変態じゃなくて変人です。
編入生がみづきに連れて行かれて呆然としていると、ミケは横からぼそりと呟いた。
「良いの? 今度は弟くんが編入生に壁ドンされるかも」
「なんですとッ!?」
はづきはバッと立ち上がり、みづき~! と、叫びながら二人の後を追った。
はづきの頭には初対面の壁ドンで、ばっちりと編入生が変態であるという刷り込みが働いているらしい。
背後でミケが笑いながら付いてきているのには気付かず、教室を二つ過ぎて階段まで来ると、三階へと続く踊り場に二人がいるのに気付いた。
「みづき!」
「姉ちゃん?」
はづきは一気に階段を昇って、みづきの背中にがしりとしがみついた。
みづきの背後から、がるると編入生を睨み付ける。でもやっぱり怖いので、みづきの背後からは前へは出れないでいた。
はづきと目が合った編入生は、驚きながらもはづきが来てくれた事が嬉しそうであった。
「あ、あの、はづき、さん」
「柴田!」
姉の下の名前を軽々しく呼ぶなという威圧をみづきが発した。
これには、はづきと後から追いかけてきたミケが驚く。みづきの制服を掴んだまま離さないはづきを隠すように、みづきは編入生の視線からはづきを逸らした。
「姉ちゃん、なんで来たの?」
「だって……みづきが壁ドンされちゃうと思って……」
「は? 壁ドン?」
どういう事だとみづきの眉間の皺が寄ると、隣でミケがぼそりと呟いた。
「昨日、シバが編入生にいきなり壁ドンされたのよ~」
「はぁ?」
みづきの声のトーンが低くなる。やはり変態行為をはづきにしていたのだと受け取った編入生は、慌てながら弁解した。
「ち、違います! あ、いや、違くないけど、俺は変態じゃ無くて変人です!!」
編入生の言葉に三人は一瞬固まってしまった。
あれ? と、編入生は自分が何を言ったのか分かっていないらしい。
変態? 変人? と、今度は後ろのポケットから取り出した小さな国語辞書をめくって意味を調べていた。
「ぶっほう!!」
ミケがいち早く吹き出して笑い出す。あはははは!! と凄い声で笑い出したミケに置いて行かれて、はづきとみづきは固まったままだった。
「ウケる-! 編入生超おもしろー!! 変人は間違ってないと思うな-!」
「そ、そう? まだ日本語の単語、覚えきれてないんだ。間違ってたらごめん」
「いいよいいよ、そのままでいて!!」
「いや良くないよ!?」
ミケのノリに思わずはづきが突っ込むと、編入生が「Oh,ツッコミ!」と感激していた。
これにまたミケがお腹を抱えて笑い出す。かなりツボに入ってしまったらしく、軽く引きつけを起こしていた。
「ちょ、ちょっと、ミケ大丈夫?」
「やばい……今世紀最大の笑いが今ここに……」
「大げさでしょ……」
「明日の腹筋、筋肉痛確定」
あっはっはっはっはと自分の言う事にもツボに入っているらしく、ずっと笑っている。
これはだめだと、はづきはミケを放り出した。
「あ~……、壁ドンって何? どういうこと? 姉ちゃんがこいつにやられたってこと?」
「あ……」
みづきにとっては笑える話では無いらしく、それではづきが編入生を警戒していると直ぐに見抜いたらしい。
みづきは姉を背後にやって編入生から距離を取らせると、編入生が少し悲しそうな顔をした。
「あ、あの……ごめん。そういう意味があるって知らなかったんだ……」
「ああ、それで自分は変態じゃ無いって言ってるのね」
「声をかけようとして、帰ると思って慌てちゃって……勢いよく手を付いちゃったんだ」
「壁ドンじゃ無かったんだ……?」
事の真相を聞いて、はづきは目をぱちくりとしていた。
理由も聞かずに驚いて、はづきは思わずボディーブローをしてしまったのだ。
「あ、あの……ごめんなさい。驚いて私も……お腹大丈夫だった?」
「え? ああ、うん。大丈夫だよ。こっちこそ驚かせてごめん」
お互いに謝っている光景を見て、みづきは置いてけぼりを食らって不機嫌な顔をしている。
ようやく笑いが収まったミケは、じゃあ改めて。と柏手を打った。
「そろそろ予鈴の時間だし。全員、お昼に図書室においでよ」
「え?」
ミケの提案に、みづきと編入生が驚く。
「図書室の事務室、開けとくからさ」
「ミケ、また私物化して。長野先生は?」
「一緒にご飯を食べる仲だから大丈夫。生徒とのふれあいという名目で先生も参加になるけど」
「も~」
どういうことだと顔で語るみづきに、一緒に図書室の事務室で、お昼ご飯を食べようという提案だと話した。
この学校の図書室は少し珍しい造りをしていて、図書管理の事務室の一部が、先生達の休憩所を兼ねている部屋がある。
この提案に、編入生がとても嬉しそうな顔をした。
「俺も……いいの?」
「シバに用があるんでしょ? 最初に警戒させたんだから、二人っきりでは話させないけど、それでいいなら場を改めてちゃんと話そうよ。互いに誤解してたって分かったんだし。シバは?」
「うん。良いよ」
「Oh! ありがとう!!」
「シバ弟は?」
「……行きます」
「宜しい! じゃあ、また後でね。ここは目立ってるから」
ミケの言葉で、かなり注目を浴びていたのが分かる。遠目で野次馬がわらわらと集まり、こちらの様子を見ていた。
丁度その時、予鈴が鳴った。これに野次馬も蜘蛛の子を散らすようにわらわらと去って行く。
「ね。時間も無いし、また後で!」
「分かった」
みづきは溜息を吐きながらも、はづきに何かあったらメールしてと言うのを忘れない。
一年の教室は三階なので、そのまま昇って去って行ったみづきの後ろ姿をはづきは見ていた。
編入生もバイバイと手を振って去って行く。その顔は晴れやかであった。
「どうしたの?」
「みづきが……珍しいなって思って」
「だから、弟君も大概だって言ったのよ」
ふふふと笑うミケに、はづきは言った。
「……楽しんでるでしょ」
「うん!」
すっごく楽しそうなミケに、はづきは溜息が零れる。
本鈴鳴っちゃうよ? と言われて、はづきもミケと一緒に慌てて教室へと戻って行った。