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エンドリア物語

「相談相手の選択は慎重に」<エンドリア物語外伝82>

作者: あまみつ

「先ほどから言っているとおり、バーカー殿にお願いしたのです」

 桃海亭のカウンターを挟んで、オレの向かいに立っている魔術師が言った。年の頃は30歳半ば。極上の絹の白いローブを着ている。

「オレに頼まないで、自分でしてくださいよ」

「お願いです。あなただけが頼りなのです」

 必死に訴える男の名前はハロルド・テシモンド。今年の春にラルレッツ王国の国軍副参謀長に就任したらしい。

「我がラルレッツ王国の未来の為に、ムー・スウィンデルズに祖国に戻っていただきたいと」

「ムーなら2階で寝ています。引きずろうが、担ごうが、好きに連れて行ってくれていいですから」

「私では役不足です」

「カウンターの前にいられると商売の邪魔です」

「どうか、どうか、ムー殿をラルレッツ王国に連れて行くのを手伝っていただきたい」

「ムーをラルレッツ王国に連れて行くのに、オレは必要ありません。街道にキャンディを並べておけば、勝手にラルレッツ王国まで歩いていきます」

「そのような無理を言わず、お願いします」

 オレにしつこく頼むこと小一時間。

 出て行って欲しいオレの願いを無視して、居続けている。

 国軍副参謀長ハロルド・テシモンドがムーを連れて帰ることに固執しているにはわけがある。

 ルブクス大陸を東西に分けると、西の方が圧倒的に軍事力が勝っている。西側では長年にわたり、リュンハ帝国とキデッゼス連邦が戦っていた。東側では近年大きな戦いはなかった。軍事力に差が付くのは当然のことだ。

 東の大国ラルレッツ王国は、国土は小さいが、優秀な魔術師を育て、各地に送り込むことで力を増してきた国だ。魔術師が多数いる国だが、白のラルレッツと呼ばれるように白魔術に特化している。戦闘となれば黒魔術を得意とするリュンハ帝国の軽く蹴散らされて終わりだ。

 リュンハ帝国とキデッゼス連邦が争っている間は東のラルレッツ王国は高みの見物だったが、争いが終われば脅威になる。

 戦闘力が欲しい。できれば、魔術師によるものがいい。そこで目を付けたのが、天才魔術師ムー・ペトリ。ムー・ペトリは女神召喚の罪でラルレッツ王国入国禁止だが、名門スウィンデルズ家のムー・スウィンデルズならば国軍に迎い入れることに問題はない。

「このとおり、頼みます」

 土下座しそうな勢いで頼んでくる。

「オレも忙しいんです」

 カウンターに置かれた厚い紙束を指す。

 できれば、今日中に何とかしたいのだ。

 奥の扉が開いて、人影が店に入ってきた。お茶が入ったティーカップを乗せたトレイを持っている。

「遠いところから来られて大変ですな。どうぞ」

 テシモンドの前にティーカップを置いた。

「ありがとうございます」

 テシモンドが会釈をした。

 そして、すぐにオレに「ムー殿を説得してください」と頼んだ。

「だから、先ほどから………」

「大変そうですな」

 オレの言葉をさえぎった人物は、人の良さそうな笑顔を浮かべた。

「よろしければ、わしが話を聞きましょう。助言できることがあるかもしれません」

「しかし」

「亀の甲より、年の功。ここではなんですからな、奥の食堂でゆっくりと話を聞かせてもらってもよろしいですかな?」

 心から心配している様子に、テシモンドも心が動いたらしい。

「それでは」と、奥の食堂に移動した。

 店に残ったのは、オレひとり。

 カウンターの上の紙束を眺めていると、再び奥の扉が開いた。

「店長、食堂にどなたかいるようですが?」

 地下倉庫の整理をしていたシュデルが入ってきた。

「ラルレッツ国軍副参謀長ハロルド・テシモンド」

「ラルレッツということは、ムーさんの関係ですか?」

「ムーをラルレッツ王国の軍に入れたいんだそうだ」

 シュデルが首を傾げた。

「ムーさんをラルレッツ国軍に入れたい方が、なぜハニマンさんと話しているのですか?」

「ムーをラルレッツに連れて帰る相談をしている。ムーを大陸の西側にあるリュンハ帝国やキデッゼス連邦に対抗する戦力にするらしい」

 シュデルが何ともいえない表情をした。

「相談相手をご存じないのですか?」

「知っていたら相談しないだろ」

『ハニマンさん』とシュデルが呼んだ人物、いまラルレッツ国軍副参謀長ハロルド・テシモンドの相談にのっているの人物こそ、テシモンドが警戒しているリュンハ帝国の前皇帝ナディム・ハニマンだ。

「それより、こいつをなんとかしないと」

 オレがカウンターの上の分厚い紙束を指した。

「どうしましょう」

「シュデル、頼む」

「頼まれても、困ります」

 分厚い紙束の正体は、手紙だ。

「店長とムーさんが悪いのです」

「先にしかけたのは爺さんだ」

 オレとムーは何もしていないのに、ある日ポカジョリット王国に捨てられた。桃海亭で寝ていたオレとムーを木箱に詰めて、遠方のポカジョリット王国に送るという非道な方法だ。

 ポカジョリット王国の問題を解決したオレとムーは、ささやかな仕返しをした。リュンハ帝国の王城に数十発の魔法弾を打ち込んだのだ。

 爺さんはその報復をするために、桃海亭にやってきた。その際、桃海亭にくるのを止めようとする現皇帝と一悶着あったらしい。

 結果、爺さんはリュンハ現皇帝から、絶縁された。

 家出爺なら帰る家があるが、絶縁爺に帰る家はない。

 だが、爺さんはまったく気にしなかった。

 当然のように桃海亭にやってきて、ニダウの人々と噂話をしたり、相談に乗ってやったり、あちこちでチェスを打って、たまに店を手伝って、飯食って、風呂入って、寝て、自分の家のようにくつろいでいる。

