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できそこないの歌姫  作者: shinobu | 偲 凪生
第6話 玻璃の国
36/37

6

「これでよかったのか」

 問われて、ルゥはエメリーを見た。

「はい。助けに来てくれて、ありがとうございます」

「ぼくを呼ぶ必要なんてなかっただろう」

「そんなことありません」

 エメリーが現れなければ世界は何度も同じことを繰り返していただろう。

 それを教えても一笑に付されるだろうから黙っておく。

「お別れは唐突すぎました」

 ルゥはエメリーの両手を自らの掌で包みこんだ。

 少し冷たいけれど確かに存在していることを確認できる体温。そっと額に当てる。

 瞳を閉じて、祈るように。


「あなたとわかりあえなくても、出逢えてよかった。そのおかげで、わたしはわたしであると知ることができました……」


「お前はやっぱり、どこまでいっても甘いな」

 ほんの少しだけ、皮肉ではない別の感情が混じった言葉。やわらかな声色が耳朶を打つ。

 それはルゥの心を震わせるには充分すぎるものだった。

「ありがとうございます。褒め言葉として受けとっておきます」

 手を離してエメリーを見上げる。自然と笑えていた。


「きっとこの胸の痛みが、わたしを前に進ませてくれるはずですから」


 エメリーの目が点になる。それから、躊躇いがちに視線を泳がせた。

 ルゥと視線が合うと弾かれたように逸らす。

「ぼくは行く。この世界はお前に似てとんでもなく甘ったるいかもしれないが、だとしたらまた出逢うこともあるかもしれないな」

「はい」

 ルゥはこの場でエメリーを抱きしめることだってできた。

 しかし、そうしてしまえば、お互い二度と逢うことなはいだろうという予感もあった。

「……ふん」

 エメリーはそっぽを向いたまま、ごそごそと着流しの袖を探った。

 何かを握ってルゥに差し出す。

「そのときまで預けておこう」

 闇夜色。エメリーの瞳と同じ色をした、小さな小さな箱だった。

「じゃあな」

「お元気で」

 エメリーは振り向かず、右手をひらひらと振りながら出て行った。

 どこか軽やかな足取りだった。彼もまた、自らの道を探しに旅をするのだろう。


 見届けて、ルゥは箱を開く。

「……!」

 開いて、唖然とした。

 輝きを放っていたのは――蓮の花の色をした、透明度の高いふたつの宝石。

「し、信じられないっ!」

 それらは紛れもなくパパラチアの瞳。

「あのひとは、いつの間に……」

 大きく溜息をついてから、まじまじと瞳を見つめて、そっと指で掴む。

 蓮の花の色だという。桃とも橙ともつかない、言葉で表現するには何もかも足りない輝き。唯一無二の美しさ。滑らかな表面に、ルゥの姿が反射して映りこんでいる。

「やっぱり、きれい」

 空中に翳すと光はいっそう深くなる。きらきら。きらきら。

(パパラチアさんは、どんな景色を見て、生きていたんだろう)

 もうそれを知る術はない。

 そしてエメリーが何を考えて、瞳を託したのかルゥには分からなかった。

 だけど。

「わたしも生きます」

(その果てに、あなたを見つけるために)

「今度出逢うときは、一緒に花茶を飲みましょう」

 もう姿も見えない想い人へ、語りかける。


 そして、世界は緩やかに置き換わっていく。

 誰の夢かは分からない。

 だけど、ルゥが生きていく、世界へと。

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