四十二話 ランクアップテスト その⑤
僕がほくほくした気持ちで会場に戻った頃には、既に一回戦第二試合が終わっていた。
「あ、クズゴミ。ちょっとどこ行ってたのよ。あんたの次の対戦相手の試合、もう終わっちゃったわよ」
大盛りのポップコーンを食べながら観戦していた様子のアティナが状況を教えてくれる。
ちゃちゃっと用事を終わらせたつもりだったが、試合もそこまで長引かなかったらしい。
「まあ少し野暮用でね……ところで、どっちが勝ったんだ?」
「傭兵屋のブルースって人。本当に酷いのよ。相手は血だるまなのに、ダメ押しで両腕までへし折ったりして」モグモグ
「界隈じゃ残酷で冷酷な性格のイカれ野郎で名が通ってる筈だ。金の為なら家族でも手にかけるって噂だぜ」
「へぇ……」
アティナとエーテルにそう聞き、闘技場の方を見てみると、確かに血溜まりが出来ていてその凄惨さが窺えた。
「そうか、ヤバいな……それでカオリンはこの状態なのか」
血が極度な恐怖心を感じ苦手なカオリンは、その試合を見たせいでぷるぷるとしながらうずくまっている。
「可哀想に。やられた奴も気の毒だな。トーナメントの組み合わせが少し違えばそんなことにはならなかっただろうに」
僕と当たっていればトイレに磔で済んだのに。
「なに人ごとみたいに言ってやがるんだ。次に可哀想な目に遭うのはお前かもしれねぇってのによ」
僕がカオリンを撫でながら呑気にしていると、エーテルが食いかかってくる。
「ヤバそうだったら直ぐに降参すれば大丈夫だって。ていうかエーテル、さっきは腕の一本でも折られりゃいいとか言ってなかったっけ?」
「馬鹿野郎、腕の一本じゃ済まねぇから言ってんだ。さっきの試合だって初っ端に相手の喉を潰して降参を宣言出来なくしてから痛ぶってやがったぐらいだ。クズゴミなんかじゃいいようにやられちまう」
力説しているエーテルを眺めながらアティナから分けて貰ったポップコーンを食べる僕。
危機感がまるで湧かないのでエーテルが続けて、レフェリーが止めに入らなきゃ殺されてと、穏やかではないことを言うが完全に聞き流してしまう。
「だからよ……今回は真剣で忠告するが、棄権したほうが身のためだぜ? あんなろくでもない野郎を相手にする必要ないだろ?」
どうにか僕を説得しようとしてくるエーテル。
正直、棄権を勧められるのはもう飽きたんだよなあ。
「そうよ、棄権しなさいよ。ぜひ棄権しなさいよ。でもまだしちゃ駄目よ。試合が始まる直前で棄権するのよ。それで間に合うでしょ、ね、ね」
「何が、ね、だ。お前とエーテルの言葉は重みが違うからな」
今すぐ棄権の申告をすると、次の僕の試合がなくなって賭けもなくなるから、アティナとしては困る訳だ。
まあ僕が負けるのは別にいいとしても賭けがなくなるのは僕も困るのだが。
「とにかくエーテル、気持ちは嬉しいけど心配し過ぎだって。エーテルとカオリンとスピアちゃんも修行してくれた成果もあるし、相手がどんな奴か知ってる分、対応しようもあるかもしれない」
「私も修行付き合ったわよ」
アティナが何か言ってるが、あれはただボコボコにしにきただけだったからカウントしないのでスルーする。
「それに、いざとなればエーテルが助けてくれるだろ?」
お前を信じてる的な雰囲気な笑顔でサムズアップしながら僕はエーテルにそう言った。
エーテルは頭をポリポリとかき、ため息を一つこぼす。
「はーー、分かったよ。それだけ言う覚悟があるならあたしはもう何も言わねぇよ。勝手にしやがれって」
「サンキュー、エーテル」
プイッとしてしまったエーテルに僕はそう言いながら安堵する。
せっかくの大金会得のチャンスを棒に振らなくてすんだ、と。
「助けに入る……乱入……失格……そっか、そういう手もあるわね」
「お前はいい加減にしろよ」
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その後、試合は順調に進み、盛大な盛り上がりを見せる中、一回戦最終試合が始まろうとしていた。
『さあ惜しみながらも本日最後の試合となりました! トリを飾るのはこの二人だ!』
ここまで三十一試合やって朝から始まった大会も気がつけば当たりが暗くなり始めていたが、大量に設置されたライトに照らされた会場は昼よりも明るく感じる程だ。