 リュンハ帝国ではナディム・ハニマンの影武者が代行しているようだが、存在が大きかっただけに限界があるらしい。現皇帝はやり場のない怒りを手紙にしたためてオレに送ってきた。

 1通目は全部読んだ。分厚くても、グチだらけでも、偉大なるリュンハ帝国の現皇帝様の手紙だ。翌日届いた2通目は半分で挫折した。その次の日に届いた3通目は10行で挫折した。次の日の4通目は未開封だ。現在、10通の手紙が積まれている。

「爺さんに帰るように言えよ」

「なぜ、ハニマンさんが桃海亭を出なければならないのですか?」

 キョトンとした顔でシュデルが言った。

 オレはシュデルの脳に届くように、明瞭な発音で言った。

「爺さんの、家は、どこだ?」

「ここです」

 シュデルが即答した。

 爺さんにいて欲しいシュデルを説得するだけ、時間の無駄だ。

 オレは紙の束を持ち上げて、シュデルに渡した。

「ならば、頑張れ」

「わかりました」

 手紙の束を抱えたシュデルが、店を出て行った。地下倉庫で道具達に知恵を借りるのだろう。

 オレは静かになった店で、商品を磨きながら、客を待つことにした。



 オレとシュデルは閉店後の片づけをしていた。シュデルはモップで店内の床を拭いていた。オレは帳簿と売上金をチェックしており、爺さんは隣でオレの作業をのぞき込んでいた。

 テシモンドが食堂に移動してからは、店は平和だった。オレが店番している間に商品が5つも売れた。シュデルは分厚い手紙をリュンハ現皇帝宛に書き上げて、爺さんは食堂でテシモンドの相談にのった。爺さんが何を言ったのか知らないがテシモンドは2時間ほど滞在した後、笑顔で帰って行った。その後、爺さんは町をふらついて6時過ぎに夕飯を食いに帰ってきた。

 扉が派手な音を立てて開いた。

 オレは顔をしかめた。

 爺さんが桃海亭に居候していると、爺さんのチェス仲間が、桃海亭が閉店するのを見計らって大挙して店に押しかけてくる。

「まだ、片づけが…………」

 開いた扉の前に立っていたのは、見知らぬ若者。

「どなたですか?」

 一応聞いた。

 聞かなくても、予想はついた。

 羽織っているマントは安物だが、マントの下に見える黒いローブは複雑な織りの豪華な布地でできている。

 顔立ちは整っていて品がある。後ろに結んだ長い黒髪は、栄養が行き届いてツヤツヤだ。

 小柄な若者は、爺さんを真っ直ぐに見ている。

 若者の後ろに2人の男が並んだ。

「お迎えにあがりました」

 男のひとりが言った。2人ともオレより頭ひとつ大きい。マントでも隠せない盛り上がった筋肉。腰に差したロングソード。短めの黒いローブ。編み上げの革の短ブーツ。魔法戦士らしい。

 爺さんの手が動くのが見えた。

 魔法戦士のひとりが吹っ飛んだ。扉を抜けて、キケール商店街の通りまで飛んでいった。

 もうひとりは、剣を抜きかけた姿勢で停止している。首にピッタリとラッチの剣が張りつている。

「おたわむれが過ぎます」

 小柄な若者は、騒ぎに動じることなく爺さんに言った。

 甲高い声だった。

「来週の儀式をいかがされるつもりですか?」

「どなたかしらんが帰ってくだされ。わしはこれからチェスを打つ予定があるのでな」

「お祖父様!」

 小柄な若者が一歩踏み出した。

「もし、わしがそなたの祖父であったとしよう。さて、この始末、どうつけるのだ?」

 爺さんの物言いはいつもの好好爺だったが、若者は見事に青ざめた。

 唇がワナワナと震え、言葉が出てこないようだ。

「納得してくれてよかった。帰ってもらおう」

 笑顔の爺さんの前に、若者はガバッとひれ伏した。

「お願いいたします。私と共にお戻りください」

 爺さんが「ふむ」と言った。唇にいたずらっ子のような笑みが浮かんでいる。

「立ちなされ。どなたか知らんが、わしが一緒に国に行けばいいのかな?」

 若者はバネが弾けたように立ち上がった。

「はい、お願いいたします」

「ひとつだけ、条件があるのだがきいてもらえるかな?」

 そう言うと爺さんは満面の笑みを浮かべた。

「はい」

 若者は勢いよく返事をした。

 爺さんはウンウンとうなずくと、ぼそりと呟いた。

「結婚」

「結婚とは?」

 若者が聞き返した。

「わしはこの桃海亭が気に入っておる。そなたには、ぜひ桃海亭の店長と結婚してもらいたい」

 オレと結婚。

 小柄で甲高い声だったのは、性別が女だったからだと気が付いた。

 女性がなんとも言えない表情を浮かべた。

「ご存じと思いますが、私には既に婚約者がおります」

 爺さんが顔をしかめた。

「あの男より、桃海亭の店長の方が数倍もいい男だぞ。こっちにしろ」

 女性がシュデルを見た。

 頬がパッと紅色に染まった。

「あー、そっちじゃない。こっちだ」

 爺さんがオレを指した。

 女性がオレを見た。

 ドドメ色のナメクジを見つけたような顔をした。

「これは、さすがに………」

 言葉に窮している。

 オレも黙っていられなかった。

「爺さん、オレにだって好みがある」

「どうせ、もてないのだ。これくらいで、我慢しろ」

「顔は我慢しても、胸がないのは……」

 頭をそらした。

 オレの頭があった場所を黒い魔法弾が抜けていった。

 バンッ!

