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〈澄んだ水面に波紋のように広がる花弁
ひびの入った球体はいつだっていびつ
繋ぎ合わせるのは愛のうた
すべてを赦す愛のうた
あなたの罪すらやがて水面に融けるでしょう〉
壮大なオーケストラの中心で、最も強いスポットライトを浴びてひとりの少女が立っていた。
艶めく黒髪を結って、光り輝く繊細なつくりのティアラをあしらっている。それは大粒の宝石でつくられたイヤリングと共にきらきらと照明を反射していた。純白を基調としたドレスは、滑らかな素材でできた模造花で鮮やかに彩られていた。四季折々を連想させる花々は本物のように瑞々しく、少女の肌をひときわ美しく際立てる。
漆黒の大きな瞳は潤み、上気したように頬は朱い。
全身を、魂を震わせて少女は歌う。星のように瞬いて。鳥のように軽やかに。花のように愛らしく。また、雷のように空気を震わせて。波のように、勢いを増して。
すべてが少女のために存在した。オーケストラも、スポットライトも、じっと聴き入る観客たちも。
〈知っていましたか〉
不意に演奏がやみ、少女の独唱がはじまる。
〈愛はいつでもあなたの傍にあるということを
どうか気づいてください
あなたの愛はあなただけのものであるということを〉
再開された演奏は最高潮に少女を飾りたてる。観客たちだけではなく、演者ですら少女に対して恍惚の表情を浮かべていた。
〈あなたの罪を赦しましょう〉
ぴたりと鳴りやむ音。しかし静寂はほんの一瞬にすぎない。刹那、誰もが立ちあがり、競って惜しみない拍手を少女へと送る。称賛。感動。祝福。この場で少女にまみえたことを誇りに思う、ありとあらゆる感情を音へと変える。
演者たちも立ちあがり、舞台の中央に手を差し伸べる。
少女は深く、長い時間、頭を下げて……それからゆっくりと観客席に向けて、手を振った。
優しくやわらかい微笑み。
まるで女神のようだ、と誰かが言った。周囲は頷き、拍手をいっそう強める。
その光景を、誰よりもうっとりとしたまなざしで見つめている者がいた。
観客席の後ろ、扉の前に、ひとりで立っている男だ。ストライプ柄のスーツを着て、一見すると育ちのよさそうな青年だったが、この場において唯一拍手をしていなかった。
「美しい君には、真紅のルビーがよく似合う」
脇に大輪の薔薇の花束を抱え、手にしていたのは小さなリングボックス。リングボックスを左手でそっと開けると、大粒のルビーがリングの中心できらきらと輝いていた。
歌姫が舞台から消えたのを見届けて、男もまた、リングボックスをポケットにしまうと、熱気につつまれた会場を後にする……。