出会いは壁ドンとボディーブロー。
図書委員である親友のミケと帰る約束をしていたので、待ち合わせの下駄箱へと向かっていた。
校庭から聞こえてくる陸上部のかけ声。窓から差し込む夕暮れが、影を長く伸ばしていた。
頭の中では夕飯の献立と買い出しの事でいっぱいだ。よく食べる弟が部活から帰ってくる時間と、共働きである両親の帰る時間を計算して家事をこなす。食費用の財布を開いてスーパーのクーポンの日付を確認した。冷蔵庫に残っていた物を思い出して、照らし合わせて何を作ろうかと悩む。ついでに明日のお弁当のおかず作りも一緒にやるので、夕飯作りは大変なのだ。
そんな事に思考を巡らせていると携帯が震えた。制服のポケットから携帯を取り出して暗証番号を打ち込む。
ミケからのメールを開くと、図書室の鍵を返し終わったので、今こちらへ向かっているという内容だった。
じゃあ、靴を履いて待っていようと自分の靴を下駄箱から取り出そうとして、突如、直ぐ真横からバンッと音がした。
突然の事で驚いて肩が震えた。音がした方を見ると、誰かの片手が直ぐ横から伸びて下駄箱に手を付いている。自分の真後ろに誰かいる。この手は男だ。
恐る恐る手の持ち主を辿ると、そこにはこの学校で知らない人はいないと思われる、アメリカからの編入生がいた。留学生ではない。どうやら元々は日本生まれだったらしいという噂は聞いている。
「アー、あの……」
片手は下駄箱に付いたまま、もう片手で肩をすくめるという器用な事をしている。
携帯をポケットに戻して、無表情で相手を見た。
「シバー、おまた……え?」
ミケがこの状況を見て固まっている。壁ドンならぬ下駄箱ドンをされている現場を目の当たりにして硬直するのは当然だろう。
編入生がミケの方を向いて、誰かに見られてしまったという焦りが生まれていたのに気が付いた。
その隙を狙って、拳を握る。
「ぐはっ!」
身長があればそれだけ的も大きい。
思わずボディーブローを相手にかますと、それを見たミケが、ぶほっと吹き出した。
相手が腹を抱えて悶絶している隙に靴を履いて逃げ出した。
「わー、シバ、待って!!」
ミケも慌てて靴を取り出してシバの後を追う。だが、シバの後ろ姿を呆然と見ていた編入生に、ミケは一言忘れない。
「あのね、こっちじゃそれ、セクハラだから。変態さん」
バイバイと手を振って、ミケはシバを追った。
***
「シバ、大丈夫!? 遅くなってごめんね」
慌てて追いついてきたミケに、シバはくるりと振り返った。
「わ~、ぶっさいくな顔!!」
笑うミケに両頬を揉まれながら、後になってじわじわ襲ってくる羞恥心と戦っていた。
「何? 告白でもされたの?」
「……されてないし」
「え-? それでお返事がボディーブロー?」
「変態かと思った」
「それな!」
笑うミケに癒やされる。うう~と唸っていると、よしよしと頭を撫でられながらミケに抱きしめられた。
「びっくりしたね」
「……うん」
心臓はばくばくと未だに鳴り止まない。耳と頬は真っ赤になっているだろう。
ときめいたとかじゃなくて、純粋に恥ずかしかった。
「アメリカ帰りは厄介だな~」
ミケのそんな呟きが聞こえてきた。
向こうの挨拶だろうと検討付ける。何か用があったのかもしれないけれど、いきなり驚かすのはどうだろうと思った。
「そういえばこれから買い出し?」
「うん。ちょっと買い足すだけだけど」
「あ、じゃあ私も一緒に寄ろうかな。お菓子買いたい」
「朝、ダイエット宣言してなかったっけ?」
「大丈夫、シバと半分こするから!」
「くれるの? やったー!」
話題を変えてくれて蒸し返さないミケの優しさにホッとする。
お菓子に釣られて機嫌を良くしながら、一緒に夕暮れの中を帰った。