 天井からパラパラと木くずが落ちてきた。

 オレが避けた魔法弾を、ラッチの剣が弾いて天井に当てたのだ。

 シュデルがラッチの剣のところに駆け寄った。

「大丈夫?」

 ラッチの剣をさすっている。

「ありがとう。もし、弾いてくれなければ………」

 シュデルが声を詰まらせた。

 ラッチの剣が弾かなければ、壁際に飾られているガラスのゴブレットを魔法弾が直撃していただろう。

「怖かったよね」

 ガラスのゴブレットを優しくなぜている。

「謝らんか!」

 爺さんが大音響で怒鳴った。

「申し訳ありません」

 頭は下げたが、不本意なのが丸わかりの謝罪だった。

 シュデルの形のいい唇が、ネジレるようにゆがんだ。だが、すぐに人形のような美しい笑みを浮かべた。

「ハニマンさん。店長のお嫁さんを見つけてくださって感謝します。ご存じのように桃海亭は古魔法道具店です。知識や経験が必要な仕事です。僕としては、こちらの方が店主の妻としての責務を務められるか不安があります。結婚を決める前に店長の妻としての適性があるかどうかを判断した方がよいかと思うのですが」

 爺さんがうなずいた。

「ふむ、一理ある」

 そう言うと、爺さんは女性の方を向いた。

「1週間、桃海亭で花嫁修業してみてはどうかな。店主の妻としてやっていけるようならば、結婚してこの国で暮らす。わしはそなたの代わりに、そなたの国に行く」

「そのような………」

「交渉は決裂のようだ。そなたはひとりで国に帰るがよい」

 女性は目がせわしなく動いた。

 1分ほどで結論を出した。

「わかりました。よろしくお願いします」

 爺さんに頭を下げた。

「これこれ、そなたが頭をさげるのはこの店の店主で、夫になるウィル・バーカーであろう」

 女性がオレの方を見た。

 先ほどと同じ、ドドメ色のナメクジを見るような目だった。

「爺さん、さっきもいったけど……」

「胸はあります!」

 女性が割り込んだ。

「胸がないと人間じゃないだろ。オレがいいたいのは……」

「我慢せい」

 爺さんがあきれた顔でオレを見た。

「胸がなくても死にせん」

「そうです。人間の女性と結婚できるのですから、店長が文句をいう筋合いはないはずです」

 シュデルが冷たく言った。

「いや、オレとしては………」

「ハニマンさん」

 シュデルが爺さんの側に行った。

 物言いたげな目で爺さんを見ている。

「わかっておる。花嫁修業の指導監督はシュデル、そなたに任せる」

「ありがとうございます」

「アテフェもよいな?」

 女性も渋々といった感じでうなずいた。だが、唇が笑みを浮かべていたことをオレの目はとらえていた。




「店長は今日から一週間、地下倉庫で寝てください」

 アテフェの護衛2人は帰って貰った。

 その後すぐに爺さんのチェス仲間が大挙して来店。店内は飲んで、食べて、打って、と大騒ぎ。

 オレとシュデルとアテフェは食堂に移動した。

「何をいっているんだ?」

「アテフェさんが未婚の女性です。独立した部屋が必要です」

「なんで、オレなんだよ。爺さんと一緒でもいいだろ。それに桃海亭で一番いい部屋はシュデル、お前の部屋だろ!」

 シュデルは激甘親父が送りつけてきた極上の寝具を使用している。

「店長の奥さんなのですから、店長の部屋を使うのが正しいと思います」

「まだ、奥さんじゃない!さっきから言っているが、オレにも好みがあるんだ!」

「我慢してください」

「我慢できるか!」

「胸と性格以外に我慢できないところありますか?」

 アテフェがオレをすごい顔でにらんでいる。

 オレは喉まででかかった言葉を飲み込んだ。

 この若さで、人生の墓場に飛び込みたくない。

「地下倉庫にはベッドもあります。マットレスと掛け布団は店長の部屋のものを運んでおきます。アテフェさんには僕の部屋にある未使用のものをつかっていただきます。よろしいですね?」

 アテフェがうなずいた。表情が和らいでいる。微笑むのをこらえているようだ。

「では、アテフェさんには最初の仕事をお願いしたいと思います。少しだけお待ちください」

 シュデルは軽い足取りで2階にあがると、すぐに戻ってきた。手に持っているのは黒い布を巻いたものと裁縫箱。

「裁縫はできますか?」

 一瞬戸惑ったが、すぐに微笑んだ。

「できます」

「それでは、この布で明日の朝までに自分用のローブを縫ってください。洗い替えをいれて3枚です」

 アテフェは眉を寄せた。

「ローブはいま着用しているので構いません。必要ならば取り寄せます」

「アテフェさんは構わないかもしれませんが、店長が困ります。桃海亭は貧乏です。緊縮財政継続中です。今着ている豪華な服は丁寧に保存していてください。店長と結婚するようでしたら、質にいれてください。お金にします。服がないと困ると思いますので、この布でローブを縫えばよいと言っているのです。ヂヂンという生物に日光を当てないために使用された布ですが、桃海亭が買い取らされたので、このように量があるのです。量があるように見えますが、裁ち方を工夫しないとローブ3枚はとれません。布はこれで最後です。失敗しないでくださいね」

