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シバは柴。

昼休みのチャイムが鳴り、皆が授業からの開放感で満たされて一斉に動き出す。

お腹が空いたと口々にしながら購買に駆け込む者や、お弁当箱を取り出して一緒に食べる者同士で机を移動させたりしていた。

はづきもお弁当箱と水筒が入ったトートを取り出していると、ミケが隣にやってきた。


「シバ、先に行っててくれる? 鍵取りに行ってくるから」


「分かった」


頷いて先に図書室へと向かう。

大抵の人が教室で食べるので、購買へ向かう道以外には余り人はいない。

途中、階段に差し掛かった辺りで三階から降りてきたみづきと遭遇した。


「姉ちゃん」


「みづき! 一緒に行こ」


図書室は校舎が違うので暫く歩く。途中で自販機の前を通る際に、ちょっと待ってとみづきが財布を取り出した。水筒を持っていないのを見ると、どうやら朝練と朝のお弁当を食べた時に飲みきってしまったのだろう。


「水筒、もう少し大きいの買おうか?」


「あー……荷物になるし、まだいいかな。自販で買えば良いし」


「おこづかいアップの交渉はお父さんとしてよ」


「えー? 姉ちゃんも手伝ってよ」


ガコンと受け取り口に紙パックが落ちてくる。みづきは屈んでそれを取っていると、通路の向こうから「Hi!」と声がかけられた。


「編入生」


「俺も一緒に行ってもいいですか?」


「いいよ。ミケが図書室の鍵を取りに行ってるの。おしゃべりしながらゆっくり行こうよ」


はづきがにこりと笑う。それに編入生は嬉しそうに笑った。

面白くなさそうな顔をしているみづきは、先に紙パックにストローを差し込んでいた。


「飲むの早くない?」


「喉渇いてたんだよ」


早々にストローに口を付けているみづきは話す気が無いらしい。仕方ないとはづきは先ずは自己紹介した。


「自己紹介まだだったよね。私、柴田はづき。シバって呼ばれているよ。こっちは弟のみづき。一年下だけど、年は二歳離れているの」


「Liam Murphy.二年で同い年だよね。リアムとか、リアって呼んで。マーフィーでも良いよ」


「リア? 可愛いね!」


「Cute? 俺の名前可愛いの……?」


ちょっと複雑そうにしているリアムに、はづきはリア君って呼んでいいかなと笑っていた。


「Ok.俺もはづきって呼んで良いかな? 名字は被るから」


「良いよ~」


気軽にOKを出すはづきに、みづきは吹き出しそうになって噎せていた。

大丈夫? とはづきが心配してみづきの背中を擦っている横で、リアムはみづきもそう呼ぶねと笑顔だった。


「俺の名前を下で呼んで、姉ちゃんを名字で呼べば良いだろ!」


「Oh~、日本の呼び方難しいね~」


「うそつけ! その顔、絶対理解してるだろ!! ってかすげーわざと臭い!!」


肩をすくめて笑っているリアムに食ってかかるみづきの横で、もう仲良しだね~とはづきは笑っていた。

丁度その頃、図書室へと到着する。暫くミケを待っている間におしゃべりをしていると、お待たせ~とミケが走ってきた。


「あれ? なんかもう仲良し?」


「うん」


「Yes! 仲良しです!」


朝、あれだけ警戒していたはづきの態度が軟化している。更にリアムは上機嫌だ。

ミケは怪訝な顔をしながら、編入生ってこんな性格してたんだ? ぼそりと言いながら図書室の鍵を開けた。


「こっちこっち」


図書室の中からカウンターへと回り、その後方にある事務室の扉を開く。


「長野先生、後で来るって。先に食べてて良いよって言ってた」


ミケは人数分の椅子を用意して、慣れた手付きで戸棚からマグカップを取り出す。紅茶のティーバッグを用意してポットからお湯を注いでいた。


「まさかマイカップ?」


「うん」


はづきの呆れた声に、ミケは当然だという顔をしていた。

小さな会議室の様な造りをしている休憩室には、流し台も備わっている。

会議用のテーブルを中央に皆で囲んで座り合い、各自お弁当を取り出した。


「あれ、そういえば自己紹介ってしたっけ?」


ミケの疑問に、私達は先にしちゃったよとはづきが答えた。

じゃあ私もと、ミケがリアムに自己紹介する。


「三毛門七海。シバからミケって呼ばれてるよ。あ、シバってはづきの事ね。よろしく編入生」


「Liam Murphy.リアムかリア、マーフィーって呼んでくれ」


「分かった。リーさんって呼ぶわ」


