アイラブユウ
初恋は実らない。
そんな話を誰かから聞いた。
何の確証もないただの噂。そうじゃなければ統計上の確率か何かだろう。
だってきっと、初恋を実らせた人だっているはずだから。
でも……。
深い深い溜息がこぼれる。
今の状況を考えれば、ボクの初恋は失恋に向けて一直線に進んでいると言っても過言ではないのかもしれない。
もうダメかも……。
「ユウってば元気だしなよ」
机に突っ伏したまま声のした方を見れば、サキがやれやれと言った表情でこちらを見ていた。
「だって……」
チラリと廊下の方に視線を向ける。
そこでは親友のタケルがバスケ部のマネージャーであるサヤカ先輩と楽しそうにおしゃべりしている。
サヤカ先輩、あんなふうに笑うんだ。
なんであんなに可愛いんだろう。
再び溜息。
「もう、しょうがないなぁ」
えいっという可愛い掛け声と共にサキが抱き付いてきた。
「――っ」
突然の事に驚いて顔を上げれば、やけに近くにサキの顔があった。
「フラれたら私が慰めてあげるから」
悪戯っぽく笑うサキを引きはがす。
少しドキドキしたのはサキには内緒。
「ま、まだわかんないし……」
「そうだね、ユウも頑張ってるもんね」
そう、そうなんだ。ボクだって精一杯頑張ってる。
少しでも多く接点を持とうと努力してきたし、それなりに良好な関係を築けている自信だってある。
ただ、異性として意識して貰えているかと問われれば、首を振らざるを得ないけれど……。
「おいユウ!帰ろうぜ!」
突然肩を組まれてビクリとした。
「おどかさないでよ」
タケルの手をペチッと叩いて廊下の方を見れば、ニコリと笑うサヤカ先輩と目が合った。その笑顔に思わずドキリとした。表情を取り繕って笑顔で頭を下げる。
「わるい、わるい。腹減ったしどっか寄ってこーぜ」
タケルがグググと大きく伸びをした。
ただでさえ高い身長が余計に大きく見える。モデルみたいに背の高いサヤカ先輩と並んでも全く違和感がない。
それに引き換え……。
小柄なボクではそうはならないと、少しへこんだ。
その気持ちを誤魔化すようにタケルを軽く睨む。
「いいけど、帰ったらちゃんと勉強しなよ?明日のテストがヤバかったら今度の大会出れないよ!」
「大丈夫だって。ユウが教えてくれんだろ?」
コイツは……。またもや出そうになる溜息をなんとか飲み込む。
こっちの気持ちも知らないで……。
そう思わずにはいられない。
でも、それを伝えずにいたのは自分なんだ。
友情か恋愛か。
その二つを天秤にかけて、どっちも選べずにいたのが悪いんだ。
このまま黙ったままで友達を続けるか。
それとも本当の事を言って勝負するか。
ずっとずっと迷っていた。
でもそれも今日で終わり。
正直に話そうと決めた。
伝えれば、もう今まで通りにはいかないだろう。
もしかしたらタケルは気にしないかもしれないけれど、こっちはムリだ。
楽しそうにおしゃべりする二人を見るのは辛いから。
ゆっくりと立ち上がると、唯一事情を知っているサキがボクの耳元に口を近づける。
「がんばって」
その言葉で勇気がでた。
ありがとう。
振り返り、声に出さずにそう伝えた。
サキに手を振って教室を出る。
「どうかしたのか?」
キョロキョロと辺りを見渡しているとタケルが不思議そうに尋ねてきた。
「なんでもない」
そう答えて歩き出す。
さっきまで廊下にいたはずのサヤカ先輩は、いつの間にかいなくなっていた。
夕焼け色に染まる商店街をタケルと並んで歩く。
手には買ったばかりのコロッケ。
お肉多めでとっても美味しいこれは、タケルのお気に入りだ。
「それでサヤカ先輩がさ……」
なんでもない事のように出るその話題に平静を装って適当に相づちをつく。
いつも通りの帰り道。
いつも通りのおしゃべり。
でもいつもと違う緊張感。
どうやって切り出そうかと考えている内にいつの間にかボクの家の前に着いてしまった。
「じゃあ、また後でな」
「うん、すぐ行くね」
手を上げて去っていくタケルを見送る。
と言ってもお互いの家の距離はわずかに数軒だ。
ただいまと告げて家に入ると、おかえりとお母さんの声が台所から聞こえて来た。
今日はカレーか。
美味しそうな匂いで少しだけ緊張がほぐれた気がした。
部屋に入り、制服から着替えているとノックもなしに妹が入って来た。
「マンガ貸してって、どっか行くの?明日テストじゃないの?」
こちらを見た妹が驚いた顔をしている。
「うん、ちょっとね」
適当にあしらった。
準備を終わらせ気合を入れる。
家を出ると窓の開く音がした。振り返ると妹がニヤニヤした顔でこちらを見ている。
「がんばってね、お姉ちゃん!」
どうゆう訳か妹にはバレバレだったらしい。
さすがに気合を入れ過ぎただろうか。自分が着ているおろしたてのワンピースに目を向ける。ギンガムチェックのそれは、いかにも女の子らしい服装だ。いつもの自分からは想像もできない。
やっぱり少し恥ずかしい。
これを見たタケルは一体なんて言うだろうか。
可愛いって言って貰えるといいな。
「ユウ!」
突然の声に驚いて顔を上げれば、タケルが窓から顔を出して手を振っていた。心なしか少し驚いた表情をしているように見える。
とりあえずは作戦成功かな?
「今から行くよ」
そう言って手を振り返した。
サヤカ先輩には負けないんだから。