 呆然としているアテフェに、シュデルは持っていた布をどさりと渡し、裁縫箱をその上に乗せた。

「くれぐれも注意して裁ってくださいね。失敗はしないでくださいね」

 シュデルの迫力にアテフェがうなずいた。

「桃海亭が貧乏だということお忘れなく」




「先ほどいいましたよね。それは砂糖です」

 食堂にシュデルの声が響いた。

「ご、ごめんなさい」

「次は気をつけてください」

 キッチンにはシュデルとアテフェ。オレと爺さんは食堂でテーブルについていた。テーブルの上にはスープ。

 一口すすって、思わず顔をしかめた。

 桃海亭の料理の腕は シュデル>>>>>オレ>ムーだったが、アテフェはムーよりひどい。ムー>>>アテフェだ。

 オレは小声で爺さんに言った。

「可哀想だから帰してやれよ」

「人生、何事も修行だからの」

「このスープ、どうするんだよ」

「年寄りは、あまり食わんからの」

 食べる量を減らして、乗り切るつもりらしい。

 爺さん、町中をうろついて、あちこちでご馳走になるからいいがオレはそうはいかない。

「こんな貧乏古魔法道具店にいると、お姫様の経歴に傷がつくぞ」

「何もなかろうが、一晩泊まれば傷物よ」

 爺さん「グフグフッ」と楽しそうに笑った。

「おい、まさか」

 昨夜の話では、爺さんはアテフェの婚約者を気に入らないようだった。オレの考えを読んだ爺さんが、持っていたスプーンを横に振った。

「あれはあれで、役に立つ。アテフェに惚れているから、一晩なら涙を飲んで水に流すであろう」

「二晩になる前に、帰らせてくれよ」

「外の世界を知ることも大切だと思わんか?」

「外の世界に出す前に教育してから出せよ」

 アテフェが野菜を切っている。危ない手つきでシュデルがつきっきりだ。

 昨夜、自分で縫ったローブも泣ける代物だ。3枚作る為に布を三分割して直線で縫っている。真っ直ぐなローブに無理矢理身体を通しているので、胸と尻が身体に密着して盛り上がっている。荒い縫い目から、白い肌が見えている。

 若いオレには目の毒だ。

「あのローブだと、店に出せないだろ」

「アテフェに店番させる気だったのか?」

「桃海亭に居候3人を抱える余裕はない」

 爺さんが立ち上がった。

「わしはニダウを一回りしてくる」

「スープがまだ………おい」

 爺さんのスープが、いつの間にかオレの皿に移動している。

 オレが文句を言う前に、爺さんは店を出ていた。魔法による高速移動。激マズスープから逃れるために高速移動魔法を使うのは爺さんくらいだ。

 オレは激マズスープを飲みはじめた。

 どんなにまずくても食えるものは食う。使えるものは使う。復讐でできるときは復讐する。

「シュデル」

「はい」

「アテフェさんには午後の店番をやってもらうから、やり方を教えておけよ」

「わかりました」

 シュデルが晴れやかな笑顔で言った。



「見えた」

「ついたしゅ」

 オレとムーは、最後の力を振り絞って、ニダウの町に入る門に向かって足を進めた。服はドロドロ、腹はペコペコ。動かない自動二輪車を引きずっている。あと少し、あと少しで桃海亭に着く。そうしたら、休める。それだけを支えに足を進めた。

 オレとムーがニダウの町を出たのは1週間前だ。ダイメンの古魔法道具店からロイドさんに至急の鑑定の依頼があった。だが、ロイドさんは古魔法道具店の集まりでラルレッツ王国に行っていた。留守を任されていたリュウさんから、代わりにムーに行ってくれないかと頼まれたのだ。

 アテフェが来た翌日で、オレは店にいたくなかったので喜んで引き受けた。午後、出発。自動二輪車で夕方到着。翌朝から丸1日かけて、頼まれたドアベルをムーが鑑定。音量設定機能に損傷があったもの、十数種類の音楽を奏でる機能は問題なかった。丸1日かけたのは、オレとムーが三食ご馳走になるためで、鑑定は数分で済んでいた。

 翌朝に出発、昼過ぎにはニダウに戻る予定だった。

 ベケルト街道をニダウに向かって快走していたオレ達は、ニダウの方向から疾走してくる馬車に出会った。1台だけでなく、連なるように次々と馬車が走ってくる。先頭の馬車の御者はオレ達を見ると「戻れ、戻るんだ!」と叫んだ。次々と走ってくる馬車を、ぼんやりと見ていたオレ達は、馬車を追うように黒い群が空を飛んでいるのを見つけた。