「……それ、何だか違う国の人にならない?」


「Lee より、リアムだと嬉しいな……」


リアムもちょっとだけ複雑そうな顔をして笑っている。すると、ミケは注文が多いな~と言いながらリアム君と呼び直していた。


「あら素直」


「たまにはね」


はづきの驚きに笑うミケは、いそいそと抽出し終わったティーバッグを捨てていた。

一つだけ角砂糖を入れて、スプーンでかき回す。


「じゃあ、ご飯食べながらリアム君の話を聞こうか」


「いただきま~す」


「イタダキマス」


はづきを横で見て、真似しながらリアムも手を合わせた。

はづきとみづきはお揃いのお弁当、ミケは購買のお弁当だった。その中で、リアムは有名なコーヒーショップの紙袋を取り出した。


「コーヒー?」


「うん。ここのパンとドーナツ美味しいよ」


モーニングメニューを持ち帰りでよく買うらしい。袋からホットドッグを取り出してリアムは齧り付いた。

食事が始まって直ぐに、ミケはリアムに聞いた。


「所でシバに何の用だったの?」


「アー……」


少しだけ言いにづらそうにしているリアムに、ミケはずばりと愛の告白かと聞いた。


「ち、ちが……! そうじゃなくて、聞いたんだ」


「何を?」


「はづきが犬の扱いが上手いって」


「……犬?」


はづきとみづきが不思議そうな顔をする。犬なんて飼ってないよとはづきが言うと、リアムはショックを受けた顔をした。


「いや待て、それよりもシバ、下の名前呼ばせてるの?」


「え? うん。みづきと被るでしょ?」


「あっそう……」


海外では下の名前で呼び合うのが普通だと聞いている。日本では馴染みが無くとも、リアムにとって普通なら良いよとはづきは言った。


「シバ弟……大変だね」


「まあ……」


ミケの言葉に頷くみづきに、リアムは言った。


「心配しなくても、みづきもみづきって呼ぶよ?」


「そんな心配してねーよ!」


思わず突っ込んだみづきに、リアムは嬉しそうな顔をした。


「みづきにツッコミされて喜んでる……」


「リアム君っておもしろー。ってか、シバが犬飼ってるって、それ誰に聞いたの?」


「クラスの人が言ってた。犬の扱いが上手いって……犬飼ってるんだって思った」


「犬の扱い……?」


みづきが嫌そうな顔をする。まさかと思ったが、ミケがずばりと言った。


「それ、シバ弟の事だわ~」


あははははと笑うミケに、リアムは困惑した。


「シバ姉弟って、柴犬と同じ漢字使われてるでしょ? シバ弟は陸上部で走り方からも犬っぽいって言われてるのよ」


「……そんな」


しゅんと落ち込むリアムと、不機嫌なみづきに、はづきは困った。

犬の事で悩んでるの? と聞いたら、リアムが携帯を取り出した。


「日本に来て初めにペットを飼ったんだ。ずっと飼うのを憧れてたんだ。……この子」


そう言って、携帯の画面に映っていたのは黒柴の子犬だった。


「かわいい~!」


はづきが大喜びしてリアムの携帯を食い入るように見つめた。

そのきらきらした顔に、リアムは呆気にとられていた。


「シバ、豆柴と似てるよね」


「失礼な!」


はづきがぷんすかと怒ると、それを見たリアムが口元に手を当てて驚いていた。心なしか顔が赤い。


「リア君?」


「はっ、い、いや、なんでもない……」


「君も気付いたのか。シバは柴だと」


「誰が上手い事を言えと……」


みづきが呆れた声で突っ込んでいた。

それには気付かず、はづきはきらきらした目でリアムに聞いた。


「この子、女の子? 男の子?」


「Girlだよ。お転婆……? っていうのかな? なかなか懐いてくれないんだ……」


しゅんと落ち込んでいるリアムに、はづきが言った。


「私が犬を飼ってるって思ったからアドバイスしてもらおうと思ったんだね。昨日は本当にごめんね」


「い、いや、こっちもごめん」


ようやく事の真相を知れて、はづきの警戒心がすっぱりと綺麗に無くなっている事に気付いたみづきは、眉間に皺が寄ったまま何も話さないでいた。

それに気付いたミケがにやにやと笑う。


「まあ、良かったじゃない。リアム君が変態じゃなくて」


「本当、変態じゃなくて良かった」


ほっとしたはづきに慌てたリアムは言った。


「変人でもないよ!」


これを聞いたミケは、もう気付いたのかと残念そうに言った。




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