『ブレイブ登場です! あのチーム“トライデント”が一人! あの“火雷”の血を持つ! 才能が期待出来るか!? トライデントの四本目の穂先となれるのか!? Bランクブレイブ、イグザンプル街ギルド所属! スピア・ロトギアイダンーー!』
歓声が上がる中、槍を大事そうに持ちながらおずおずと闘技場へ入場するスピア。
一目で緊張しているのが分かる。
確かにあの場に立つのは心臓に悪い。
「実況コラァ! なんだそのセンスのない紹介コールは!」
「全然なってねえぞ!」
「やり直せ!」
歓声に混じって実況にいちゃもんもつけるヤジが飛んでいた。
やけにガラの悪い感じだと思い見てみると、やっぱりスピアの兄たちだ。
「ちょっとちょっと、何ヤジってるんすか。ていうか何でここに? 選手用の控え室には行かないんすか」
「よー、クズゴミか……まあ、色々とだな」
僕は見てらんないので、近くに行ってそんなことを聞いてみる。
すると何故か三人とも沈んだ空気になっていた。
「最初はそっちに居たんだ。それで兄ちゃんたちとスピアにアドバイスとか激励とかしてたんだけど……」
「うるさくて集中出来ないって追い出されちった」
ハルバードとグレイブさんが説明してくれた。
大いにその様子が想像出来るところだ。
「まあ今さら俺たちが言うことないけどな。心配ない、やれるだけやるだろうさ」
ランスさんが腕組みながら堂々たる威風でそう告げた。
どうやら心配は吹っ切れてるようだ。
「ラン兄が一番最後まで未練がましく控え室のドアに張り付いてけどな」
「ハルと俺でここまで引っ張って来たんだけどな」
「滅茶苦茶心配してるじゃないすか」
僕が言った直後、ランスさんがうるせえと言いながら弟二人を殴ったのを境に、兄弟喧嘩が起きる。
流れ弾を喰らいながらも三人を宥めていると、試合開始の宣言がされた。
スピアちゃんの相手はかなりの大柄な立派な髭を蓄えた大男で、獲物は棍棒を持っている。
同じBランクで魔力に大差がない以上、体格差があるのはかなり不利だろう。
『さあ始まりました最終試合! 開始の合図はでましたがーーここはスピア選手、ギガント選手、共に様子見のようだ! こう着状態が続いています! 特にスピア選手は体格の不利があるからか、早々な攻めは厳しいか!』
ジリジリと間合いを取ったまま、お互いに武器を構えている。
あのギガントというブレイブは、まさに名前が表すように重量級の典型的な機動力はないが馬力はあるタイプだろう。
まともに攻撃を喰らえば下手すれば一撃で持っていかれるかもしれない恐怖心は否めない。
だとすれば実況の言う通り、スピアちゃんからすれば軽々に攻め込むのは難しいのは必然か。
「いや、スピアは体格差なんて気にしちゃいねえさ。なんせいつも人よりも何倍もデカい魔獣相手に立ち回ってんだからよ。攻めないのは違う理由だ」
「違う理由?」
ランスさんに僕の考えが一蹴される。
言われてみれば確かに僕だって今までヤバいのと相対したことがあるし、同じランクの同業者相手なら今更と言った感じか。
僕よりも魔獣討伐の経験があるスピアちゃんなら尚更だ。
そうなるとスピアちゃんが攻撃しない理由が思いつかないがーー。
「スピアは優しいからな。多分、まだ人を相手に武器を振るうことに抵抗があるんだろ。人対練を積んではいるが、俺たちとやるのと他人とやるのとじゃあな……」
「なるほど……」
ランスさんに言われ納得した。
物凄く納得した。
スピアちゃんは僕と同じでとても優しいからどうしても相手を気遣っちゃうんだろうな。
もしかして試合なのに相手を傷つけないで倒す方法なんかを模索しているのかもしれない。
『おっと、ここでギガント選手が先に仕掛けた! 体躯にそぐわぬ速度の突進で一気に間合いにーー!』
間合いに入ったギガントは下から抉り上げる棍棒の一撃を繰り出す。
硬い土の地面を削る威力があったが、スピアちゃんは難なくそれを回避。
バックステップで棍棒の射程外へ逃れたが、
『強烈な昇撃ぃ! あ! スピア選手怯んだか!? 顔を庇って構えが下がってしまっている!』
逃れた直後、どういう訳か目を抑えて一瞬、硬直してしまったスピアちゃん。
その一瞬を見逃さず、ギガントは振り上げた棍棒を叩きつけるように振り下ろしたーー!