 ギガアントの結婚飛翔。

 巨大な女王蟻を、雄蟻達が群をなして追っている。。

 オレは自動二輪の向きを変え、必死でダイメンを目指した。

 まもなく、結婚飛翔が終わる。そうなると、雄蟻が落ちてくる。雄蟻の死骸を目当てに様々なモンスターが群となって、ベケルト街道に溢れかえる。

 オレと併走している馬車の御者が叫んだ。

「なぜだ!街道の上で結婚飛翔なんて、あり得ないぞ!」

 必死の形相で、馬に鞭を打っている。

「そうだろ!」と、言うと、オレを見た。

 顔が強ばった。

 握っていた鞭でオレを指した。

「お前、ウィルだろ!」

「いいえ、違います」

「後ろにいるのは、ムー・ペトリだろ!」

「違うしゅ」

「お前らは街道を使うのは禁止だろ!」

 思わず、反論した。

「オレ達は禁止されていない!禁止されたのはティパスだ!」

「お前らも禁止されろ!」

「仕事で出かけないといけなんだよ!乗り合い馬車に乗せてくれよ!」

「お前らみたいな危険物、乗せられるか!」

「危険物は物に使うんだ!人は危険人物っていうんだぞ!」

「危険物だ!お前らは人に入れられねーんだよ!」

 オレと御者は睨みあって、怒鳴っていた。

 相手は馬車。引いているのは馬。

 そして、オレは自動二輪車。

 目一杯飛ばしていた。

 上り坂の先、急カーブが突然現れて、馬は曲がって、オレ達は崖から宙に飛び出した。

「疲れた」

「疲れたしゅ」

 飛び出した瞬間、ムーがとっさに魔法を発動させた。

 フライ。

 あの瞬間、ダイメンの首都ブムレでは、高速で空を飛ぶ自動二輪車が見られただろう。

 その後に保護魔法。オレが前に座っていたため、方向を指示できずに海が見えたところで着水。泳げないムーがオレにしがみつき、重たい自動二輪車を持っているオレは沈みかけた。命を大事に。で、自動二輪車を手放し、ムーを背中に陸まで泳いだ。休憩後、オレは自動二輪車を回収。浅い場所にあったので、回収はなんとかできたのだが、海水に浸かったせいで動かない。ムーがチェックをして、手入れをすれば動くと言うので重い自動二輪を引きずってエンドリアを目指した。徒歩で5日間。ようやく、ニダウを囲む壁の入口までたどり着いた。

 オレ達が入口を抜けると、広場で露天を出していた小太りのおばさんが駆けてきた。

「あんた、ウィルでしょ?」

「そうですが」

「ブレッドくんから伝言を頼まれているの、『到着したら、桃海亭に行く前に魔法協会に来てくれ』ですって」

「はぁ」

「『はぁ』じゃないわよ、早く入りなさいよ」

 おばさんがせっついた。

 魔法協会エンドリア支部は、オレ達の目の前にある。ニダウに入ってすぐの広場に隣接して建てられている。

「オレとしては桃海亭に戻ってから……」

「いいから入りなさいよ!」

「でも」

「入らないと手間賃をもらえないの!」

 迫力負けして、オレとムーは魔法協会の扉を抜けた。

 いつも通り、静かな室内。

 受付には誰もいない。

「あのーーー」

 2階でバタバタと音がして、階段を駆け下りてくる音がする。

「ウィル、待っていた!」

 せっぱ詰まった形相のブレッドが、オレを手招きした。

「桃海亭に帰りたいんだ。自動二輪が………」

「自動二輪は、そこに置いておけ。とにかく、オレについてこい」

「疲れて階段があがれない」

「疲れたしゅ」

「今、パンと焼きソーセージとオレンジジュースを買ってきてやるから、2階の会議室で待っていろ」

「わかった」

「はいしゅ!」

 オレとムーが元気よく返事をすると、ブレッドが外に飛び出していった。

 オレとムーは顔を見合わせた。

「帰るか」

「帰るしゅ」

 オレとムーは、ニダウ支部の扉を抜けた。自動二輪車は重いが、あと少しと思えば頑張れる。

 ブレッドが気前よくおごってくれるはずがない。何か裏がある。ソーセージだけでなく、パンにオレンジジュースとなれば、かなり危ない話だ、

 オレとムーは重い足を引きずりながら、桃海亭を目指して歩き始めた。



「なんで、待っていないんだ!」

 ジュースとパンとソーセージを持ったブレッドに追いつかれた。

「オレは桃海亭に、平穏な日常に戻るんだ」

「頭、大丈夫か?桃海亭に平穏な日常が来たことは一度もないぞ」

「そういえば、そうだな」

 のろのろと歩くオレとムーの前に、ブレッドがパンとジュースとソーセージを差し出した。

「とにかく、食え。話しはそれからだ?」

「なんでくれるんだ?」

「おかしいしゅ」

 疑いの眼差しを向けるオレとムーに、ブレッドが路地を指した。

「あそこでゆっくり食え。その間、オレの話を聞け」

「もしかして、オレ達に話を聞いて欲しいのか?」

「とにかく、来い」

 路地に引っ張り込まれた。

 差し出された食料の誘惑に屈して、オレとムーは食べ始めた。

「ニダウがやばい」

「何かあったのか?」

「オレが情報通だというのは、知っているよな?」

「知っている」

 ニダウの路地裏で三毛猫が子猫を産んだというローカルなニュースから、魔法協会の裏情報まで知っている。

 ブレッドが前屈みになって小声で言った。

「いま、ニダウがやばい」

「それは聞いた」

「某国の前皇帝がいる」

「よく来ているだろ」

 ブレッドは桃海亭に居候している爺さんが、リュンハ帝国前皇帝ナディム・ハニマンだと知っている数少ないひとりだ。

「ムー・ペトリがいる」

「ニダウ住人だ」

「シュデル・ルシェ・ロラムがいる」

「桃海亭の店員だ」

「デレック・マクニールとセロン・リードビターがいる」

「誰だ?」

「ヤバしゅ」

 反応の違うオレ達を見て、ブレッドが当然と言った表情でうなずいた。

「こうなるよな」

「何が言いたいんだ?」

「ヤバヤバしゅ」

 ソーセージを齧りながら、ムーが言った。

「このチビは例外だが、あとの4人がニダウにいるのはまずいだろ」

 ブレッドの言葉に、口にソーセージをギュウギュウに詰め込んだムーがうなずいた。

「オレにわかりやすく言ってくれ」

 ブレッドが重々しくうなずいた。

「知識が皆無のお前でもわかるように説明してやろう」

 そう言うと、ニヤリと笑った。

「この4人だけ、ラルレッツ王国を滅ぼすことができる」

「ブレッド先生、意味不明です」

 ブレッドがあきれた顔をした。

「考えればわかるだろ」

「話の流れから考えると、4人がすごい魔法使いか戦士だと思います。残り2人が加わると、なぜ、ラルレッツ王国を滅ぼすになるのかがわかりません」

「元居眠り学生ウィルくんに説明してやろう。デレック・マクニールはリュンハ帝国に隣接する小国ソネカショス王国の王子さまだ。セロン・リードビターはキデッゼス連邦のトナージ王国の上級貴族の息子だ。わかったかね」

