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できそこないの歌姫  作者: shinobu | 偲 凪生
第5話 欲望の集まるところ
27/37

3

 その意味を、ルゥはすぐに理解した。

 アシスタントたちが黒い台に乗せられたショーケースを運んでくる。

 司会者の背後にスクリーンが降りてきて、七色の宝石が映し出された。ショーケースの中身を拡大して見せているようだ。

『まずは貴重なサファイア七人姉妹の涙! 涙! 大粒レインボー、七点セットでございまーす!』

 その瞬間に、エメリーのフィンテリングには、見たことのない桁数の金額が表示された。

 回転する数字にルゥは唖然とする。

「こ、これは」

「呆れる話だろう。ただの、コランダムの涙だぞ」

 にやり。エメリーの態度からは皮肉混じりなのか、心底馬鹿にしているだけなのか掴めない。

(信じられない……)

 次々とコランダムの涙は高額で落札されていく。

 ――それは、ルゥが街中で自分の涙を売ったときよりも、遙かに高い金額ばかりだった。

 茫然とするルゥの隣で、平然とエメリーは食事をつづけている。

「お前も正体を明かせばこんなの遙かに超えて涙を売れるぞ。なんならその瞳もな」

 返事はせずに首を左右に振った。

(なんなの……これは……)

 予備知識もなく迎えた品評会。回を追うごとにルゥの全身は不快感に蝕まれていくようだった。背筋が粟立つのを感じて、ルゥは自らを抱きしめる。

 用意された食事には一切口をつけることができずにいた。

 一方でエメリーは完食すると、ソファの背もたれから体を起こす。

「さぁ、ここからが本番だ……」

 膝の上に肘を置いて、右手の甲を顎にやった。瞳の鈍色が一層濃くなる。闇が、深くなったようだった。

「本番? 今までのは」

「黙って見てろ。すぐに分かる」

 ルゥは舞台へと視線を戻した。アシスタントたちが次の品物を運んでくる。大きな影が見えて、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

(まさか)

 ルゥの動悸が激しくなる。それが何か気づき、本番だという言葉の意味を認識してしまった。

「そん、な」

 声は虚しく宙に浮くのみ……。


 ショーケースではなかった。それは、首と両腕に枷をはめられた長い黒髪の女性――。


 笑顔を貼りつけたアシスタントが、無理やり髪の毛を引っ張って顔を上げさせた。もうひとりのアシスタントも同じ表情で、女性の瞼を上下に引っ張る。人間ではなく、モノを扱うような乱暴さだった。

 スクリーンに女性の沈んだ表情が映し出される。

 瞳は、エメリーの飲んでいたぶどうジュースよりも透きとおった、紫色……。

「……」

 ルゥは後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けて、今度こそ言葉を失った。

『大変貴重なコランダムの瞳! カラーサファイア、バイオレットでーす!』

 おおお。歓声と拍手が巻き起こり、客席がさらなる熱気に包まれる。フィンテリングに表示される金額はもう桁数を数えることが難しい。

 ルゥはふらつきながらも立ち上がる。

(こんなこと許されていいの?)

 窓ガラスに手をつくと、眼下に広がる光景を見つめた。

 人間たちは愉快そうに笑っている。当たり前のように、コランダムがモノとして取引されている。彼らにとって、コランダムはただの商品なのだ。

(気持ち悪い……)

 それは圧倒的な嫌悪感だった。

 窓ガラスに額を当てたまま、拳を握って、どんと叩く。

「これくらいで憤っていたらパパラチアにはお目にかかれないぞ」

 あっとういう間に落札価格が決まり、女性は下手へと連れて行かれた。

(どうしてミィさんは平然としていられるの……!)

 怒りでルゥは震えだす。彼女が辿る末路など考えたくもなかった。

 コランダムの瞳を着飾る道具にしている奴らなんて、見たくもなかった。

(許せない……!)

「ほら、ちゃんと見ていないと、大事なところを見落とすぞ」

 ルゥは振り返ることはしなかったけれど、エメリーが淡々と告げてくる。

 最大の歓声が起きて、拍手は鳴りやまない。


『さて! 本日最大の目玉! 文字通り、こちら、最果て博物館の亡霊。パパラチア・コランダムの瞳でございまーす!』


「えっ?」

 弾かれるようにルゥは顔をあげた。

 アシスタントが慎重に運んできたのは、両手にすっぽり収まるサイズのガラスケース。

 透明な液体のなかに蓮の花の色をしたふたつの宝石が浮いている。真紅とは違う美しさを湛えた、神秘的な鋼玉の色だ。見る者を夢中にさせる魅惑の色。


 しかしそれが意味するのは、最悪の再会。


「パ……パパラチア……さん……?」

 ルゥは、全身の力が抜けて、へなへなとへたりこんだ。

「よかったな。お目当てのパパラチアだ」

「あれを見て、なんとも思わないんですかっ?」

 勢いよくルゥはエメリーに振り返る。

 エメリーは皮肉混じりの笑みを浮かべながらぶどうジュースを飲んでいた。

「なんとも」

「……で、す、よ、ね」

 想定の範囲内すぎて、ルゥは肩を落とした。

「この場にパパラチアの瞳を提供したのは、ぼくだからな」

 え、と聞き返そうとしたルゥの声は、ガラス越しの歓声にかき消される。


 オメデトウゴザイマス、ミゴトラクサツサレタノハ、トウカンノシハイニン!

 ガレンサマデース!


 舞台に、四角い輪郭の、しかめ面をした壮健そうな中年男性が現れる。

 ガラスケースを抱いたアシスタントが男性の隣に立つと、彼は満足そうに右手を高く掲げて振ってみせた。

 耳をつんざくような拍手が巻き起こる……。

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