「っ!」
見てるだけの僕がビビる程の轟音と衝撃が響いた。
魔力と膂力がふんだんに込められた一撃はまるで高いところから大きな鉄球が落ちて来たかのを彷彿させる威力で地面を砕いている。
『か、間一髪っっ! スピア選手、ギガント選手の当たれば即終了を予期する痛恨打を避けています! しかし依然、顔を庇っていて動きが鈍い!』
「あの野郎、見かけによらず狡い真似しやがる。最初の振り上げは目潰しが狙い。怯んだ相手を叩き潰す戦法って訳か。スピアは見事に喰らっちまった」
「そ、そうか、それでスピアちゃんずっと目を気にしてるんだ」
砂とかが目に入ると水で洗ったりしない限りは中々回復しずらいもの。
その間、敵の猛攻を凌ぎ切るのは至難なことは言うまでもないだろう。
魔法で水を出せればいいのだが、あいにくスピアちゃんは火属性だ。
単純な手だが、これはかなりヤバいのでは?
「でもそこは優秀なお兄様方だから何かああいう時の起死回生の手段を伝えてるっすよね!?」
「……」
僕が期待を込めて聞くも、だんまりなランスさん。
「グレ教えた? ……教えてない? ハルは? 教えてない?」
「え、ラン兄は? ……さっぱり?」
兄弟間で確認するも、グレイブさんもハルバードも首を横にふる。
…………。
『ギガント選手が追撃に迫るっ! しかしスピア選手、どうやら目をやられていたのかまだ瞼を閉じたままだ! しかもいつの間にか闘技場のフェンスに追い詰められているーー!』
「「「ごめんーースピア!! 頑張れーー!!」」」
「何やってんだあ! Aランクが揃いも揃ってーー!」
俺たちが言うことはもうないとか言ってたのに、搦手使われた時の不測の事態を想定出来ないのはどういことか。
このままでは非常にまずい!
「スピアちゃんーー!!」
思わず僕はそう叫ぶ。
何とか視力が回復するまで逃げ続けられればと思った、その矢先。
『ギガント選手の攻撃が空を切る! そしてこれはーー! 『イグナイト・ライン』っ! スピア選手、先ほどのまでが嘘のような動きでギガント選手の足を取ったっっ!!』
ギガントの攻撃が直撃したかと思われた直後、スピアちゃんは素早い動きで避けていて、相手の足元へと潜り込んだ。
そして高熱の線を作り出す『イグナイト・ライン』という魔法でギガントの両足を縛り上げたのだ。
『バランスを崩しギガント選手が転倒! すかさずスピア選手が槍で喉元を捉えたっ!』
線を引っ張り足を掬われ倒れ込んだギガントに、性格無比且つ岩を貫く槍捌きによる刺突が飛ぶ。
が、それは喉に刺さる寸前でストップされた。
『あー! ここでレフェリーがギガント選手の降参宣言を受諾! よって最終試合、勝者は、スピア・ロトギアイダンーー!! 体格差をものとも言わず、柔よく剛を制す、見事な勝利でした!』
瞬間、街中に轟きそうな程の観戦が上がった。
僕もやったーと喜ぶが、隣りの三人の喜ぶ方が尋常じゃなく、もはや優勝したかの如く泣きながら騒いでいる。
やっぱり窮地から逆転勝ちは盛り上がるもんだ。
そして控え室の前。
「やったなスピア! 見事な勝利だ!」
「素晴らしい戦いだったぞ、スピア!」
「流石は俺たちの自慢の妹だスピア!」
「ありがとう、兄ちゃんたち」
凱旋したスピアちゃんを褒めちぎり祝福するランスさん、グレイブさん、ハルバード。
頭をわしゃわしゃと撫でたり胴上げしたりしている実に微笑ましい光景だ。
一時はどうなるかと思ったが勝ててよかった。
そう思っていると、更なる人影が。
「あ! カオリン!」
いつの間にかアティナ達も来ていたようだ。
それを見たスピアちゃんは、何故かカオリンに向かって走り出す。
「初戦突破、おめでとうございます、スピア」
「ありがとうカオリン!」
そのままぎゅっとカオリンにハグするスピアちゃん。
アティナとエーテルもおめでとうって拍手してる。
僕が勝った時にはあんなのなかったんだけどな。
心なしかスピアちゃんも今さっきより嬉しそうな感じだ。
「カオリンが教えてくれことが役に立ったよ! 目潰しされた時の対応や、それを利用して相手の油断を誘う戦法とか!」
「なによりです。まあ、百戦錬磨の私からすれば基本中の基本な技の一つですが」
その言葉を聞き、肩身が狭くなってる様子の兄弟達。
こういうのは三人ともしばらく引きずりタイプだからなぁ……。
「……みんなで今日は呑みましょう。僕の奢りで」
「「「クズゴミ……!」」」
哀愁が漂ってきて見てられなかったので、そう誘うとガシッと嬉しそうに三人が抱きついてきた。
しょうがない奴らだダチ公よ……!
僕は男の友情を噛み締めるのだった。
「なんで彼らは抱き合っているのでしょう」
「さぁ……」