 リュンハ帝国に隣接する国、キデッゼス連邦。

 4人の共通点。

「西の人間だ」

「正解です」

「当たりしゅ」

 爺さんとシュデルがニダウにいるのはわかる。

「なんで、その2人がニダウにいるんだ?」

「簡単なことさ。原因は………」

 ブレッドが指先をオレの顔に向けた。

「オレ?」

「アテフェ・ハニマンと結婚するんだろ?」

 オレは首を横にブンブンと振った。

 ムーが首を縦にコクコクと振った。

「違うのか?」

「オレにだって、好みがあるんだ!」

「美人じゃないか」

「顔じゃない。女は胸だ!」

「結構あるぞ」

「見たのか?」

「店番をやっているからな」

「オレとしては、もっとこう……」

「喫茶店のイルマさんか?」

 オレはうなずいた。

 あの張りのある巨乳はには、うっとりする。

「リコもあるよな」

「花屋のリコか?」

「エプロンで押さえられているが、横から見るとグッと」

 ブレッドの手が、胸の前で大きなドームを描いた。

 リコがオレの近づくのはヒトデの件で文句を言うときだけだ。いつも身の危険を感じる状況なので、胸を観察したことはなかった。見る気になれば、斜め前の店。チャンスは何度もある。

「よしっ」

「それから、アロ通りの………」

「どうするしゅ」

 ムーに遮られて、ブレッドが舌打ちした。

「ムーくん、いま、お兄さん達は大事な話をしているからね」

「ラルレッツ王国が、今頃真っ青しゅ」

「おっ、そうだ」

 ブレッドが正気に戻ってしまった。

「デレック・マクニールはアテフェの婚約者。セロンはアテフェの元学友だ。親善交流でロラムに留学していたアテフェをリュンハの王女だと知らずに恋をしたらしい。告白して事実を知ったがあきらめず、口説いていたところに新たなライバル出現で、ニダウにやってきた」

「どっちも強いのか?」

「噂とかなり強いようだ。デレック・マクニールは魔法剣士だ。魔法の剣を魔法でさらに強化して、戦うスタイルらしい。セロンは魔術師だ。昆虫を使う独特のスタイルで………」

