10話 勇者の帰還
リベンジール王国城内で騒動が起きていた。
「治療班を!急げっ!!」
誰もが三人の勇者の勝利の帰還を疑っていなかったが。。。
「ルイス様とシュウ様の傷に治療薬を!エリン様には精神安定の魔法薬を施すのだ!早くしろ!」
王国お抱えの救護班が戦争中であろうかと思えるほど慌ただしく動いている。
リベンジール国王は一人玉座に座り報告を待つ。
「ルベウス、三人の容体は?」
「はっ、只今医務室に運び込み治療を行なっております!」
王の問いかけに大臣のルベウスが答える。
「三人とも街の外に倒れていると聞いた時には肝を冷やしましたが、命に別状は無いと報告を受けております。ただ、、、」
ルベウスが口ごもる。
「エリン様の状態が一番思わしくありませぬ。肉体的なダメージはないようですが精神的なダメージがひどいようで」
「そうか、、、できる限りの最高の治療を施すのだ」
「はっ、仰せのままに」
ルベウスが報告を終えると王の間から退室していった。
「あの三人がいとも容易く………一体何が現れたというのだ」
リベンジール国王は玉座に座りながら俯き言い知れぬ不安に表情を曇らせた。
ーーーーーーーーーー
「御三方の容体はどうだ?」
医務室に辿り着いたルベウスが女中に声をかける。
「はい、まだ意識が戻っておりませんのでなんとも………」
「………ぅ。うぅ………。」
「はっ!ル、ルイス様がお目覚めになられました!!」
三人の治療にあたっていた『癒』の魔法を得意とする女魔導師が声を上げる。
王国お抱えの魔導師の中でも屈指の治癒魔法を得意とする者が全力で治療していたおかげでルイスが一番先に意識を取り戻した
。
「ルイス様、私です。ルベウスでございます。お分かりになられますか?」
ルイスがまだ虚ろな目でルベウスの顔を見る。
「あ、ああ。。。大丈夫だ。ルベウス、少し痩せたか?」
恰幅の良い体と丸みを帯びたルベウスの顔を見て少しだけ笑みを見せるルイス。
「まさかルイス様に心配をかけさせられる日が来ますとは、成人の儀ですら私は露ほども懸念することはなかったというのに」
「……そうだ、な。すまなかった」
「いえ、よくぞご無事で」
ゆっくりと首を曲げ、横になった体を起き上げる。
(そうか……手も足も、でなかったんだ)
三人がかりで一瞬で地に伏したことを思い出す。引き上げたと思った奴がすぐに戻ってきて、ありえない発言をしてオレたちを魔力で吹き飛ばした。抗うことのできないような風の魔法だったが傷つけるためのものではなかった。ただ、俺たちを遠くに飛ばす。ご丁寧に着地の時には地面に激突しないように風のクッションまでついてた。どうやったらそんなことできるんだ?と思う間も無く、多少なりとあった地面との衝撃で意識を手放したのだ。
ただ、飛ばされる前の発言。
あれはどういう意味だったのだ?
『おやおや、わたくしとしたことがお客様をお送りしないで去ろうとするとは。いやはやたいへんご無礼を致しました。それと、皆様にはもう一つお願いがありまして、しばらくの間ーーーーーしないでいただければ幸いです。降りかかる火の粉がなければ人間たちに迷惑はおかけしませんので。お約束致しましょう』
奴の言葉を思い出す。
だがそれより先に気になることがあった。
「他の二人は?」
ルイスが二人の仲間の姿を見回す。
隣の寝台にシュウの姿が見えた。
「シュウ様もルイス様と同じく致命傷に当たるダメージは負っておりませんでした。じきに目を覚ますことでしょう。ただ、、、」
ルベウスが目を伏せたのを見てルイスに不安が走る。
「なんだルベウス?、、、エリンはどうした?」
やはり、エリンだけが医務室に居ないのが気になる。
「それが、エリン様だけが………」
ルベウスが説明しようとした時、隣の部屋から女性の悲鳴が聞こえた。
「いやあぁぁぁっ!来ないで!こないでぇぇぇっ!!!!」
耳を劈くような悲鳴。
エリンの声だ。
だが、あんな声は聞いたことがない。
「エリンはどうなってるんだ!?」
ルイスが思わず声を荒げる。
別に二人は恋仲、というわけではない。
もちろんシュウともだが。
だけど、それでも普通の人には無い異類の力を持った仲間同志だ。
普通の人、一般人、凡人。
そんな枠に当てはまることのない三人は誰にもわかってもらえるはずのない考えや感情を分かち合える数少ない友なのだ。
「はい………完全な『恐怖』に陥っております。精神安定の魔法薬になる『ニィナの花露』では効果が見れず、現在『ニィナの花』を摘みに捜索隊を出しておりますので今しばらくの辛抱でございます」
「そう、か………」
この世界では状態異常はかなり恐ろしい。たとえ腕が切り落とされても傷や怪我などは治癒魔法で治すことができるが、状態異常はアイテムでしか効果がない。下位毒でも長引けばどんな屈強な戦士でもやがては死に至る。上位毒など一刻を争う事態だ。
特に『恐怖』は状態異常でもかなり厄介な部類に入る。程度にもよるが
今のエリンのように上位恐怖に陥ると、もはや発狂と言える。
俺たちは持って生まれた才により大抵の状態異常は抵抗して下位の状態異常になることさえ稀だが、彼女の場合、誰より溢れる魔力を全力でぶっ放してそれでも尚圧倒的な力の前に押し潰されたのでプライドもろとも折れたのだろう。
ただ、心を折られたのはエリンだけではないのだが。
(エリンのことは、今は回復薬が来るのを待つしかない、か………)
この国の兵士達は優秀だ。
幼い頃からルイスはそれを見てきた。
自ら花を摘みに行かなくとも信頼に足るものである。そこまで時間がかかることなく『ニィナの花』を手に入れて来るだろう。
しばし目を落とした後、ルベウスに告げた。
「父上に………王に報告しなければいけないことがある」
ルイスが毅然とした態度で言った。
そしてまた、白い執事服を着た悪魔の言葉を思い出す。
『魔王様の成長の邪魔をしないでいただければ幸いです』
奴は確かに言った。
『魔王』と。




