね、せっかくの酔いも覚ましちゃったしね」
そうして僕の先導で夜の街を歩いていった。
この後、珍しく酔ったカオリンとエーテルに一晩中さっきのこととよく分からん愚痴話に付き合わされるのをまだ知る由のない僕。
でも思ったよりも僕がやられた時、意外と心配してくれるって分かったから何か嬉しかったりする。
とりあえず今回の件、三人は僕が我慢しろ的なことを言ったから鬱憤が溜まるような形になったと思うが、安心してほしい。
確かにあの場では穏便に済ませたが。
ーー僕は許すなんて、一言も言っちゃいねぇ。
翌朝。
風の噂で知った話だが。
僕を瓶で殴打した男はこの街でも悪行で有名な商会のお偉いさんだったらしくーー。
トーナメントの賭け屋をやってたところ、とある客に多額の金を支払うこととなり、回収も出来ずに超大赤字になったそうだ。
追い討ちをかけるように昨晩未明、男の住む屋敷が何者かに徹底的に荒らされ、高額品から日用品を含めたあらゆるものが壊され、屋敷中に泥や汚水を撒かれるという事件が発生。
そして被害総額はかなりものなのは言うまでもない。
盗人ではなく愉快犯の仕業だと警察が調べているが、犯人の目星はない現状とのこと。
その惨状に男は、人前構わず発狂染みた悲鳴をあげていたようだ。
もちろん僕には関係のないがな。