「あいつか!」

 食い終わったソーセージの包み紙を、握りつぶした。

「犯人見つけたしゅ!」

「どうかしたのか?」

「オレ達が遅くなったのは、ギガアントの結婚飛翔が原因だ!」

「そいつがやったしゅ!」

「いや、このチビのせいだ」

「へっ?」

「ボクしゃん、知らないしゅ」

「一昨日、魔法協会の研究チームが調査結果を出した。ダイメンにデカデカイチゴ用の巨大温室を作っただろう。高い温度に女王蟻がひきよせられたらしい」

 情報を楽しそうにブレッドが語った。

「と、言うわけで、始末書があるそうだ」

「またかよ」

「ブーしゅ」

「とりあえず、ウィルはアテフェと結婚するんだな?」

「しない!」

「するしゅ」

 右手にオレンジジュースを、左手にパンを持っているムーの首に腕をっまわして締め上げた。

「ギブゥーーーしゅ!」

 腕を解いた。

 そして、ブレッドの方に一歩近寄る。

「わかった。お前がアテフェと結婚する気がないのはわかった。そうなると問題があるんだ」

「婚約者と結婚すればいいだろ」

「それが」

 ブレッドが困った顔をした。

「爺さんか?」

「違う」

「もうひとりの男か?」

「違う」

「何が問題なんだ?」

「どうも、アテフェさんが恋に落ちたようだ」

 さすがニダウで知らないことはないと豪語するだけのことはある。滞在1週間のアテフェの恋まで把握しているとは。

 ブレッドが何かを訴えるような顔でオレを見ている。

 心当たりはある。

 アテフェは、シュデルを見て頬を赤らめていた。

「年下だぞ」

「いや、年上だろ」

「アテフェの方が年上だと言いたいのか?」

「ウィル。誰のことを言っているんだ?」

「シュデルじゃないのか?」

「違う」

 恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

「もしかして………」

「たぶん、違う」

「………オレ?」

「だから、違う」

 断言された。

「まさか………」

 パンを頬張っているムーを見た。

「見るだけ時間の無駄だ」

「桃海亭の住人はこれで全部だぞ」

「頻繁に来ている、あれだ」

「アレン皇太子か?既婚者だぞ」

「違う。もっと若い」

「ダップじゃないよな。見てくれはいいけど、女だしな」

「違うに決まっているだろ」

「他に頻繁というと、商店街会長のワゴナーさんか?」

「もっと、若い男がいるだろ!」

「若い男…………いたかな」

 商店街の店主はほとんど既婚者だ。

 20代の息子が働いている店もあるが、息子の方が桃海亭に来ることはない。

「………そうか、わかった」

「ようやくわかったか」

 30歳の独身男性。爺さんがいる今は頻繁に桃海亭に現れる。

「ロイドさんの店のリュウさんだ」

「違う!」

「誰なんだ?」

「ひとり、いるしゅ」

 ムーが見上げていた。

「気づいたか?」

 ホッとした顔でブレッドが言った。

「本当にわかったのか?」

 オレが聞くと、ムーがうなずいた。

「アーロン隊長しゅ」

「違うだろ」

「正解だ」

 オレは金槌で殴られたようなショックを受けた。

 アーロン隊長に負けた。

「お前達がいなくなって2日目に桃海亭に泥棒が入ろうとしたんだ。通りかかったアーロン隊長が撃退したんだ。その後、アテフェの目がハート型になったらしい」

「シュデルに聞いたのか?」

「いや、ハニマンさんだ」

「爺さんかよ!」

「ハニマンさんは面白がっているんだが、そうも言っていられないだろ。婚約者、元学友、結婚相手、と、相手が3人もいるんだ」

 ムーがブレッドのローブを引っ張った。

「ラルレッツを忘れているしゅ」

「そうだ!そっちが危ないんだ」

「何か動きがあったのか?」

「ムー・スウィンデルズの引き渡しを要求するらしい」

「渡せばいいだろ」

「オレもそう思うんだけど、王様がなぁ」

「そっちか」

 エンドリア王は優しい。自国民を他国に渡すようなことを許さない。

「ボクしゃん、行ってもいいしゅ」

「本当か!」

「嘘じゃないな?」

「ひとつだけ、お願いがあるしゅ」



 リュウさんに頼まれて、店を出てから1週間。

 2時間前にニダウの門を抜けた時、オレはすべてが終わっていると思っていた。アテフェは国に帰り、うまくすれば、爺さんも連れて行ってくれているかもしれない。平穏とはいえないが、いつもの日常を取り戻せていると信じていたのだ。

 それなのに、いまの桃海亭は暗雲が『立ちこめる』を通り越して、『ギュウギュウに詰め込まれている』状態だ。

「この年になって、これほど色々なことがあるとは想像もせんかった」

「元凶は黙っていてくれ」

 桃海亭は臨時休業。入り口に札を掛けた。

 店内にはオレとムーと爺さんとラルレッツ王国の国軍副参謀長のハロルド・テシモンド。その隣には賢者ダップ。オレは知らなかったが、ダップはラルレッツ王国の名家の出だった。世界屈指の治療系白魔術師なのだから、白のラルレッツが生国でも不思議はないのだが、傍若無人な振る舞いから礼節を重んじるラルレッツ王国の出身だとは思いもしなかったのだ。テシモンド家とのつながりがあり、テシモンドから頼まれて話し合いに参加した。5人で椅子に腰掛けテーブルを囲んだ。

「あっちの方が楽しそうしゅ」

「終わったら参加しろ」

 キケール商店街の通りでは、アーロン隊長とアテフェの婚約者デレック・マクニールに戦っている。

 武器及び魔法は禁止、戦いに使うのは肉体のみだ。ズルしないようにシュデルが審判している。

 デレックには戦う理由があるが、アーロン隊長にはない。デレックがアーロン隊長に決闘を申し込んだとき、アーロン隊長は申し込まれた理由を聞こうとした。それを邪魔したのは、アテフェの恋心を知っていたキケール商店街の女性陣だ。ヴィオラ妃が持ち込んだ悪習【好きな男と幸せになるためなら多少の無茶は許される】に染まっている女性たちは、訳の分からない、様々な理由を並べ立て、アーロン隊長に戦いに同意させたのだ。とにかく勝て、という女性陣の脅しに近い要望でアーロン隊長は理由もわからず戦っている。アテフェは桃海亭の窓から、2人の戦いを、両手を組んで祈るようなポーズで見ている。

 テシモンドが恐る恐るムーに聞いた。

「ラルレッツ王国に来てくださると聞いたのですが、本当でしょうか?」

「はいしゅ」

 テシモンドがホッとしたのか、小さく息を吐いた。

「ひとつだけ条件があるしゅ」

「条件ですか?」

「スイシーで魔法を使いたいしゅ」

 テシモンドが考え込んだ。数分後、顔を上げた。

「何に使われるのですか?」

「実験しゅ」

「どのような実験をされるおつもりですか?」

「ぶっ飛ばすしゅ」

「スイシーの城壁の防衛結界を破壊するということですか?」

「そんなの簡単しゅ。コショコショで壊れるしゅ」

「スイシー全体を吹き飛ばすということですか?」

「できるけど、そんなのつまらないしゅ」

「具体的に言うと、どのように『ぶっ飛ばす』のでしょうか?」

「ロンペッイのオベリスクをぶっ飛ばすしゅ」

「どのようなオベリスクでしょうか?」

 テシモンドが恐る恐る聞いた次の瞬間、爆笑が響いた。

「知らないのかよ」

 ダップが笑い転げている。

「あの………」

 困惑したテシモンドがダップとムーを交互に見た。

「これこれ、笑うでない」

 ダップをたしなめたのは、なぜ話し合いに参加しているのか誰にもわからないハニマン爺さん。

「テシモンドさん。ラルレッツ王国がなぜスイシーを王都にしたのかはご存じかな?」

「地脈の流れで決めたと聞いております」

「地脈の良い場所は他にもあるのに、草木のない茫漠としたあの地に定めた理由があるとは考えたことはありませんかの?」

「そういえば、不思議には思っていました」

「あの場所の地下には古代遺跡があり、そこにロンペッイと呼ばれるオベリスクが建立されているのは、ご存じなかったか?」

 テシモンドが目を見開いた。

 あきらかに知らなかった表情だ。

 リュンハ帝国の爺さんが知っていて、国軍副参謀長が知らない。

 ラルレッツ王国の防衛体制は柔そうだ。

 ダップが足を組んだ。肘をテーブルにつき、頬杖をついた。

「ロンペッイのおかげで、スイシーは魔法の発動が安定している。住人の魔力の回復も早い。他にもいろいろと恩恵がある。ロンペッイのおかげだとわかっているが、ロンペッイがなぜそれらを起こせるのかわかっていない。表面に文字や記号のたぐいは一切ない。掃除もしないのに鏡のように磨き抜かれている。考えられるのは、ってことだ」

