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エメリーはそっけなく、湯気のたつ大皿をテーブルに置いた。
「ぼくは料理が得意ではないんだ」
白い皿の中央にはこんがり焼かれた肉のかたまり。茶色のソースがてかてかと光っている。肉の周りの根菜たちにもソースが染みこんでいて、全体から食欲をそそる香りと湯気が立っていた。
エメリーが肉をナイフで切り分けると、湯気がいっそう立ち昇った。
既にテーブルの上には、木のボウルに入った生野菜と食用花のサラダと、色とりどりのチーズの盛り合わせと、かごに盛られたひとくちサイズのパンが並んでいた。
「すごい……」
感嘆を漏らすルゥに、やれやれ、とエメリーは肩をすくめる。
「肉以外は買ってきたものだ。味は間違いない」
「わたし、どうやら食べることが好きみたいです」
「だろうな。さぁ、食べるぞ」
エメリーが両手を合わせる。ルゥも慌てて真似をした。
「おいしい」
肉を咀嚼しながらルゥは満面の笑みを浮かべた。
周りはしっかりと焼かれているが、中はピンク色をしている。とても柔らかく、噛めば噛むほど肉の甘みを感じられた。肉汁とソースが相乗効果でうまみを引き立てている。さらにはそのソースがかかった蒸し野菜にも、極上のほくほく感がある。
生野菜と食用花のサラダは、甘酸っぱいドレッシングがかかっていて、色とりどりで食感もしゃきしゃきしていたりぱりぱりしていたりふわふわしていたり、見ても食べても楽しいものだった。
チーズも黄色やオレンジ。青カビがついているものは、匂いがきつくてルゥは顔をしかめた。
「パンに載せてはちみつをかけるとうまいぞ」
小馬鹿にしたようにエメリーが言う。
やってみたが、ルゥのしかめ面は変わらなかった。
もちろんパンももちもちとしていて美味しい。
まんべんなく食べて、パンに肉のソースをつけて掃除するように黙々と食べて、ふたりはすべての皿を空っぽにした。
「美味しかった〜! もう食べられない〜!」
「デザートもあるぞ」
「食べます!」
「ちょっと待ってろ」
エメリーが立ちあがってキッチンへデザートを取りに行く。
出されたひと皿には、ひと切れのベイクドチーズケーキが載っていた。
「パパラチアに無理やり習わされた、チーズケーキだ」
ルゥから一瞬にして笑顔が消える。
「あいつのお節介さは語り出したらきりがないが、これだけはよかったと思ってる」
淡々と想い出を語るエメリーに、ルゥは、跳ねるように反論せずにはいられなかった。
「それなのに……どうして!」
「言っただろう。ぼくの望みはこの世界を壊すことだと。そのためにあいつの存在は邪魔でしかなかった。ひたすらに殺す機会を窺っていた」
ふぅ、と小さい溜息を吐き出してから、エメリーは愉快そうに口元に笑みを浮かべた。
「どうだ。ぼくのことは理解できないだろう?」
「……」
ルゥは返事をせずに、チーズケーキにぶすっとフォークを突き刺す。
「……美味しい」
少しだけ酸味の残った、優しい甘さ。ねっとりと濃厚なチーズ部分と、土台のさくさく部分の相性のよさ。勢いよくふた口で食べきる。
(パパラチアさんのと、同じ味がする)
ルゥの瞳からぽろぽろと雫がこぼれた。
(また食べられるなんて思わなかった、けれど。全然うれしくない……)
しばらく俯いてから、意を決したように顔を上げる。
「……わたし、『鋼玉鑑定士』に会ってみたいです」
「は?」
エメリーは頬杖をついて小馬鹿にするように笑った。
「わざわざ死にに行くとは、お前はほんとうに頭が悪いんだな」
「た、正しくはパパラチアさんの瞳を取り返したいんです!」
「お前のものだったことはないぞ」
「揚げ足をとらないでください」
「まぁいいだろう。お前にとって悪影響なことは何でも協力する。ちょうど、品評会の招待状が届いたところだ。もう一枚チケットを頼んでみよう」
品評会という聞き慣れない単語にルゥは首を傾げる。
◆
「馬子にも衣装だな。流石、右のルベウス・コランダムだ」
エメリーが口元に手を当てて、ほぅ、と感嘆した。
ルゥは金色のくるくるとしたウィッグを被らされていた。瞳にはフィルムを貼って、翡翠色になっていた。メイクも濃いめにばっちりと施されている。ビーズ刺繍のクラッチバッグとカットワークの施された紺色のドレスは繊細さが優雅さを演出していた。
高くて細いヒールの靴は立っているだけでもよろけそうになる。
すべてを用意したのはエメリーだった。
(最初といい、どこでどうやって調達しているんだろう)
疑問は頭の隅に寄せておいて、ルゥは顔を真っ赤にして訴える。
「あ、歩けません」
「正々堂々としていないと気づかれて、お前が売りに出されるぞ」
対するエメリーは地が深い藍色で、闇色の花模様が鮮やかな、上品に見える着流しを着ていた。光沢のある、編み上げの黒い革靴を履いている。
両腕を組んで手元は反対側の袖に隠している。これは舌打ちと合わせてどうやら彼のくせらしかった。
「お前のことは、新規顧客としてぼくが直々に連れて行く、と説明している。下手な演技でボロを出すくらいなら、不機嫌そうに黙ってろ」
飄々と告げるエメリーに、ルゥは言い返すことができなかった。
(かかとが靴に擦れて痛い……)
唇を噛んで俯く。
ちょっとでも気を抜けば、エメリーはルゥを売ってしまうかもしれない。
それぐらいはルゥにも理解できているが、歩く度に足が痛くてふらふらするのだ。