 テシモンドがボンヤリした目で爺さんをみた。

 ダップの言っていることを理解しているのかしていなのかわからないが、困っているのはオレにもわかった。

 爺さんが穏やかにうなずいた。

「つまりですな、ロンペッイの秘密は、ロンペッイの内部かロンペッイの置かれている下にあるのではないかというのが通説でしてな。どちらにしてもロンペッイを壊すしかないのです」

 ムーが大きくうなずいた。

「そのロンペッイをですが………壊すと、どうなるのですか?」

 テシモンドが爺さんに聞いた。

「スイシーにもたらされているロンペッイの恩恵はなくなりますな」

「いけません!認められません!」

 テシモンドが両手を顔の前で振った。

「見方を変えてみてはいかがかな。ムー・ペトリによってロンペッイが解明されればラルレッツ王国だけでなく、ルブクス大陸の東側の国々は皆ロンペッイの恩恵を受けられることになりますぞ」

 暗に西に対抗する手段だと示唆している。

「そうですな。だが、王に進言した場合…………」

 テシモンドが考え込んだ。

 テーブルがバンとたたかれた。

「このバカ!爺の口車にのりやがって。この爺は………」

 そこでダップは言葉を止めた。

 首を回して、ゆっくりと爺さんの方を見た。

 爺さんはいつもの穏やかな笑顔を浮かべている。

 それに対して、ダップの顔色は青い。冷や汗がこめかみを伝わって、床に落ちた。

 ダップがテーブルに目を落とした。

「………ロンペッイの内部調査は終わっている」

 うつむいたまま、話し始めた。

「文字も記号も書かれていない。周囲も調べたが特別なものは見つからなかった。ラルレッツ王国のロンペッイを何かの出力装置と考えている。何かを作り出す本体はおそらく地下に置かれている。物理的な装置なのか、魔法陣なのか、スイシーの保護の観点から調査はされていない」

 ラルレッツ王国のトップシークレットをダップが爺さんに話した。

 おそらく、爺さんの正体をばらそうとした償いだ。

 オレは桃海亭のヒエラルキーの頂点が爺さんになったことを確信した。だからといって、オレと立場は何も変わらないが。

「おもしろそうしゅ」

「できるのか」

「はいしゅ」

 ムーと爺さんが顔を見合わせて、ニマリと笑った。

 テシモンドがムーを見た。

「あのラルレッツ王国に来ていただけるのでしょうか?」

「ロンペッイを吹っ飛ばしていいしゅ?」

「それは……できません

「なら、いかないしゅ」

 あっさりと断ったムーは、椅子からピョンと飛び降りた。

 そして、オレを見て言った。

「お出かけするしゅ」



「大丈夫ですか?」

 カウンターに突っ伏しているオレに、シュデルが声をかけてきた。

「大丈夫だと思うか?」

「アテフェさんは帰りました。婚約者の方も元学友の方も国に帰られました。それだけでも、十分な成果です」

 アテフェの婚約者デレック・マクニールとニダウ警備隊のアーロン隊長の一騎打ちは、アーロン隊長の勝利で終わった。デレック・マクニールにも強かったらしいが、一対一の戦いには慣れていなかったらしい。日々、肉体戦に身を浸している隊長は、習慣でつい勝ってしまった。あとで、ソネカショス王国の王子だと知って青ざめていた。アテフェの元学友のセロン・リードビターは、いまの自分ではアーロン隊長に勝てないと修行をするため国に帰った。

 アテフェはニダウの女性たちの洗脳を受けて、恋に生きる女になってしまった。爺さんのことは、すっぱりと諦めて、国に戻り、アーロン隊長と生きるための努力をすることにしたらしい。乗り越えなければならない試練は山のようにあるが、それらをすべて乗り越えるとはりきって帰って行った。当然だが、アテフェが結婚相手と決めたアーロン隊長は、そのことを知らない。

 そして、お出かけしたムー。

 オレは危険を感じ、一緒に行くことを拒否した。ひとりでは遠くに行けないと思ったオレが甘かった。爺さんが同行したのだ。まさか、リュンハ前皇帝がラルレッツ王国の王都に行くとは思わなかった。

 ムーは丸一日かけてスイシーの周りに巨大な輪状の魔法陣を書いたのだが、爺さんがムーの存在を隠した。スイシーの壁の周囲は魔法が無効になる。爺さんがどうやったのかわからないが、ムーはラルレッツ王国に気づかれずに魔法陣を完成。数秒間だったが、スイシー上空に不思議な魔法陣が浮かび上がったらしい。その後、輪状の魔法陣を消して、ニダウに戻ってきた。

 翌日、ムーとオレは魔法協会から呼び出された。オレは何もしていないと訴えたが聞き入れてもらえなかった。ムーはスイシーの上空に浮かんだ魔法陣について追求されたが、知らないを通した。前触れなしの数秒だったため、スイシーも記録にできなかった。

 魔法協会も頑張ったが、犯人だという証拠はつかめず、ムーは解放された。

「3段階の稼働は確認できたようだな」

「ほよしゅ。それで、こっちをこうしてみたしゅ」

「なるほど、こうならば動く可能性がありそうだな」

「でも、ダメだったしゅ。だから、こっちをこうしてみるしゅ」

「ふむ、面白い」

 最近、昼食時にムーと爺さんが桃海亭の食堂のテーブルに魔法陣を書いている。ものすごく複雑なそれがオレは非常に気になっている。





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